01.A King for a King, An ALICE for an ALICE.
2089年。第四次世界大戦が激化したその年、世界各国で旧アメリカ軍による同時殺戮作戦が開始された。
使用された兵器の名は【ALICE】。
旧アメリカ軍が独自に開発を進めていた潜入・暗殺を目的に作られた少女型戦闘兵器の総称。
第四次世界大戦時に本格的に導入されたその兵器は、男性兵士が多数を占める戦地で効率的かつ有効に機能した。
ある時は恋人、ある時は家族、ある時は捕虜、ある時は娼婦として潜入し、多くの敵兵および国民たちの命を奪った。その実力は目を見張るもので、勝ち目がないと悟った対立国が次々に降伏していった。
しかし、戦況は一変する。
旧アメリカ軍は味方国の裏切りを皮切りに、反アメリカ同盟国の総攻撃を受け、最後に放たれた生物兵器によって、旧アメリカ合衆国は壊滅。敗北することとなった。
その後、戦争は終結を迎え、潜伏していた数百体の少女型戦闘兵器ALICEは、メインシステムダウンによる活動停止により世界各地に取り残された。
それから幾年月を重ね、ALICEたちは各国の陸海空軍の手に渡ることになる。
その存在は、核兵器と同等の脅威として他国への抑止力となり、保有することが対等な国として認められる絶対条件。ALICEを持たぬ小国は他国との均衡が保てなくなり、戦わぬまま敗北を認めざるを得ない状況に追い込まれ、ALICE保有国の傘下に入る以外の選択肢はなかった。
これまで世界の最高権力を誇っていた旧アメリカ合衆国の敗北と遺産であるALICEの存在が世界の情勢を激変させたのは言うまでもない。
現在、旧アメリカ合衆国の傘下にいた日本をはじめとする大国と反アメリカ同盟国を含めた8カ国が世界の実権を握ったのだ。
8カ国が世界の実権を握ってから50年もの歳月が経過する頃には、新たな四大国家が誕生した。
北朝鮮・韓国・中国のトップが手を組みアジア最大の連合国となった【大三国連合】。
北の地で独自の軍事力を発展させ、アメリカ領土をその手中に収め国土の拡大に成功した、絶対王政の【新ロシア王国】。
ヨーロッパの近隣諸国を一つにまとめ、全盛期のアメリカ合衆国に匹敵する影響力を持つ【新生ヨ―ロピア帝国】。
そして、独自に築き上げた伝統の文化を守る為、再び鎖国政策を行うこととなった【日本】。
この四大国家が新たな勢力図として浸透し、今の世界は成り立っている。
四大国家が誕生して、更に50年の歳月が流れた頃、世界は再び変革の時を迎える。
***
時は2189年5月上旬。
人工知能を搭載した少女型戦闘兵器ALICEを保有する各国の代表が集まり、戦後初の首脳会議が聖地オーストラリアで開催された。
「それでは、第一回四大大国首脳会議を開催致します」
窓も扉もない圧迫感のある特殊合金で造られた部屋にセッティングされた五角形のテーブルを挟み、各国の代表たち顔を向き合わせる。張り詰めた空気が漂う中、スーツを着たエージェント風の人型進行役アンドロイドが首脳会議の開始を告げた。
「今回の議題は、かつて第四次世界大戦において、旧アメリカ合衆国が秘密裏に製造、使用していた【少女型戦闘兵器ALICE】を用いた領土争奪戦の開戦日の決定及び、使用するALICEの機体、武器、兵士、これらの数の制限に関してとなります。また、会議開始以降の発言は、挙手の後にお願い致します」
「早速、発言よろしいですかな?」
開始早々、手を挙げたのは新ロシア王国代表【スヴァローグ国王】。
ちなみにスヴァローグという名は本名ではない。もちろん各国のトップも同様に偽名を使っている。
理由は言うまでもなく、ALICEによる暗殺を警戒してのことだ。その為、会議の最中は自身の国で語り継がれている神話に登場する神々の名を借り、互いの姿が見えぬよう、全く別の人物の姿形をしたホログラムと音声のみで行われている。
「新ロシア王国代表スヴァローグ様。どうぞお話しください」
「我々、新ロシア王国としてはALICEの整備とクラフターの人選にある程度余裕を持った時間を頂きたい。具体的には半年後の2189年11月頃を目安にと考えているのだが、如何かな?」
堂々と意見を述べるところは、さすが国王といったところだろうか。落ち着いた話し方と綺麗な言葉遣いからは、紳士的な人柄が垣間見える。
「はっ。そこまで時間が必要だとは、貴国の技術力の無さと人材の乏しさを自ら晒しているようにしか思えんな。妾の国ならば今すぐに始めてもらっても構わないが」
嫌味たっぷりな発言をしているのは、大三国連合の中で最も戦争を好む男。大三国連合代表【周瑜大都督】だ。
彼は常に戦争を仕掛ける為の口実を探し、他国と問題を起こしては挑発し続け、今か今かとその機会を窺っている。
武力こそすべて。
勝者こそが正義。
行く手を阻むものがいれば、国民であろうが肉親であろうが排除する。大三国連合で彼に刃向かうものは誰一人としていない。いたとしても、この世から消されてしまう。
結局のところ連合国とは名ばかりの独裁武力国家なのである。
「ほう? それでは今すぐにでも貴様らの国を攻め込んでも良いということだな?」
敵国同士だけに、どちらも一歩も引かない。一つ間違えば、領土戦などという合理的な戦争ではなく、過去に起こった全世界を巻き込む残虐な戦争が起きかねない。
「お待ちください。今回は議題以外の討論および口論は認めておりません。そして、大三国連合代表周瑜大都督様。発言は挙手の後にとお願いしたはずです。もし、ルールを守れないようでしたら、ご退出いただくか今回の会議は中止という形を取らせて頂きます」
「わかった、わかったよ。全く面倒なアンドロイドだ。こんなロボットが議長では話が進まないだろうに」
「それでは、再開いたします。次に挙手されている方はヨ―ロピア帝国代表ペトロ教皇様ですね。どうぞご発言ください」
「私もスヴァローグ国王の提案に賛成です。ただし、万が一に備えて、あなた方が保有しているALICEの数を知りたい」
【ペトロ教皇】は、その絶大的な支持から現ローマ法王と噂されている人物。しかし、その素性はヨーロピア帝国民でもごく一部の人間しか知らない謎の人物となっており、遥か昔から続く秘密結社フリーメイソンのトップなのではないかなどと、様々な憶測が飛び交っている人物である。
「ペトロ教皇様。恐れ入りますが、議事録に詳細な内容を記録致しますので、万が一というのはどういう意味なのか簡潔におっしゃっていただけますか」
進行役アンドロイドは、会議の最中、録音した音声を文字に変換し、議事録を半永久的に保存することができるのだ。
「これは失礼した。万が一、この会議での決定事項を無視し、自国に攻め入られた場合を想定して参戦するALICEと兵士の数を把握しておきたい。国の安全を考え、国内にもALICEを配置しておきたいのでね」
「なるほど、とても分かり易く簡潔に纏めて頂き、感謝致します。では、各国の代表様。ペトロ教皇様のご質問にお答え下さい」
「なぜ、妾のALICEの数を教えなければならないのだ? まず自国の保有する機体数を言ったらどうだ!」
周瑜都督は、不服そうに声を荒げて言った。
「確かに、周瑜都督の言うとおりだ。ペトロ教皇、教えていただけますかな?」
「それもそうですね。では私の国で保有しているALICEの数をお教えしましょう。機体数は31機です」
「我々は33機だ」
「妾は残念なことに42機しか持っておらん」
「……」
ペトロ教皇、スヴァローグ国王、周瑜都督と順にALICEの機体数を明かす中、ただ1人沈黙のままの人物がいた。
「日本国代表アマテラス様。如何なされましたか?」
「……」
「私たちは包み隠さずに発言しているというのに、この後に及んで沈黙を貫き通すおつもりですか?」
「……ない……が…………うだ」
「なんだ? まさか接続が悪いなんて言うのではないだろうな」
鎖国制度を導入している日本は、過去50年もの間、他国との接点を断ち、交流は愚か情報交換を行ってこなかった。その為、他国が共通の通信手段であるホログラムを用いて、外部とやりとりをするための回線の整備が間に合っていなかった。
「こちら側で、日本国と同じ周波数に合わせます」
「全く、日本人は鎖国だのと下らぬ政策をとりおって、何を考えているのか分からん」
「私は周瑜提督の考えていることがよく分からないですけれどね」
「同感だ。独裁政権など単なる恐怖政治ではないか」
「貴様らもいずれは妾の配下となるのだ。今のうちにほざいていろ」
「皆様方、ご静粛にお願い致します。周波数の設定が完了しましたので、日本国にお繋ぎ致します」
進行役アンドロイドが周波数を合わせると、真っ黒いシルエットが映し出された。
「失礼しました。皆さんの国のように通信技術が進歩していないもので、ご迷惑をお掛けしました」
「詫びなど良い。それよりもALICEの保有数を言いたまえ」
昔から日本に対して敵対心剥き出しの周瑜都督は痺れを切らし、急かすように言った。
「ALICEの保有数ですね。なるほど、議事録を拝見する限り、皆様も多くのALICEを保有しているようですね。僕たちの保有しているALICEは3機です」
「3機!? 日本はそれだけの戦力で領土戦を行うつもりなのか!?」
「いえ、正確には正式なALICEは3機ですが、試作品のALICEを含めると103機保有していることになりますね」
「試作品ALICEだ? そんなALICEが存在するなんて聞いたことがない」
「試作品ALICEは、第四次世界大戦以前に旧アメリカが秘密裏に日本へ送り込んだものですので、ご存じなくて当然かと」
日本と親交が深かった旧アメリカは、第四次世界大戦前に日本国の防衛力強化という名目で、試作品ALICEを潜伏させていた。しかし、それは表向きの理由であって実際は違っていた。旧アメリカは日本の高い技術力が後に脅威となることを懸念し、先手を打っていたのだ。仮に日本が旧アメリカに対して、敵意を示したとしても試作段階のALICEだけで難なく鎮圧できると踏んでいたのだ。だが、義理堅い日本は旧アメリカが劣勢に立たされた際、決して裏切るようなことはせず最後の最後まで支持し続けた。
結果、日本は100を超えるALICEを手にすることとなった。
「これは困りましたね。試作品と言っても、それだけの数を保有しているとなると領土戦で有利なのは日本。私たちには余りにも分が悪すぎます」
「そのことなのですが、僕に1つ提案があります」
「提案?」
「はい。先ほど、スヴァローグ国王がおっしゃっていたクラフターの選出にも関係しているのですが、半年後の領土戦までに皆様の国でクラフター選抜大会を行うというのはいかがでしょうか」
「クラフター選抜大会とな? それを行えば我々の不利な状況が改善されるというのかね?」
「ええ。選抜大会で優勝したクラフター1名とALICE1機を選出し、領土戦は正々堂々と1対1の真剣勝負。そうすれば、数での差はなくなりますし、短期決戦で戦争を終わらせることができます。それに互いの損失を最小限に抑えることができる上に、自国の守備固めにもなると思うのですが」
「確かに一理ある。さすがは平和を重んずる国ということか……、良かろう。新ロシア王国は、アマテラス国王の提案に賛同する」
「妾は反対だ。日本の考えることはやはり理解できん。大勢で殺し合う方が爽快だろうに」
「短期決戦で決着がつくのであれば、私はアマテラス様の提案に賛成致します」
アマテラス国王の提案に周瑜都督以外の国王が賛同したことにより、ほぼ全ての議案が決議された。
「それでは日程に関しまして、スヴァローグ様にご提案頂いた半年後の2189年11月上旬にオーストラリア大陸にて開戦致します。また、当日の戦闘に参加する兵士および兵器に関しては、多数決によりアマテラス様がご提案された、クラフター1人とALICE1機による一騎討ちにて領土争奪戦を行うということで決定致します」
「待て。妾にも一つ提案がある」
「周瑜都督様の提案をお聞きかせ下さい」
「ALICEに武装させる武器は無制限にしてもらおう。もちろん核兵器を除いてだ」
「核兵器を使わないのであれば良いのではないか?」
「そうですね。領土戦ですし、構わないですよ」
「僕も異論ありません」
「では、武装に関しては核兵器以外の武器の使用を無制限と致します。他に何も無ければ、首脳会議は終了致しますが、よろしいですか?」
進行役アンドロイドは、決定事項全てに異論はないか代表1人1人に目配せした。
「異議なし」
「好きにしろ」
「異論ありません」
「それで大丈夫ですよ」
「かしこまりました。それでは第一回四大大国首脳会議を終了致します。議事録の内容は解散後にメディアを通じて全国民にお伝え願います」
進行役アンドロイドの終了の合図とともに全世界の命運が掛かった第一回四大大国首脳会議が終わった。そして、各国の代表たちは、議事録に記された決定事項をすべての国民へ伝えた。それは同時に全国民を巻き込むクラフター選抜大会【ALICE♰CRAFT】の開催が決定したことを意味していた。