迷宮都市タラント
予約投稿するつもりが出来てしませんでした。
お待たせして申し訳ありません。
結論から言おう。
さっそく問題が起きた。
「……君ねえ。従魔とはいえあんなモノがいきなりやってきたらパニックになるのは当たり前だろう? おまけに従魔契約の首輪もつけていないみたいだし。まったく、ルールを守ってくれないと困るんだよこっちも」
「なんかすいません」
街へ入るため行列に並ぼうとしたらユキの姿を見た冒険者たちがすわモンスターかと慌て出し、商人たちは怯えて逃げ出し一瞬で門前の広場はパニックになった。
ヒロシは気付いていなかったが神であるユキから放たれるオーラは並みの人間を畏怖させる。意識的に抑えることは可能だったがヒロシからはなにも言われていなかったこともありユキもそこは失念していたのだ。
パニックを聞きつけた衛兵たちが駆けつけ、剣を抜いたまま包囲されたときは一体なにごとかとヒロシはしばし呆然とした。
なんとかかんとか話し合いで説得し、ユキを自分の従魔であると説明することに成功。
詳しい事情を聞くためにとヒロシたちは衛兵たちに連れられ門の管理事務所へとやってきていた。
ユキは建物の中に入れなかったので入り口の前で伏せの状態で待ってもらっている。
それでも怖いのか衛兵たちは怯えたように一歩引いて監視を続けている。
「それで? 君はどこから来たの?」
まるで迷子みたいだな。
ヒロシは内心苦笑する。
いかにも困ったことになったと顔をしかめる中年の衛兵に同情した。事情聴取だけでなくあとで書類仕事も待っているのだろうから。
「えっと、あっちの方からですね」
ヒロシは自分たちがやってきた丘の方を指差した。
指の先を衛兵の視線が追う。視線は丘を越えてその先にある山脈へと伸びる。
「ガーイン山脈から? ……あぁ、もしかして君はあれか。髪も黒いし北方民族ってやつか。あ~、だったらここらへんのルールなんて知らなくて当然か」
納得顔で頷く衛兵。
いや、すぐそこの丘からです。という言葉は飲み込んだ。向こうが勝手に勘違いしてくれているようならその話にのっかかった方が良さそうだからだ。
「よくあんな遠いところから来たもんだ。まあ、あの従魔に乗ってきたんならそんなに日数もかからないのかね? それでこの街にはなんの用で? ……ってこんな街に来るなんて理由は決まってるわな。ダンジョンだろ?」
「へ? ……あ、えぇ! そうです。ダンジョンです」
「だよな~」とからから笑う衛兵を前に、ヒロシは「え? ダンジョンあるの?」と小さくつぶやく。
ステータスの概念があった時点でゲームっぽい世界だと思ったがまさかダンジョンまであるとは。これは想定以上かもしれない。ヒロシは内心ほくそ笑む。
「あんなすごい従魔がいるんだ。稼ぎ放題だろうな。いやぁ、うらやましい。俺も昔は探索者だったんだが膝に矢を受けてしまってね。今ではしがない衛兵だよ」
(うわぁ、この話ってマジであるんだ。ファンタジーぱねえな)
その後しばらく衛兵さんと事情聴取という名の雑談を行い、いろいろと情報を手に入れた。
まずこの街の名は迷宮都市タラントというらしい。
その名の通りダンジョンを有する街だ。ダンジョンで一山当てにやってくる探索者たちを相手にすることで発展した街なのだそうだ。
ちなみに、この世界では冒険者はおらず探索者と呼ばれているらしい。
この街のダンジョン『新緑と洞窟』はアリアン王国でも最大規模のダンジョンで現在三十七階層まで踏破されているがまだまだ続きがあるらしい。
探索者同士のいざこざや、街の生み出す富に一枚噛もうと画策する貴族たちの陰謀などいろいろと問題は起こるものの概ね平和でいいところだと衛兵は笑う。
愚痴よりもこの街の良さを語る彼の表情に嘘はなく、本当にここはよいところなんだろうとヒロシは感じた。
これならしばらくはこの街を拠点に出来そうだ。
「ルールを知らなかったみたいだから今回は大目に見るが、次からは気をつけてくれよ。従魔にはしっかりと首輪をして、探索者ギルドに届出を出しておいてくれ。街に入ったら真っ先にその処理をすること、いいね?」
「はい。わかりました」
「よろしい。それじゃあ入市税の処理もここでやっておこうか。君、税の支払いに必要なお金がもっているかい?」
「えっと多少なら」
答えながら腰の布袋を開く。
中には銅貨と銀貨が数枚輝いている。
「入市税は五ジェニーだ。うん、これでよし」
衛兵は布袋から銅貨を五枚抜いていく。
銅貨一枚=一ジェニーというわけか。
「ギルドで身分証を発行すれば次からは税はいらないからどこかのギルドで身分証を作るといいだろう。ダンジョンに入るなら探索者ギルドに登録する必要があるからそこで作るといいだろう」
「わかりました。いろいろと親切にありがとうございます」
「構わないさ。それが衛兵の仕事だからね」
「あっとすいません。忘れてました。オレ、ヒロシっていいます」
「そういえば自己紹介してなかったな。俺はタラント第三衛兵隊の隊長をやっているゴッズだ。なんか困ったことがあったらいつでも相談にきな」
ゴッズと固く握手をしてヒロシは事務所を後にする。
事務所を出るなり「待て」をされていたユキが尻尾をぱたぱた振って寄ってくる。
「ユキ、待たせて悪かったあああああ!」
ガブ。
ヒロシの頭をまるまる齧るように甘噛みしてくる。
「ひぃ」
「うわぁ」
周囲の衛兵たちのおびえるような声が聞こえてくる。
これはマズイと察したヒロシはユキを宥めながら甘噛みをやめるよう説得する。
「ほ~ら、ユキ。よしよし。ちゃんと撫でてやるから口離してくれるか?」
「わふ」
ユキの頭をもみくちゃにするように指を立てて乱暴に撫でてやる。
撫でるというより掻くといった感じだ。
これまで何度か撫でてやったが、ユキは優しく撫でるよりも乱暴にされるほうが好きらしい。サイズが大きいから撫でる程度だとあんまり感じないのかもしれない。
ユキをなだめつつ、ドン引きした衛兵さんたちに愛想笑いを振りまく。
若干の疲れを感じながら、ヒロシたちは無事門を抜けた。
視界に広がったのはレンガ作りの町並みだ。
中世ヨーロッパを彷彿とさせるいかにもファンタジーといった町並みにヒロシは思わず息をつく。
通りには露天の喧騒が響き、探索者たちが狩りの成果を自慢し合うように肩を叩き合いながら歩いていく。
「やっと最初の街に着いたな。普通ならまずは宿屋なんだけど、ユキの登録をしないといけないから先にギルドだな」
「わふ」
道行く親切な人に道を教えてもらい(三人に逃げられた)ギルドを目指す。
道中、露天の串焼きの匂いにユキが物欲しそうな目で「きゅ~ん」と鼻を鳴らしていた。帰りにでも買ってあげよう。
通りを歩いて十分ほどで探索者ギルドと大きく書かれたレンガ造りの大きな建物が見えてきた。
入り口には衛兵らしき人が二人、槍を持って構えている。
入り口は開放されており、冒険者……もとい探索者たちが自由に出入りしているようだ。
だったらオレも~とヒロシが何気なく入ろうとすると、衛兵たちが槍を突きつけてきた。
また問題が……とヒロシがげんなりしていると衛兵の一人――若い金髪の青年――が苦笑しながらヒロシの隣を指差した。
「すみません。ギルド内に従魔を連れて入るのは禁止されているんですよ。手間だと思いますけど隣の厩舎に預けてからにしてもらえます?」
「あ、すいません」
「いえいえ、最初に来た人はみんな同じように連れて入ろうとしちゃうんですよ。探索者の皆さんからは不便だと言われたりしてるんですけど規則ですので従ってもらえると助かります」
「いえこちらこそ。厩舎に預けるのにお金とかいるんですか?」
「いえ。厩舎の管理人に一言伝えてくださればそれで大丈夫です」
「わかりました」
言われたとおり厩舎に向かい、いかにも農家の人の良さそうなおっさんといった風体の管理人にユキを預ける。
またも待たせることになるので機嫌を損ねるかと思ったが、ユキは素直に厩舎に入ると藁の上に寝転がり丸くなった。尻尾をパタパタと振り「自分はここでのんびりしているからいってらっしゃい」とばかりに目を瞑る。
「それじゃあ、言ってくるよ」とヒロシは一声かけて厩舎を後にする。
さっきの若い衛兵に軽く礼をしてギルドの中へと入る。
中はまるで市役所のような作りになっている。
大きな広間の中心には掲示板が置かれ、奥にはカウンターがあり受付嬢たちが笑顔を浮かべている。
登録の窓口がどれか分からないので適当に空いている受付嬢に話しかける。
「すいません。ギルドの登録と従魔の登録がしたいんですけどここで大丈夫ですか?」
「はい。どちらもここで大丈夫ですよ」
受付嬢はにっこりと微笑んで返事をした。
茶色のボブカットの髪と、ぽやっとした顔つきが実にチャーミングだ。キチっとした受付嬢の制服の上からも分かるほどに盛り上がった胸が劣情を刺激してやまない。
ヒロシは意識的にそっちに視線を向けないように努力する。
「なら、登録をお願いします」
「はい。必要な書類を用意しますので少々お待ちください。……はい。こちらの書類に必要事項を記載してください。文字が書けないのでしたら代筆致しますが?」
「たぶん大丈夫だと思います」
ヒロシはインク壷にペンを差込ながら書類の内容を確認する。
名前、種族、従軍経験の有無、戦闘経験の有無、討伐したモンスターがいる場合はその種族と頭数、得意とする武器・魔法などなど。
平和な日本暮らしでファンタジー初日のヒロシには書けることなどほとんどない。名前と種族だけを書き込みそのまま提出する。
「えっと……ヒロシ=サトウ様。種族は人間で…………戦闘経験はほとんど、というよりまったくない、と?」
「直接って意味ならほとんどないです。ゲームで……じゃなくて、間接的にならかなり戦った経験はあるんですけど」
「そうですか。戦闘経験がないままダンジョンに入るのは非常に危険です。仲間はいらっしゃいますか?」
「いえ、一人です」
「それではみすみす死にに行くようなものです。このままですと安全性の観点からサトウ様の登録は致しかねますが」
「えっと、そうなるとユキの――従魔の登録も出来なくなっちゃいます?」
「あっ、そういえば従魔がいらっしゃるんでしたね。でしたら従魔の登録を先にしてしまいましょうか。従魔のランク次第でサトウ様の登録も可能になるかもしれませんし」
そういうわけでヒロシと受付嬢はギルド横の厩舎へと移動する。
管理人のおっさんに一声掛け中に入らせてもらう。
丸くなって眠っていたユキは、ヒロシが来たのが分かるとすくっと立ち上がり「もう終わったの?」と言わんばかりに尻尾を振って寄ってくる。
じゃれついてくるユキの頭を乱暴に撫でてやりながら「こいつがオレの従魔なんですけど」と受付嬢に伝えると、受付嬢はびっくりしたように「この立派な狼がですか?」と確認するように聞いてくる。
そりゃ戦闘経験皆無の人間がユキみたいな立派な従魔を連れていたら本当かと疑いたくなる気持ちは分かる。
失礼とも思わずヒロシは「そうです」と頷いた。
「なるほど。これほどの従魔をお連れなら戦闘経験がないままギルドに登録しに来たのも頷けます。見たところホワイトウルフのようですがこれほど大きな固体は見たことがありませんね」
元神ですからね。とは言えない。
ほえ~と感心している受付嬢。種族を聞かれなくてよかったとヒロシは胸を撫で下ろす。
「一応確認のためにサトウ様の言うことを聞くか見せてもらえますか? じゃれついている姿を見れば懐いているのはよく分かるのですが命令を聞くかどうかは別ですので」
「あ、わかりました。えっと、ユキ。大丈夫か?」
「わふっ」
任せろ、とユキが小さく鳴く。
「では、厩舎の入り口のところに赤い棒が立っているのが見えますか? あの棒は引っ張ればすぐに抜けるようになっていますのであれを取ってこさせてください」
「分かりました。ユキ、あの赤い棒を取ってきてくれるか?」
「わふっ」
ぱたぱたっと軽快に足音を鳴らしてユキが棒に向かって走っていく。本気を出せば目に止まらない早さで動けるユキだが、街に入る前に騒動があったこともあり戦闘時以外は大体一割くらいの力しか出さないようにしている。
ヒロシに言われずともこれくらいの空気はよめるのだ。
命令通り赤い棒を咥えて引っこ抜き尻尾を振りながら戻ってくる。
「おぉ、えらいぞユキ!」
「わふっ!」
撫でれ、とばかりに頭をこすりつけてくるユキを乱暴に撫でてやる。
モフモフの毛に指を走らせるとなんともいえない快感がある。油断するとモフりに溺れてしまいそうな中毒性がある。
「はい。しっかりと命令を聞いているようですし従魔登録に一切問題はございません。サトウ様のギルド登録と合わせて処理させて頂きます。必要書類の記入がございますのでお手数ですがもう一度カウンターにまで来ていただけますか?」
「分かりました。ごめん、ユキ。もうちょっと待っててくれるか?」
「くーん」
ぺたりと耳を伏せて寂しそうに鳴くユキ。
罪悪感にかられるが必要なことだと割り切って我慢してもらう。あとで串焼きでも食べさせてやろう。
カウンターに戻り従魔用の書類に記載を終えると、受付嬢が書類を持ってカウンターの奥へと消えていく。一分もしない内に戻ってくると、手には小さなカードと首輪を持っていた。
「どうぞ、こちらがギルドの登録証と従魔につける首輪になります。登録証にはこのように名前と種族が登録されております。首輪の方はあの従魔に比べて小さいように思われるでしょうが自動的にサイズを調整する付呪がかかっておりますのでご安心ください。どちらも初登録ということですので無料で提供させて頂きますが、紛失や破損などによって再発行する場合、登録証は三十ジェニー。首輪は五十ジェニーかかりますのでご注意ください。この時点でなにかご質問はございますか?」
「えっと、登録にお金は掛からないんですか?」
「はい。不要です。その代わりといってはなんですがなんの理由もなく一年間ギルドの仕事を行わなかった場合は強制的に資格を取り上げ、罰金として二百ジェニーを支払って頂きますので予めご注意ください」
「分かりました。他は大丈夫です」
「畏まりました。では、続いて当ギルドについて簡単に説明をさせて頂きます。当ギルドはダンジョンを探索される方々の援助を目的とした組織です。ダンジョンで得られたアイテムの買い取りや探索者の方々への依頼の仲介。国へ支払う税金の処理などをこちらで肩代わりいたします。その対価としてアイテムの買い取り額及び依頼の報奨金の一割をギルドに、一割を国への税金として支払って頂きますので予めご理解ください」
「分かりました」
ギルドに登録することで煩雑な処理は全てギルドが肩代わりしてくれる。
またギルドが税金を支払うことで、ギルドに登録している探索者たちの身分をギルドが担保してくれている。
そのためギルドの登録証が身分証としても使えるわけだ。
「サトウ様はダンジョンについてどれだけ知っていますか?」
「モンスターが出るってことくらいですね」
「畏まりました。では一から説明させて頂きます。まず、サトウ様のおっしゃったモンスターですが、当ギルドではモンスターを十のランクに分けて登録しており、一から順に強くなり最後が十となっています」
「次に、ダンジョンはおおまかに分けて二種類ございます。開放型と迷宮型です。迷宮型は『新緑と洞窟』のように中が多段層の迷宮になっており内部にモンスターが闊歩しています。低階層では低いランクのモンスターが、深い階層にいくにつれてモンスターは強くなっていきます。対して開放型は自然の一部がダンジョン化したもので領域内にモンスターが次々に生まれていきます。迷宮型と違い、開放型で生まれたモンスターはダンジョンの領域を離れて人の住む場所にまで移動することがあります。そういったはぐれモンスターを討伐する依頼がギルドに入ることがあります。ほとんどの場合が緊急の依頼となりギルドから直接仕事を依頼することがあります。その場合はよほどのことがない限りは拒絶できませんのでご注意ください」
「ダンジョン内のモンスターを撃破すると、モンスターは光となって消失しアイテムを残します。モンスターごとに残すアイテムが異なり、買い取り額も変わりますので予めご理解ください」
「最後に探索者同士のいさかいや、ダンジョン探索中に発生した問題に対して原則ギルドは干渉いたしません。王国の法に触れる行為や、著しくギルドの利益を損ねる行為の場合は干渉しますが基本的には自己責任でお願いします」
長々とした説明を終え受付嬢は「質問はありますか?」と確認する。
探索者にランク付けとかはないんですか? と質問しようかと思ったが説明されないということはないのだろうと思うことにした。
無い方がこっちとしては助かるので余計な質問をしてやぶへびになるわけにもいかない。
「大丈夫です。聞きたいことは大方聞いたと思いますので」
「左様ですか。もし、今後分からないことがありましたらいつでも気軽にカウンターにお越しください」
「ありがとうございます。それじゃあオレはこれで」
「はい。サトウ様の今後のご活躍を期待しております」
受付嬢は惚れ惚れするような礼をする。
ファンタジー世界ではギルドの受付嬢は人気の職業だと聞くが、これを見れば納得だ。
「あ、すいません。最後にいい宿屋の情報とか教えてもらえませんか? ユキがいるんで従魔を連れていても大丈夫なところがいいんですけど」
「そうですね。あれほど立派な従魔が入れる厩舎があって、ルーキーでも泊まれるような値段設定の宿ですと……東区にある『黄金の小麦亭』がよろしいかと思います。部屋は小さいですけどその分値段は抑えられていますし、初心者同士の交流も取れますのでおすすめです」
「そうですか。それじゃ当座の宿はそこにさせてもらいます」
受付嬢にお礼を言ってギルドを後にする。
厩舎に行くとユキがふてくされていた。機嫌取りに串焼きを買ってやると言ってやるとあっさり尻尾を振るあたりかなりチョロい。
元々それほどわがままを言うような奴じゃないので今後もちょいちょい構っていってやれば大丈夫だろう。
宿屋に向かう途中、そういえば受付嬢の名前を聞くのを忘れていたなと思い出し、次にギルドに行く楽しみが出来たとヒロシはニンマリと笑みを浮かべるのだった。
やっと街に着きました。これから話が少しずつ加速していきます。