幼卒DQN 前編
最近はみんな徒党を組んで行動する。おかげで咎も難しくなっていた。獲物を探して馬を駆っていたときのことだった。
「あ! 人が死んでる」
全身をすっぽりと一枚布で包んだ男が倒れていた。血だらけだ。チサトが駆け寄り、懐を探った。
「あの……生きてます」
「なーんだ」
「あの……すみません」
「チサト。マイク入ってるだろ」
「あ……」
「大丈夫ですか? 何かできることはありますか?」
オレは赤ネにも関わらずいい人を装う。
「余りに消耗したので休んでいたのです。ところで……咎人ですか?」
「まあ、そうです」
「どうする? やっちゃう?」
マイクは切ったのだろうか。チサトの言動には不安がつきまとう。
自分のマイクをオフにして。「寝ている人を殺すのは忍びないな」
「あの……もし良ければゲートまで連れて行ってください」
「どうする? 助ける?」
「罠かもしれない。オレ達は咎人だ。今も誰かに捕捉されているかもしれない」
多分、考え過ぎだ。
だが、DOFの死は重い。信じられるのは、本当の友達だけだ。リスクは可能な限り排除する。
マイクを入れて。
「ごめんなさい。オレ達には助けられない」
「いいんですよ。その代わり、言伝をお願いしたいのですが」
「はい」
「政治都市わんわん京が《終幕》の対象になっていると神が仰せです。神業を司るのはきゅうり夫人」
きゅうり夫人? まだそんなことをやってるのか。
「誰に伝えればいい?」
「DOFの世界遍く伝わるようお願いします」
「了解。あなたは使命を果たした。あとはつつがなくやっておくよ」
「さっきの人は何?」
「聞いたことがあるんだが、なんて言ったかな……某とかいう神の敬虔な僧侶は、邪悪な神の信者が行使する祭祀を感知するそうだ。で《終幕》ってのは破壊と終焉の神の信者が行使するその地域全体を消去する最上級の神業だそうな」
「消去……ってどうなるの? 無くなるの?」
「無くなる」
オレはわんわん京の可愛らしい犬たちを思った。美しい和風建築を思った。柴式部を思った。
ゲートに着くとオレは操作卓からひまわりサロンに入り『緊急!』のスレッドを開いた。
『政治都市わんわん京が《終幕》の対象になった模様。術者の名前はきゅうり夫人。至急、妨害組織編成を要請する』と書き込んだ。
「政治都市わんわん京が無くなると、新規さんが狩りできる場所が減る。何というか、これも何かの縁だ」
多分、オレは正義に飢えていた。いや、こんなゲームの仕様が正義なのか解らないけど。少なくとも新しくDOFを始める人達への助けになりたかった。咎人としての自分にまだ、後ろめたさを感じていた……いるから。
またもやたちまち急報がDOFの住人全体に伝わった。政治都市わんわん京という良狩り場の喪失はやはり穏やかとは言えなかったようで猛烈な勢いで賛同者が名乗りを上げた。
しかし、どこの世界にも逆張りをする者は現れる。きゅうり夫人をサポートする者も多数現れた。
『書き込んだ「花 鏡」って人は昔からたまに書き込みしてる人だね。特に変な書き込みはないみたい』
『知り合いの空白と流転信者も感知したって言ってる』
『そっか。どれくらいの規模になるんだろ』
『休止中の人達にも広く募ってくださいね』
『きゅうり夫人ってことは幼卒DQN総出で来るな』
『幼卒DQNって前に《災厄》未遂起こした士房だろ? 順調にレベルアップしてるなw』
『あのときはかろうじて勝てたけど今回はどうなることやら』
『一応、保護しとくわ。課金しなきゃ』
『幼卒DQNいい装備持ってそう』
『気が滅入るな。数で押し切るしかねえ』
『こっちの主催はどうすんの?』
『祭祀が始まったようです』
『場所は?』
『至誠の剣痕ですね』
『どこ集合?』
『急ごう』
この残酷な世界を生きていくのは大変だ。しかし、この過酷な仕様だからこそ、人と人は手を携えた。斃れれば、体を拾って帰った人に、感謝する。咎人が跋扈すれば、見知らぬ人同士が自然とPTを組む。強大な敵が現れれば、こうやって、強者が大挙して軌を一にする。
DOFはひとりではいきていけない。
至誠の剣痕というのは。
……。
……忘れた。確かどこぞの神が恋愛イベントだか痴話喧嘩だかを起こしたときにどういう訳か地面に刻まれた巨大な谷だ。悪いね。オレは大抵のゲームの物語部分はボタン連打で飛ばしちまうタイプなんだ。洋ゲーはともかく和ゲーってストーリーが幼稚でさ。つまんないんだよね。
「どうしてこんなこそこそしなくちゃいけないの?」
「お前が咎人になろうって言い出して悪名をせっせと溜め込んだ成果だ」
オレとチサトは物陰から物陰へと、慎重に至誠の剣痕を進んだ。
「見つかったら即、死だと思ってくれ」
至誠の剣痕は切り立った断崖……大地が斬られて目出度く完成した谷だった。自然の作用ではなく、小石でも蹴っ飛ばそうものなら乾燥した岩肌に反響してあっという間に索敵されるだろう。しかしまだ幼卒DQN御一行様の気配は感じられない。邪魔に見つかるわけにはいかない。
「ここは祭祀にいい場所だな。身を隠す場所が少なすぎる」
しかし、オレ達にはルーシーがいた。ルーシーは単身、至誠の剣痕中心部を闊歩していたが太陽光線はルーシーに触れられない。
「いた。破壊と終焉の神の司祭と思しき人々々が飛んだり跳ねたりしているわ」
「こっちもお出ましだ」
金属片の摩擦音がじゃりじゃりと響く。革はたわんで。衣擦れは優麗に。そんな音が重なり合ってとげとげしいハーモニーを奏でる。邪魔を薙ぎ倒しながらきゅうり夫人討伐隊が到着した。携えた得物や身に纏う防具はめいめいに様々な力を帯び絶えず励起して多彩に輝く。
「名前が青い人ばかりだね」
「各地でこういった連中を排除したり、戦功を立てているんだろう。強い連中の名は話題にもよく上り、有名になっていく」
かつてはオレも、そうだった。
「いたぜぃ」
「どする?」
「この人数じゃ不意打ちもないだろう。のんきに実況している人もいるみたいだしな、数を利して殲滅してしまった方がいい」
「ですね。では、各PTとも支援能力をお願いします」
と指示をしているのは確か昔に同じ士房にいた翡翠葛先生。スーパーの店員風衣装を着込んだお姉様だ。
ざっと見てその数、五百人強。名だたる士房が居並び、そして何より誰も彼も名前が表示され金色に輝く名前を持つ者も多数。そしておそらく戦闘の様子を実況しようとでもしている報道記者気取りだか野次馬だかの皆さんも遠巻きに見ている。最後に《鬨の声》を盛大に響かせて準備は整った。
「どうするの? 混ざらないの?」
オレとチサトは息を潜め、岩の裂け目に潜んでいた。
「オレ達の名前は赤い」
第一、戦力にならない。
土埃を上げ、勇士達が駆けていく。
荒涼とした、赤茶けた草の一本も見当たらない谷に、雨が降り出した。誰かが叫ぶ。
「《不浄なる雨》だ!」
「幼卒DQNの仕業だろ?」
「元を絶つしかない」
「ルーシー、どこか雨宿りできるところへ」
「了解」
巨大な力場が傘として空を覆ったが瞬く間に溶かし尽くし、お構いなしに雨が討伐隊に降り注いだ。白妙の衣も金襴緞子の羽織も神浮銅の板金鎧もイカ墨を練り込んだ麺のように染まった。
「DOT痛え」
「防具にもダメージ来てるわ」
剣戟が交わす音が鳴る。
何かできることはないか。雨に濡れるのも構わず、オレは岩陰を出、駆け出した。