第1話 夢見
宮下 真(みやした まこと)は今年の春から高校二年になった。
学業は上の下。運動は苦手。趣味は本を読むこと。漫画でも小説でも雑誌でも構わない。
活字を追っているのが好きだった。
空を見るのも悪くない。雨上がりの雲間から射す日の光など、幻想的で心が躍る。
ただ、最近の彼には悩みがある。
些細なものではあるのだが。
ほぼ毎日の様に同じ夢を見るのだ。
白い世界に白い少女がいる夢。
白一色の部屋。
壁に窓はなく、天井はガラス張り。
外は夜なのか雲なのか、よくわからない、くすんだ白。
部屋の中央に机があり、その隣で椅子に座り、佇む白い髪の少女。
淡い水色の着物を纏い、俯き加減で静かに座っている。
真が近づいて行く。
歩いているつもりはないが、少女との間は詰まってゆく。
少女は動こうとはしない。
目の前まで近づいたところで、ようやくゆったりと反応する。
少女の顔が上がる。
整った顔立ち。
伏せられている瞼がゆっくりと上がる。
瞳を隠す白いまつ毛が避けていく。
その姿に見とれる。
少女の金色の瞳と目が合う。
そこで、少女の薄い唇が動く。
「 わたしを・・・・殺して 」
そして、目が覚める。
今朝見た夢を思いだしながら、小さくため息をつく。
手には最近買った小説を開いているが、内容は頭に入っていない。
昼休みの教室で、いつもと同じように弁当を食べた後、自分の席に座って本を眺めている。
夢の内容が頭から離れない。
繰り返し繰り返し見る上に、少女の印象が強く残る。
白い髪と儚げなその容姿はもちろんだが、最後の、目覚めの直前のすがる様な眼差しと
「 わたしを・・・・殺して 」
という言葉。
忘れろという方が無理だった。
何故、こんな夢を見るのか。
あの場所は存在するのか。
存在するなら、どこなのか。
そして、あの少女は
「ほんとに居るのかなぁ・・・」
「なにが?」
意識せず口から出た言葉に返事がある。
顔を上げれば、前の席にいつの間にか友人が横を向いて座っていた。
パックのジュースをストローで口にしながら、目だけこちらに向けている。
「いつの間に来たの?依神くん」
神出鬼没な友人に半ば呆れながら、真は聞き返す。
彼の名前は依神 刹那(いがみ せつな)。
ザンバラな黒髪を整えず、目は半目。
気怠げな様に見える。
彼とは高校二年になってからクラスメイトになった。
「いや~、真先生が珍しくボケていらっしゃるので気づくかな、と」
「誰が先生なのさ。まったく」
ニヤリと笑ってふざけて見せる彼に、真は苦笑いで返す。
「いやなに、最近ボーっとしてる事が多いだろ?どうしたんだ」
「あ・・・・うん」
「まあ、青少年、悩みは多いものだがな」
はっはっは、と彼は笑う。
「ねえ、依神君。同じ様な夢を繰り返し見るって何かあるのかな?」
真はおもむろに聞いてみる。
「同じ夢ねぇ。悪夢とか?」
「そういうわけじゃ・・・ないんだけどさ」
ふむ、と言って彼は少し考える。
「夢ってのは記憶の整理だったり、強い願望を見るって言うけど。他にも「虫の知らせ」みたいなものもあるな。例えば身近な人に不幸が起きたり」
「虫の知らせかぁ・・・・。ちょっと違う気がする」
真は、あの白い少女の事を知らない。
そう、何も知らない。何一つ。
だから知りたい。
何か一つでも知る事ができれば、何かを変えられるかもしれない。
そんな思いが徐々に大きくなっている事を、真は自覚していた。
「あんまり考え込みすぎると、歩ってる時に電柱にぶつかるぞ」
「そんなベタな」
真が苦い笑いを浮かべると、午後の予鈴が鳴った。