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海の底から見た星は  作者: 木冬
序章
1/18

Prologue

そこは、只々静かな所だった。


薄暗くて物寂しいその空間に、幼子が一人横たわっている。

漆黒の髪と白磁の肌、そして鮮血を思わせる瞳を持った、どこか人形めいた印象の少女。

十にも満たない年頃のその娘は、冷たい石の床に倒れ伏したまま、指先一つとして動かすことはない。


一枚の絵画のような、完成された光景。


その傍ら、ほんの数歩の距離に男は居た。

ここがどこなのか、彼女は誰なのか。

それどころか、自分が何故ここに居るのかさえ男は知らない。

そんなものは知らずとも構わないし、知る方法もないと言う事だけは、何故か理解していた。


『…………』


男の目線の先で、少女の薄紅色の唇が微かに震える。

彼女が零したのは微かな吐息一つ。

けれど、男にはそれで十分だった。


呼ばれているのだ。『姫』が、自分の助けを必要としている。


赤い瞳に吸い込まれるように、男は歩みだす。

応えなければならなかった。彼女の言葉は絶対で、逆らうことは許されないのだから。


一歩、二歩。足を踏み出すごとに、身体は重くなっていく。

視界は歪み、酷く喉が渇いていた。


けれど、あと少し。

彼女の元に辿りつけさえすれば、すぐに、楽になる。


「これ以上はダメだよ」


不意に、男の歩みが止められる。

何が起きたのか、知覚するより先に男の身体は地面に沈んだ。

ざらざらとした床の感触と腕を捻りあげられる痛みが、心地よい気だるさを払って行く。


「王国に仇なす存在は、排除しなくてはならないね」


見知らぬ、けれどどこか懐かしい顔をした青年が、僅かに震える少女に向かってそっと手を伸ばした。

それを合図に、柔らかな光が辺りを包み込む。

彼の髪と同じ木漏れ日の色に照らされ、薄暗い、少女のための世界がゆっくりと融けて行く。


『いや……たすけて、おにいさま……』


「……これは全て悪い夢。目が覚めたらきっと、全て忘れてベッドの上だよ。さぁ、目を閉じて……ゆっくり、呼吸をして」


少女のか細い声を遮るように、青年はくるりと男に向き直る。

彼の言葉に呼応するように、頭の芯がじんわりと痺れていく。


薄れていく意識の中で、もう一度少女を見遣る。


もう彼女に、あの異常なまでの魅力は感じられない。

ただの幼子が一人、そこに横たわっているだけだ。


「そんな顔、しないで」


青年の冷たい指先が男の頬をそっと撫でる。

果たして自分はどんな顔をしているのか、問うてみたくはあったが言葉は紡げそうになかった。

ゆっくりと重たくなっていく瞼の裏で、赤と金と黒とがぐるぐると踊る。


「おやすみなさい。もう、ここへは来ないでね」


勝手なことばかり言う男だ。

心の中で呟いた言葉が、伝わったのか否か。



沈みきった意識の底。何もない静寂の中、誰かが笑ったような気がした。

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