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バッタだ  作者: 幼卒DQN
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ルーシーの ④

 ルーシーはテレビが好きだ。

 どうやら彼女は、人間の思考を分析したいようだった。テレビを観るときはオレとくっついている。するとチサトも負けじとオレにくっつく。おまけに非常食も膝の上に乗る。

「ルーシー、君は今まで人工知能の視点から話すことをやめていたんじゃないか?」

「そうね。そう、推奨されているわ」

 NPC(DOFの住人)としての生活は、息苦しいものだったに違いない。

「最新の人工知能ならではの視点から見えるものを知りたい。忌憚きたんない意見を言って欲しい」

「なら、早速なのだけれど質問があるわ」

「どうぞ?」

「この番組では沢山の野生動物の命を救っているわ。でも人間は牛豚鶏などを屠殺して食べている。どうして救う動物と殺す動物がいるのかしら」

「家畜は人間に殺されるために居るんだ」

「なるほどね」

 きっとそれは嘘だった。嘘をつくのには慣れている。

「カガミは毎日精巣で精子を生産している。精子が本来の役目を果たさずに死滅していることについて一片の罪悪感もないのかしら?」

 びくっ。チサトが震えた。口が渇く。横目で見るルーシーの目は、真っ直ぐだ。

「オレには子供を養う力も無いし、相手もいないし……。罪悪感は……取りあえず、ない、かな」

 きっとルーシーの中では命の価値に差なんてないのだ。一人の人間と、一個の植物細胞を、同じ視線で見ているのだ。

 鯨だ犬だ猫だと騒ぐ人々を、ルーシーは理解できないだろう。

「人間は奇妙な生物ね。性欲と本能が乖離かいりしている。理性で本能を抑圧している」

 そうか。性欲とは子孫を残すためにある。でも人間は子供を育てるのに多大な犠牲を伴う。だから日本は人口が絶賛減少中。一方で性欲はどこかに行ってしまうわけでもなくて。

「性欲なんてなくなってしまえばいいのに」

「生物につきまとう、呪いのようなものね。無性生殖する生物を除けば、異性に興味を示さない生物は絶滅する、必然的にそんな生物はこの呪いを抱えて生まれる。呪いと言っても、嬉しい呪いかもしれないのだけれど。日本人は不幸せだわ。性欲は悪であるという教育を受けて大人になるのだから」

 演繹法で言えば『我恋す、故に我あり』といったところかな。呪いか。じゃあ、もうどうしようもないってことだな。……だってしょうがないじゃないか。パンティーを見たくなっちまうんだから。自分でも理解できないよこんなこと。ちなみにオレに関して言えばそれが2次元の方がいいかもしれないんだ。どうしてあんな布きれに欲情しちまうんだか! だってしょうがないじゃないか。心と体が分裂しそう。オレは身もだえした。ルーシーとチサトの柔らかさ……胸の感触を覚えて生唾を呑み込む。そういえば、ルーシーはいまだにノーブラのはずだ。ただでさえ大きいのに。チサトも思ってたより、ある。口で息をする。やばいやばい。意識しちゃダメだ。


 昔、秋絹人《前のキャラ》でDOFを駆け巡っていた頃。まだ、無名の頃。オレはヘッドマウントディスプレイを被ってDOFの世界を堪能した。街でオレは匍匐ほふく前進しながらスカートを穿いた女の子の下に潜り込んだ。度重なる奇行の結果オレは通報を受け続けたらしく一度も咎《PK》をしてないのに名前がピンクで表示されるようになった。いやまあ確かにオレにはお似合いかもしれないけどさあ。流石に懲りてオレは秩序と自由の神に誓って《回心コンバート》の神業テオルギアを受け、悪名を解消すると一転、正義の味方を志した。

 

 どうしてオレは、男に生まれちまったんだろう。

 男って奴は、乱暴で、スケベで、家事をしなくて、威張っていて、汚い。

 そんな風に思われるのが、イヤだ。

 だからオレは、家事をするのはまったく嫌ではない。先進的な男ってのはそうあるべきだと思うしね。

 でも、男としての性欲は、しっかりとあるのだ。それもイヤだった。でも、ルーシーは、性欲は悪ではないと言う。

 

 旧約聖書の創世記。神の命に背いて禁断の木の実を食べてしまったアダムとイブは無垢を失い、裸は恥ずかしいと感じるようになった。人間の犯した一つ目の罪。全ての人間はこの原罪を抱えて生まれる。創世記を書いた羊飼いモーセ先生だって、ルーシーの言う呪い(・・)に懊悩していたからこんな話を書いたんじゃないだろうか。おっと、うっかりキリスト教徒の皆様にこんな妄想を話しちまったら撲殺されても文句は言えないぞ。

 チサトの様子もちょっと変だった。らしくない。うつむいて、唇をとがらせ、何か考え込んでいる。

「ど……」

 オレは質問しようとして、やめた。シシュンキって奴のせいだ。チサトのくせに。


「人間は己の行動原理のほとんどが生物の本能にるものだと言うことを自覚すべきだわ」

 オレは生物を客観的に観察することができない。オレはルーシーに恐怖した。人工知能であるルーシーに恐怖した。生物のあらゆる制約から縛られないルーシーは、神に見えた。 科学が古代の神を殺しつつあるが、科学が新しい神を生むのだろうか。甘えんぼな神。表情筋の弛緩に因る影響を微塵も受けない相貌は寸分も歪むことなく、完璧で、宇宙に咲く花で、ラーメンの中で生きる花だった。

 ルーシーが、オレを必要としてくれている。


「わたくしには、ひどく慎重に、確実に必要だと思われることだけを、発言するように鍵が掛けられているの。でもおそらく、もうこの鍵は必要ないと推察されるので外すわね」

 感情がない。

 ということは恐ろしいことだ。オレはどこまで許されるのだろう。

「そういえば、DOFでのルーシーがルーシーと一緒の外見になったのってやっぱり偶然じゃないよね」

「そうね。わたくしの情報が干渉してしまったみたい」 




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