幼稚である
あさめをさますと、自分を忘れていることがよくあることに気が付く
しかしそれは、果たしてどういう経緯で自分が自分の過去を忘れているかを知るかと聞かれても、知らないんだからしょうがない
知らないことを覚えていることを知っている
実に意味の無いような言葉であるが、しかし、
意味などと言う定義もはなはな無いに等しく、無い
無いという言葉自体実に、幼稚である
無い、この世にあるもにはあり、無い物はない、しかしそれはあくまで人間目線であり、この世にその境目を分けることなど出来はしない
なぜなら、すべては曖昧なのだ、わり算でも引き算でもかけ算でも計算できない、世の中は数字ではない、思想だ、その考えは死相とも取れるが、だからといってどうしようもないではないだろうか、ではなぜこんな下らずともわかりがたいことをぺらぺらと書いているかといえば、
それは単純明快にして、意味不明なりきせつを書かねばなるまいではないだろうか、世とはすべてを、世として消している、人は決めた瞬間、その方ちを見失い、愚象を追いかけ、永遠に、正論を見ることもなく終わる
嘘なのだから、困ることもない、正解を見つける気がないのだ
この話を誰かにすることはないだろう、なぜなら誰もこんな話など危機はしない、なぜ聞かないのかと問われたとき、とう人間に聞いてみたい物だ
はたしてどうして君はとうのだ、それを聞いてどうする、わかってどうするのだ、正解を求め続ける限り、それは不正解でもない、中途半端な努力という永劫を得続ける、その悲しさを知るべきではないと僕は思うが、人類とは呪われているようで、その呪縛から逃げる人は少ない、そして、逃れられる夢を持つ物が、空想を現実として書き記すのだ




