ランク2
ついにあのテンプレイベントが!
ダンジョン攻略を開始して一週間が経過した。
日の稼ぎは大体千ジェニー前後に抑え、いっぱしの探索者に見えるように装備品も買い揃えた。――といっても、皮製のコートと鉄製のショートソードを買ったくらいだ。
これで多少は他の探索者の見る目も変わるかと思ったが相変わらず侮蔑と嫉妬の目に晒されている。少数であるが羨望のまなざしもあるので多少は改善されたと思いたい。
現在、ダンジョンの攻略は五階層まで進んでいる。
六階層からは出現するモンスターのランクが1から2へと上昇する。毒や麻痺などの厄介な攻撃をするモンスターが出てくるため現在はそれの対策を考えるために少し時間を置いている。
魔法の練習の時間を延ばしたおかげで宿からダンジョンの五階層までは転移で往復出来るようになったため探索時間は総じて増えている。より長距離の転移が可能となれば転移を利用した商売も始めていきたいところだ。
「あとの問題はこれだな」
酒場のテーブルに乗っかったランダムジェムを指で転がす。
ダンジョン探索を行なっている際にゴブリンのドロップアイテムとして出てきたのだ。運で出現するならヒロシの能力があればもっと出ていいはずなのに、一週間探索して一個しか出ないところを見ると一定数撃破で落ちる、とかそういった条件があるのだろう。
なにはともあれダンジョンで入手できることが分かったのは嬉しい。
そして、このジェムでどんなスキルを願うのか悩ましい。
「空間魔法はまだ練習中だから魔法系はパス。武器系のスキルも今はいい。欲しいのは耐性系やステータス上昇系のパッシブスキル。あとは回避や防御関連かなぁ……。MP自動回復とか魔力上昇系が有効そうなんだけど迷うな」
ジェムを指先で転がしながらヒロシは頭を悩ませる。
ほとんど制限がないだけに考えを絞るのが難しい。というより育成の方向性が決まっていないのでどういうスキルを取得していけばいいか困るのだ。現状は後衛向きの戦い方をしているが剣を持って前に出て行く必要も今後はあるかもしれない。
「問題はパーティをどうするかっていうのもあるよな。ずっとオレとユキだけってわけにもいかないだろうし」
「わふ?」
テーブルの横でかしこく伏せをしていたユキが名前を呼ばれて頭を上げた。なんでもないよ、とばかりに頭を撫でてやると心地よさそうに喉を鳴らす。
ヒロシが今後のスタイルを決められない理由にはユキとステータスが離れすぎているという点もある。ユキが強すぎるので連携を組もうにもユキが単体で戦ったほうが遥かに効率的なのだ。
本気になったユキの動きは、ヒロシには目で追うどころか知覚すら出来ない。
戦闘はユキに任せて自分はひたすら身を守っていればおそらくダンジョンの最下層まで行くのもそう難しくはないだろう。
「さすがにそれはリスクが高すぎるよなぁ」
「わふ~♪」
ユキの頭を撫でながら、もしユキが敵に回ってしまった場合はどうするのか? という最悪の事態を考える。いや、より正確にはユキと同等レベルの敵が現れたときはどうするのかだ。
ヒロシは自分が漫画やネット小説の世界のように「自分だけ」がこの異世界に放り込まれているわけではないだろうと想定している。自分をこの世界に送った神はヒロシが怨霊になるのを避けるために異世界へと送ると言った。
確かにヒロシの人生は不幸だったが、自分が世界で一番不幸だと思ったことはない。
なら、自分と同じように神によって異世界に飛ばされた人たちがいるはずだ。そして、この世界に飛ばされた人間が他にいる可能性は高い。
ヒロシは神から「幸運」の力を願ったが、他の人間が「世界征服」とか「人類滅亡」なんて力を望んでいないとは限らない。まあ、そんな力を望んだとしても神がくれるとは思わないが。
ならばユキに勝てなくも、せめて逃げおおせるレベルの力は手に入れておくべきだ。
そのためにもダンジョンを攻略しランダムジェムを確保。自身の強化を進めることは絶対に必要だ。
「ひとまずは基礎能力を上げて耐性系は後にするか。まずは一発も食らわないことを前提に動けるようになる方が建設的だな」
「ご注文お待たせしました~」
思考に耽っていると、ディアがエールとおつまみを持ってきた。ユキ用に大量のゆでた野菜と焼いた肉の乗ったおぼんもある。
「わふ! わふぅ!」
「はいはい。ご飯が待ち遠しいのは分かったからちょっと落ち着け」
食欲一直線なユキを見てヒロシは苦笑する。
ユキは犬から神になったと聞いている。見た目はただのでかい犬だが、ヒロシにとってユキという存在は非常に興味深い。なんせ、「神じゃない」ものが「神」になった実例なのだ。
神との出会いから異世界への転移というドタバタのせいですっかり失念していたが、これは本当にすごいことだし恐ろしいことだ。
条件さえ満たせば誰だって神になれる可能性がある。
それをユキという存在は示唆しているような気がしてならない。
(神が言っていたこの世界を楽しめっていうのはそれも含めて……って考えるのは穿ちすぎかな)
考えすぎだとは思うが一応頭には留めておく。
自分以外の転移者が敵対し、さらには神になったりする場合だってある。
その場合は、自分も神になる必要が出てくるかもしれないのだ。本気で検討するには荒唐無稽だが、頭の片隅で考えておくくらいがいいだろう。
「さて、明日からはランク2のモンスターのいる六階層に入るつもりだし今日はたっぷりと英気を養っておかないとな!」
「わふ!」
翌日。
ヒロシは魔法を使って五階層まで転移すると、まずは周囲の掃除から始めた。
いきなり六階層に入らず、まずは体を温めるためにゴブリン狩りをすることにした。ユキに匂いを探ってもらい適当な数のゴブリンの群れを狩っていく。
「よし、次!」
「わふ~」
ヒロシの放った魔法によってゴブリンの首が宙を舞う。
まるで指揮棒のようにヒロシが指を動かす度にゴブリンたちが切り裂かれ、押しつぶされ、ねじ切られていく。空間そのものに干渉し、遠距離から斬る、突く、ねじるなどが行える『ディスプレイス』は実に強力だ。
三次元を二次元的に捉えることがこの魔法の肝である。例えるなら、目に映る光景を写真に見立て、その写真を切ったり、突いたりすることで実際にその現象が起こっていると考えればいい。
「空間」という目に見えないものを捉えることは難しいが、自分が知っているものと置き換えて理解することは出来た。
というか、一般人であるヒロシにXYZから成り立つ三次元空間を脳内で把握するなんて芸当は逆立ちしたって無理だ。出来たとしても脳が焼ける。
だからこそ自分が行使しやすいように工夫している。そもそも魔法がない世界から来たヒロシにとって魔法を使うというだけでも脳に多大な負担が掛かっているのだからサボれるところはサボって当然とも言える。
「うん。消費も抑えられているしなにより前よりかなり魔法が使いやすい。やっぱりこのスキル取ってよかったな」
ヒロシは満足そうな顔を浮かべてステータスを開いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ヒロシ・サトウ
種族:人間
称号:神獣使い
保有スキル:『超幸運』『神獣:ユキ』『空間魔法』『神眼』『魔法適性』
腕力:10
体力:21
器用:9
敏捷:33
魔力:41
精神:39
運 :99999
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ランダムジェムに願ったのは魔法技術習得の簡便化と効率化だ。
このスキルの利点は目先の目的――空間魔法の習熟――に役立つだけでなく、将来性――他の魔法スキルの習熟――に役立つという点だ。
いろいろと考えたがまずは空間魔法を使いこなすことに重点を置くことにした。
戦士か魔法使いかという選択肢ならヒロシは迷いなく魔法使いを選ぶ。
戦闘技術を何一つ持っていないヒロシがいきなり武器を持って戦闘するくらいなら同じ0からスタートの魔法を鍛えた方がいいと考えたのだ。他のパッシブスキルも魅力だが、ランダムジェムを集めていけばいずれ手に入れることは可能なのだからまずは肝心のランダムジェムを効率よく稼ぐためにも空間魔法の習熟を優先した。
「それに空間魔法を鍛えていけば将来的には物流で稼ぐことも出来るだろうしな! っと」
最後のゴブリンの首を撥ねたところでヒロシは周囲の警戒をユキに任せてアイテムの回収を行う。
今回、ユキは一切戦闘に参加していない。けん制すらしていない。それでも十匹以上のゴブリンを相手に余裕を持って対応できていた。ここ一週間の戦闘と練習は無駄にはなっていないことを実感する。
「そういえば、微妙にステータスが伸びてるんだよな」
改めてステータスに視線を向ける。
レベルアップなどの概念がないため最初は気付いていなかったが、ここ最近の魔力の伸びが著しくそのおかげで気付くことが出来た。恐らくは魔法の練習の成果だと思われるのでこの世界のステータスは元の世界と同じく鍛えることで成長するようだ。逆を言えば怠けると下がることを意味する。
「怪我したりして動けなくなったりするとステータス下がる可能性あるよな……。やっぱ怪我には気をつけよう」
「わふぅ!」
「え? 神体あると怪我の治りが早くなるのか? マジで」
「わふ!」
「うわー、そんな効果もあるのか! 欲しかったな神体。でも、ジェムだと出なかったんだよなぁ」
ランダムジェムでユキの持つ「神~」シリーズが手に入らないか試したのだが残念ながら手に入らなかった。ジェムでは「神~」シリーズは手に入らないのだろうか? だとすると「神眼」が手に入った理由が分からない。
なにか条件があるのかもしれないが……それを検証するよりも、まずはジェムの数を揃える方が優先だ。
「さて、ならし(・・・)も終わったしそろそろ六階層に向かうか。ユキ案内頼むな」
「わっふ!」
頼られるのが嬉しいのか、ユキは尻尾をブンブン振りながら歩く。
機嫌よく働いてもらうためにユキとのスキンシップは普段から欠かしていない。お金に余裕もあるのでブラッシング用のブラシまで買った。あとはユキと遊ぶように木を魔法で削って作ったフリスビーなども作った。
気分は愛犬家である。
「なあ、ユキって毒とか効くのか?」
「わふ~」
ユキは首を横に振る。
「それも神体の効果か?」
「わふ!」
「あ、そっちは神気の効果なのか……。神シリーズぱねえな」
六階層からは毒を使うモンスターが出てくる。
その対策用の魔法は作っておいたし、もしものときのためにギルドで解毒薬などは購入してある。
欲張りを言えば毒に対する耐性を持つスキルを取得しておきたかったのだが……今後の課題だ。
「それじゃあ、ランク2モンスターとご対面といきますか!」
「わふ!」
『新緑と洞窟』六階層からは世界が変わる。
タラントでは素人探索者相手に、先輩たちがそう口を酸っぱくして教えるという。
モンスターのランクは一つでも変わればそれは全く別次元の脅威となる。ランク2の強さは、ランク1のそれとは桁が違うのだ。
「新緑と洞窟」で出現するランク2のモンスターはワークアントと六本蜘蛛だ。
ワークアントは巨大な蟻のモンスターで固い甲殻を持ち常に集団で行動する。口から放たれる酸は装備品を腐敗させるため防御することすら危険だ。六本蜘蛛は毒と粘着糸を使用するだけでなく、天井や壁を使った立体的な戦闘を仕掛けてくるため気が抜けない。
ランク2からは戦う術を持たない者は勝つことはおろか戦うことすら出来ない領域に入る。ただの力自慢ではここから先は生き残れない。
「って話だったんだが…………思ったよりもゆるいな」
「わふ~?」
光となって消えていくワークアントと六本蜘蛛の混成部隊を見てヒロシは肩透かしを食らったような気分になって息を吐いた。
ワークアントの甲殻はヒロシの「ディスプレイス」の前にあっさりと陥落、六本蜘蛛にいたっては奇襲されるどころかこっちから奇襲してあっと言う間に倒せてしまった。
「奇襲対策に作っておいた「ゾーン」が予想以上に使えるな」
空間魔法『ゾーン』
魔力を薄く周囲に張り巡らせることで体感的なレーダーの役割を果たす魔法だ。気配や動きを察知することが出来るので相手がなにをしようとしているか目に見ずとも察することが出来る。
奇襲を防ぐことが出来たのもこれのおかげだ。
ちなみに、魔法の効果を試すためにユキには奇襲されそうになっても教えないでくれと頼んでおいた。
結果は大成功と言えるだろう。
「あくまでレーダーのつもりだったんだが、戦闘中の方が使える魔法だったな。これは今後張りっぱなしになりそうだ」
魔力の消費を考えるとあまり得策とは言えないが消費される魔力はそれほど多くはない。外に転移するための魔力さえ残しておけば出口までは一瞬なのでケチって怪我をするくらいなら使った方がいい。
「オレはアイテム回収するからユキは周囲の警戒と探索よろしくな。なるべくモンスターが多くて人の少ないところを移動していこう」
「わふ~…」
アイテムは一つずつ神眼で鑑定しながら回収していく。レア率は全体の二割くらいだ。価値はゴブリンのざっと三倍。この戦闘だけで軽く五千ジェニーは稼いでしまった。実に有難い話なのだが毎日毎日レアを売り払いに行っているせいか最近はギルドの買い取り担当からすごい目で見られるようになった。
自分の能力を話すわけにもいかないが、何も言わないままというわけにもいかない。
出来れば事情を話しても大丈夫そうな人と繋ぎを取りたいところだ。
ラファエルに頼んでみるか? しかしそうなるとヒロシの事情を話す必要が出てくる。協力者が欲しいところだし触りだけでも話してみるか?
「このまま売り続けていれば近い内におっさんの方から接触してくるだろ。そのときにいろいろと話をすればいいか」
ラファエルとは黄金の小麦亭の酒場で何度か会っている。領主がそんなにほいほい街を出歩いていていいのか疑問だが本人が「全く問題ないのである」と言っているのだからいいのだろう。
ラファエルは有能だし義理堅い男だ。
人の秘密をぺらぺらしゃべるようには思えない。なによりラファエルはこの街の領主だ。頼るなら最大権力者が良いに決まっている。
「わふ~」
「分かった。移動しようか」
道中出会ったモンスターをユキと協力して倒していく。
あまりアイテムを稼ぎすぎてもアレなので、ユキとの連携を意識して戦う。現状はヒロシがユキの足を引っ張りまくっている状況だが努力をせずにそこに甘んじるわけにもいかない。
開発した新魔法の実験を兼ねながらどんどん奥へと進んでいく。
「そろそろお昼になるな」
「わふ~」
普段なら帰る時間だが、今日は魔力が続く限り進んでみることにする。
かなりハイペースでモンスターを狩りまくってみたが、ランク2ならば問題ないことが分かったので可能な限り奥へ進んでみることにした。
「お腹は空いてるけど……適当な場所で食うってわけにもいかないよな。いきなり湧いたりするし」
「わふ! わふ!」
「近くに広場があるのか? 分かったそっちに行ってみようか」
「わっふ」
案内されたのはぽっかりと穴が空いたようになったドーム状の広場だった。
奥には壁の裂け目から水が流れ出しており、休憩するには丁度よさそうな場所だ。他にも休憩に来ている探索者たちがちらほら見える。
探索者たちはヒロシの方を一瞥するがすぐに興味をなくしたように各々の作業に戻っていく。
(入り口とは違って冷めてるな。こっちとしてはそっちのが楽だから助かるけど)
こっちは休憩さえ出来ればいいので空いた場所に適当に座り、空間魔法で収納していた串焼きやスープなどを取り出す。
魔法で収納した物の時間は止まるようで、買ったときそのままの温度を保つことが出来る。つまりいつでも出来たての料理を堪能できるのだ。
ある意味これが空間魔法最大の利点といえるかもしれない。
「わふ。わふ~」
「うん。やっぱりこの串焼き美味いよな。そういえばスープがいけるんだから今度シチューとかを鍋ごと買うってことも出来るかもしれないな」
「わっふ!」
次々と料理を取り出しながら舌鼓みを打っていると複数の足音がこっちへと近づいてきた。
「よう、新入り。ずいぶんと美味そうなものを食ってるじゃないか」
「俺たちが干し肉と黒パンを齧ってる横でえらく調子に乗った態度だとおもわねえか? あん?」
やってきたのはにやにやと下品な笑みを浮かべた探索者らしき男たちだった。人数は五人。装備は金属製のハーフプレートを身にまとっており腰に刷いた剣もそれなりに質が良さそうだ。
食事中の自分を無遠慮に見下ろしてくる男たちを見てヒロシはある種の感動を抱いていた。
――これってもしかしてあのテンプレのイベントですか?
異世界転移物を読んだことのある人間なら一度は憧れるあの有名イベント。
ギルドに入った新入りにいちゃもんを付ける乱暴者の冒険者たち。それを撃退することで名を売るというお決まりのイベントが、ついに自分の元へやってきたのか!
喧嘩を売りに来たというのに、きらきらとした目で見つめ返された男たちは一様に気持ちの悪いものでも見るような目でヒロシを見る。
両者の空気が砂漠とシベリアほどに離れていくのを感じたユキが、退屈そうに欠伸をした。
本当はもっと後に使いたいネタだったのですが、後々の展開を考えて前倒しにやっていくことになりました。
今後の話はちょっと煩雑になりそうなのでここらで一度スカっとした話を差し込んでおきました(`・ω・´)