10.A wise man never courts danger.
クダイ領長から転送された巡回経路を元に秋葉原の中央を南北に貫く通り【メインストリート】のゲート前に来ていた。【May Way】と書かれたゲートを潜れば、そこはクラフターが発狂して喜ぶほど豊富な品揃えのクラフト専門店が立ち並んでいる。
電気街の中央通りと言われていた頃は、たくさんの電子機器関連の店が連ねていたが、電子機器の急激な発展と専門職であるクラフターの増加に伴い、取り扱う商品も店もどんどん変わっていった。時代が移り変わっても、この【メインストリート】は多くの人で賑わい活気づいている。
「ここに来るのも久しぶりだなあ」
「そうだっけ?」
「ほら、年明けくらいに日本国内全域に対応した転送システムの設備が整って買い物とか行かなくて済むようになっただろう?」
「確かに! お兄ちゃんあれからずっと工房に篭りっきりだったもんね!」
今年に入り、郵便局や運送会社行っていた配達業務の電子化が進み、大手エレクトロニクスメーカー【JNC】が開発した転送システムを日本国内全域に普及させた。その結果、郵便局と運送会社のほぼ全てが倒産に追い込まれ、人々は買い物を目的とした外出をほとんどしなくなった。とは、言ってもまだ普及したばかりでウィンドウショッピングをしたり、お店の人と会話を楽しみたかったりする人が数多く残っているため、まだ街中にはこうして店舗を構えているところが大半を占めている。
「たまにはこうやって外出するのもいいもんだな」
「うんっ! お兄ちゃん最近お日様に当たらな過ぎて顔色悪いもんねっ!」
「マジ!? 兄ちゃんそんなに顔色悪いのか……」
健康には人一倍気を遣っているつもりだったユウラは、自分の顔色を確認しようとすぐそばにあった工具店のショーウィンドウに顔を近づけた。
「ほんとだ。色白になりすぎて血色悪すぎって、アルマ?」
ショーウィンドウに写る自分の背後にせっせと荷物の積み下ろしをしているアルマの姿を見つけた。見知った顔に少しだけテンションが上がると、にやりと少し不気味な笑顔を浮かべながら、そっとアルマの傍まで近寄って行った。
「アルマー!」
「ひゃっ!」
鼓膜が破れると思うくらいの大声に、女の子のような甲高い声を上げながら驚くと、手に持っていた部品の入った段ボール箱を盛大に通りに向かってブーケトスのように放り投げた。
「ぶははは! 何その女子みたいな反応! 最高なんだけど」
「ゆ、ユウラ!? びっくりさせるなよ。俺今仕事中なんだからさ。ってか、なんでここに? 病院にいたはずじゃ!? 身体はもういいのか?!」
「見ての通りだよ。ザ・完治!」
元気な自分を表現したかったのか、ズバッと両手を上げてエリア5の27地区にあるグリコと書かれたランニングシャツを着た男のイラストを真似たポーズをして全力でアピールした。
「なんだよ。ザ・完治って……でも、安心したよ。あれだけポッキリ逆パカ状態で吐血していたから、さすがにもうダメかと思ってたんだからな! 心配かけさせやがって」
「逆パカってそれいつの言葉だよ?! 古っ!」
「別にいいだろう。それにさっきの変なポーズより断然マシだと思うけど」
「いやいや、あれはカッコいいでしょ! なっ?」
「うんっ! カッコ良かったよ! ズバババーン」
同意を求められたルカは、何の恥ずかしげもなく先ほどのユウラと同じポーズを堂々とやって見せた。
「ごめん、俺には全然理解できないな」
親友の無事を心から喜んでいたが、この兄妹のユーモアセンスに苦笑いしかできなかった。
「それはそうと何で荷物なんか運んでいるんだ? 転送装置があるだろ?」
「実は、昨日から転送装置が不具合を起こしていてさ。一日中配達させられているってわけ」
「欠陥品買わされたとか?」
「それが国内の全転送装置がダメになったみたいなんだよね」
「全部って全部か!?」
「ああ。だから、部品の配達も開発に必要な素材も全部自分で調達しないといけなくてさ。困っていたわけよ。しかも、原因不明の不具合で復旧の目途が立ってないから、買い物客で溢れかえっているし、全然仕事進まないんだよ」
「なるほどな」
「んで、ユウラは何でここに? 軍服着て買い物ってわけでもないだろ?」
「ああ、俺はクダイ領長からここのパトロールをしてくれって指令が出てさ。軍事クラフターとしての仕事中ってところかな」
「病み上がりなのに大変だな」
「まあ、大変なのはお互い様でしょ」
「だな、もう配達は懲り懲りだよ」
「いや、配達のことじゃなくて、後ろの方」
引き攣った顔でユウラが指さす方を恐る恐る振り返ってみると、グリコと書かれたランニングシャツを着た筋肉隆々のゴリゴリマッチョないかつい男性が仁王立ちでアルマのことを睨みつけていた。
「それ」
「はい……?」
「そこに散らばっている部品」
「部……品……」
「あれってうちが注文していたやつだよな?」
「もしかして、こちらの店主さんでしょうか?」
「そうだ」
「い、いつもお世話になっております」
「……」
はち切れんばかりの胸筋をピクピク動かしながら、ものすごい威圧感でアルマに詰め寄った。
「も、申し訳ございませんでした! 大至急新しい部品をお持ちします!」
店主の怒り具合を察したアルマは土下座の姿勢を取り、誠意をもって謝罪をした。そして、すぐさま立ち上がると余りの怖さから謎の敬礼をして、通りに散らばった部品をかき集め始めた。
「ユウラたちも手伝ってくれ!」
「……」
早くこの場から立ち去りたい一心で、助けを求めたが何も返答がない。それもそのはず、真っ先に店主の存在を認識していたユウラは厄介ごとに巻き込まれたくないと、一足先にこの場を離れていたのだ。
「あんの薄情者がああああ!」
「つべこべ言ってないで早くしろ」
「はい!! 申し訳ございません!」
通りを行き交う人々に、ジロジロと見られながら、部品を掻き集めると足早に自分の店舗へ戻るアルマであった。
「ふう、危うく巻き込まれるところだったぜ」
「アルマさん大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫。あいつ、いつも真面目だから、大目に見てもらえるだろ」
「それなら安心だね!」
薄情者のユウラ御一行は、何事もなかったかのようにパトロールを続けていた。転送装置の不具合で買い物客が多いという点を除いて、何らいつもの変わらないメインストリートは平和そのものだった。
「それにしても、俺たちがパトロールする意味あるのか?」
「意味があるのか。という問いに関して答えるなら犯罪防止の抑止力になっているぐらいだと思うよ」
「抑止力ねえ。確かに軍服着ているやつが近くにいたら、悪いことしてなくても気になるからな」
「そうそう! それそれ!」
「あ。良いこと思いついた」
アルマを脅かした時と同様の笑みを浮かべると、ルカの手を引き近隣店舗より少し小さめのこじんまりした部品屋に入った。すると、正方形の店内を丁度半分に分担する形で設置されているカウンターを挟み、入口に背を向けた状態で作業する女性の姿があった。
「いらっしゃい」
女性は背を向けたまま、気怠そうに言った。
「第3エリア自衛隊のものだが……」
「自衛隊!? な、何か御用でしょうか!?」
何かない限り現れることがない自衛隊という単語に対して過剰な反応を示した女性は、ユウラたちの方に向き直り正座をして深々と頭を下げた。
「サチカさん! 俺ですよ。俺!」
「俺?」
ゆっくりと頭を上げたサチカは、目を丸くして驚いた。
「ユウラくん!?」
「お久しぶりです」
この店は、ユウラが新東京大学時代に通っていた部品屋で、店主のサチカとはその時からの付き合いだ。クラフター試験に合格して以降、ALICEの再起動や改造、クラフト作業の依頼などで多忙だったこともあり、ここへ来るのは2年振りくらいになる。
「ずっと顔を出してくれないから心配していたのよ!」
「すみません。色々忙しくて」
「便りがないのはいいことだって言うものね。元気そうでよかったわ」
「サチカさんも元気そうで何よりです。お店の方は最近調子どうです?」
「調子は良いって言いたいところだけど、転送装置は使えなくなるし、接客用アンドロイドも壊れちゃうし、踏んだり蹴ったりって感じね」
「あのアンドロイド壊れちゃったんですか!?」
「そうなのよ。動くには動くけどね」
店の奥に置かれた初期型接客用アンドロイドを起動すると、ユウラたちをお客だと認識したらしく、カウンターを乗り越えて2人の前まで来た。
「オ……キャ……クサマー……バケーション?」
「は?」
「こんな感じなのよ」
接客用アンドロイドに有るまじき対応。意味不明な発言をしたかと思えば、手足をあり得ない方向に曲げ伸ばしながら奇妙な踊りを始めた。
「ひっ! こ、怖い」
鬼気迫るその踊りは兵器であるルカの人工知能すらも恐怖させるほどだった。
「た、確かにこれは怖いな」
「接客はこの子に任せっぱなしで、私は二階の工房に篭りっきりだったのよね。故障に気づいた時には、危ないアンドロイドがいる店だって噂が広まって、お客様が全然来なくなっちゃってね。本当に大変だったのよ」
遠い目をして、今までの苦労を思い返すサチカだったが、クラフター資格を持つユウラとメディカルチェック機能を備えたルカの手にかかれば、アンドロイドを修理するなんてことは朝飯前だ。
「俺達の出番っぽいな。ルカ、頼んだぞ」
「え!? わ、わかった。ちょっと怖いけど……診てみる!」
ゆっくりと踊り狂う接客用アンドロイドに近づき、メディカルチェックを開始。
「チェック対象、人体から機械へ変更。初期型接客用アンドロイド。製造年月日2147年4月。型番SHIZ。チタン製二足歩行可能。チェック完了。関節部のケーブルの断裂により電気信号がうまく伝わっていないことと、それに伴うマザーボードの破損による言語処理低下の可能性あり」
「ケーブルとマザーボードか。サチカさん、工具を借りてもいいですか? あと、アンドロイドを停止してくれますか?」
「いいけど、その子何者なの?」
「俺の出来過ぎた妹ですよ」
「妹……か」
ユウラの妹発言は、いつも不思議に思われるが察してくれる心優しい相手が多いおかげで必要以上に突っ込まれることはない。
借りた工具の中からマイナスドライバーを手に取ると、手際よく手足を取り外し、複雑に絡み合ったケーブルの中から断裂しかかったケーブルを見つけ出した。初期型のアンドロイドだったため幸いにも、分かりやすい構造と比較的手に入りやすい部品で構築されている。そのおかげで、特に迷うことなく修理作業が進んでいく。その様子を見ていたサチカは感心していた。
この店に通っていたころのユウラのクラフト技術は、お世辞にも上手いと言えるものではなかった。いつもクラフトに失敗したと言っては、新しい部品を買い求めに来ていた頃から知っているサチカにとって、その上達ぶりは目を見張るものだった。そして、気がつけばケーブルの修復が完了し、手足の装着を終えていた。
「随分、手際よく修理するようになったじゃない」
「あれから結構、努力しましたから。とは、言ってもこれくらいなら誰でも出来ますよ」
ユウラは謙遜していたが、かなりの技術を持ったクラフターですら5分はかかる作業を僅か1分足らずで熟していた。これだけ手早く済ませてしまう程の技術を持っているのは恐らく日本中でユウラくらいだろう。
修理を終えると、一度動作の確認を行うため接客用アンドロイドを起動した。
「動きは特に問題なさそうですね。あとはちゃんと接客できるかどうか」
「オ……キャ……クサマー……バケーション?」
「うん。ダメみたいですね」
「そのようね」
「やっぱりマザーボードが故障しているかもしれないですね。ちょっと確認してみますね」
再び、接客用アンドロイドを停止させ後頭部の少し下あたりにはめ込まれているマザーボードを確認しようとマイナスドライバーを窪みに差し込んだ瞬間、全身に電気が奔った。
「痛っ」
「大丈夫!?」
「お兄ちゃん!!」
「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
「良かった」
ユウラの作業を頼もしくも、必要以上に怯懦しながら見ていたサチカは、心の底からそう言った。
「多分ですけど、マザーボードに帯電していたせいでうまく動作しなかったかもしれないです。一応、今が放電の代わりにはなったと思うので、少ししたら起動してみてください。それでもダメなら新しいアンドロイドにした方が良いかも知れないですね」
「分かったわ。あとで試してみる。それはそうと、どうしてここに? 自衛隊様の格好をしてコスプレ大会って訳でもないわよね?」
「実はクダイ領長から、メインストリート周辺のパトロールをするように言われちゃって」
「クダイ領長からって、もしかして軍事クラフターになったの!?」
「は、はい」
「そうだったの……。一昨日、全国民に向けてクラフター選抜大会【ALICE♰CRAFT】の予選通過者の発表があっけど、やっぱり聞き間違いじゃなかったのね」
サチカには、ユウラと同じ歳くらいの弟がいた。
クラフターを志した者ならば、世界で最もクラフトが困難なALICEを所有し、自分の思いのままに改造することは、誰しもが一度は夢見ることだ。サチカの弟も例外ではない。ALICEを所有するため軍事クラフターとして契約を交わした弟は、定期的に行われていたクラフト演習を行っている際、エネルギー補給を怠ったALICEの暴走により命を落としていた。その為、クラフターになるという目標に向かって頑張っていたユウラに弟の姿を被らせていたこともあって、軍事クラフターになることを望んではいなかった。
「すみません。絶対ダメだって言われていたのに」
ユウラに弟の姿を重ねていたサチカは、心のどこかで弟と同じようになるのではないかと不安を抱いていた。ALICEの暴走という不慮の事故とは違い、戦争に行くということは自ら死へ向かっているとしか思えなかったからだ。
「もしかして、戦争に行くかもしれないから会いに来てくれたの?」
「まあ、それもあります。でも、これが最後になるかもしれないから会いに来たわけじゃないですよ」
「え?」
「俺は弟さんと同じにはならないです。せっかくサチカさんの応援もあって一人前のクラフターになることができたんですからね。予選も全部通過して、領土戦も余裕で勝って世界で1番のクラフターになって戻って来ます」
「ユウラ君……」
ユウラの真っ直ぐで力強いその言葉は涙を誘った。戦争に対する不安がなくなったわけでも、ユウラの身に何も起こらないという保証があるわけでもない。けれど、不思議と大丈夫だと思わせてくれる安心感があった。クラフターとしての自信からくるものなのか、それとも一次予選で決意を新たにしたからなのか、逞しくなったその姿に弟の姿を重ねることはなかった。