はじまりの街
お待たせしました。
しばらくはまったり進行が続きます。
闇を抜けた先は異世界だった。
視界に広がる一面の大自然。さわやかな風が吹く草原。雲を突き青く輝く山々。鬱蒼と生い茂る深き森。なにやら巨大な生物が見える大海。
どれもが日本では見られなかった光景だ。
「うわぁ、すごいな。ここまで分かりやすくファンタジーだとある意味迷わなくていいな」
「わふっ」
遠くには道らしきものも見える。
馬車や旅人の姿が見えないのが少し不安だが道なりに進めばいずれ町に着くだろう。
「さて、どっちに向かうか…………の前に現状の確認した方がいいよな」
ヒロシは身の回りのチェックを行う。
まず服装は日本のときに着ていたものではなくゲームでよく見る町民の服装になっていた。腰のベルトには皮袋が結び付けられている。軽く振ってみるとチャラチャラと金属がぶつかり合うような音がした。
――多分、貨幣だろう。銅貨か銀貨か……さすがに金貨は欲張りか。
他に持っていたのは小さなナイフと、大きめのリュックだ。中身は大きめのパンが一つと皮袋と木で作られた水筒が一つ。
RPGの初期装備そのまんまといった感じだ。
「テンプレ通りって感じだな。そういえばあの神様がオレにとって居心地のよさそうな世界を選んでくれるみたいなこと言ってたよな? ってことは……」
ヒロシは恐る恐る宙に手をかざす。
想定どおりなら問題ない。問題ないが、もし失敗したら死ぬほど恥ずかしい。
でも、確認しないと。
「~っ! よしっ、『ステータス』!」
これでなにも起きなかったら黒歴史確定だなぁとヒロシは内心ビクついていたが、予想通りと言うべきか直後宙に薄い水色をした半透明の板が現れた。
板にはびっしりと文字が描かれている。
それは地球で見たどの言語とも異なる文字だったが、不思議と文字の意味は分かった。
(異世界の言葉に自動的に翻訳されるって言ってたもんなぁ)
便利だなと素直に思う。
もし、言葉を最初から覚えるなんてハメになったら文字が読めないどころか会話すら覚束ない可能性すらあったのだ。ボディランゲージだけでやっていくのはさすがに辛い。
「やっぱりあったかステータス。異世界転移ネタで妄想するときは大抵ゲームみたいな世界を想定してたしなぁ。これならうまくやっていけそうだ」
なにもかもがヒロシの想定どおりの世界なら英雄にだって魔王にだってなれるだろう。
もちろん小市民のヒロシはそんな大層なもんになるより静かに幸せに生きるほうが何倍も良いが。
「さてと、オレのステータスはどうなってるのかな?」
ウキウキとした気持ちでステータスを覗き込む。
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名前:ヒロシ・サトウ
種族:人間
称号:神獣使い
保有スキル:『超幸運』『神獣:ユキ』
腕力:8
体力:15
器用:6
敏捷:18
魔力:12
精神:25
運 :99999
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
すさまじいまでに一点特化のステータスだ。
運を良くして欲しいと願ったが、まさかここまで振り切ったものになるとは予想していなかった。
運の数値がとんでもないせいか、他のステータスの数値の低さに涙が出てくる。チートなしの初期ステータスと考えればあながち低いとも言えないのだが、一桁の欄があるというのはやはり悲しいものがある。
それとユキは仲間扱いではなくスキル扱いになっているらしい。
ということは、ヒロシのスキルによって召還されている。もしくは契約によって縛られている存在という扱いなのか?
「ユキ。お前ステータス出せるか?」
「わふっ」
ユキが小さく鳴くと、ヒロシのときと同じように宙に水色の板が浮かび上がる。
「どれどれ……って、なんじゃこりゃ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前:ユキ
種族:神獣(従属)
称号:忘れ去られた神
保有スキル:『神速』『神気』『神体』『霊撃』『異界弱化』
腕力:320
体力:550
器用:78
敏捷:921
魔力:772
精神:507
運 :30
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
スキルもステータスもおかしい。
ステータスは軒並み三桁の大台に乗っているし、スキルも『神~』が三つもある。
『異界弱化』というのは元日本の神だから異世界に来て弱体化したってことなのだろうか? 弱体化してなおこのステータスなのだとしたら元のステータスはどうなっていたのか想像するのも怖い。
「お前って本当に神様なんだな」
「わふ?」
ユキがかわいらしく首を傾げる。
こう見るとただのでっかいモフモフわんこだ。
見かけで判断すると痛い目を見るという典型だろう。今後、旅の途中で可愛らしい生物が現れたとしても絶対に油断はするまいと心に誓う。
「とりあえず適当に歩いていくか。地理が分からないからどっち行っていいか分かんないし」
「わふっ」
ユキは首を横に振る。
「わふっ」
「もしかしてどっち行ったらいいか分かるのか?」
ユキは首を縦に振る。
「どうやって……って、犬だもんな。耳も鼻もいいんだし、人間がどっちにいるか分かるのか」
「わふっ」
どこか自慢げに鼻を鳴らす。
ペットなら頭を撫でてやるのだが神相手にそれをやっていいんだろうか? いや、今はパートナーなんだしいいだろう。
ヒロシはそう結論してユキの頭を撫でてやる。
「きゅ~」と気持ち良さそうな声を出してもっと撫でろとばかりに身体をこすりつけてくる。その態度は犬そのものだ。
「よしよし、えらいぞユキ!」
「わふっ、わふぅ」
十分ほどじゃれあい、のしかかられ、ぼろぼろになったヒロシは少しよろつきながらよだれでべたべたになった頭を振った。
サイズの違いをすっかり忘れてじゃれ合った結果だ。
地球にいる大型犬サイズですら本気でじゃれつかれたらただでは済まないのに、人間よりもでかい犬にじゃれつかれたのだから当然の結果と言える。
――もう少しステータスが強くなるまで甘やかすのはやめよう。
見た目で油断しないと誓ったばかりなのにさっそくやらかしてしまった自分に反省しつつ気分を切り替える。
「それじゃあ行くか。ユキ、案内頼むぞ」
「わふ~」
ユキが伏せのポーズで尻尾をぱしぱし振っている。
確認しなくても「乗れ」という意味だと解釈し、ヒロシは大きなユキの背に乗っかりもふもふの長い毛に掴まる。
「よし、それじゃあ行くか!」
「わう!」
ユキの背に揺られること一時間。
ヒロシたちはあっさりと最初の町を発見してしまっていた。
盗賊に襲われている貴族を助けるとか、ゴブリンやスライムなどの弱小モンスターとの初戦闘とか、傷ついて倒れているヒロインとの出会いとか、そういう異世界転移のテンプレ的イベントが一切起きなかった。
運が悪いというより、運が良すぎてそういう面倒ごとから回避できた考えるべきなんだろう。
道中、何度かユキが道を外れて移動していたからまっすぐ道なりに進んでいたらイベントに巻き込まれた可能性は高い。
「ユキ、グッジョブ」
「わふ?」
「ははっ、なんでもない。しっかし、大きな街だなぁ」
小高い丘から見下ろした街は五階建てのビルはあろうかという高さの城壁に囲まれている。ぱっと見た感じ中央部はぴっちりと区画整理されておりその周囲にごちゃごちゃとした町並みが連なっている。
街を十字に切り裂くように走った大通りから細かい道がまるで血管のように張り巡らされている。
よく見ると街の至るところに水路が走っている。
もしかすると水道もあるかのかもしれない。
東西南北にある門の前にはずらっと行列が出来ている。商人の馬車らしきものから、剣や槍を持ったいかにも冒険者といった風体の者たち、騎士っぽい同じ規格の鎧を身に纏った集団もいる。
全体的には冒険者や騎士の比率が多いように思う。
近々物騒なことでも起こるのか、それともこの街がそういう輩の集まりやすい場所なのか判断はつかない。
こういう街は情報集めをしたり、身の置き所を探るには丁度いい。
問題さえ起きなければしばらくこの街を拠点にしてもいいだろう。
「あの行列に並ぶのは面倒そうだけど……まあ、文句言ったって仕方ないか。行こう、ユキ」
「わんっ」
次回は土曜あたりを予定しています。