お得な旅行プラン
お待たせしました。
「本日は佐藤ヒロシ様にお得な旅行プランを提案しに参りました」
「は、はぁ」
突然現れた神を名乗る男にヒロシは面食らっていた。
アニメやゲームなどのサブカルチャーを愛する現代人のヒロシにとっていきなり神が現れるというシチュエーションは見慣れたものではあるのだが、それは大概老人や幼女の姿が多くこんなさえない感じのおっさんが出てきたことに純粋に驚いていた。
驚いたのは、神がおっさんだったからであり、神がいきなり現れたことについてはちっとも驚いていないあたりヒロシの肝は相当にでかそうだ。
「わたくし提案させて頂きますのはこちら。『異世界転移プラン~素敵なチート付き♪~』でございます。昨今の流行を取り入れ若者に受け入れやすいようにしてみました」
ニコニコと笑顔でパンフレットを見せてくれる自称神様。
その姿を見ているとただの旅行代理店の営業にしか見えない。パンフレットには「死に行く貴方に最後のプレゼント☆」という笑えない一文が見える。
冗談にしても笑えないが、おそらく〝冗談ではない〟だけに余計に笑えない。
「はっきり申し上げますと貴方はこのままだと確実に死にます。ただ死ぬだけならまったく問題はないのですが――」
――いや、問題大有りです。
とツッコミを入れそうになったが我慢する。
「――貴方はこの世に強い未練を残しておられる。いや、より正確に申しますと未練というよりは納得していないという感じでしょうか? どちらにせよ貴方は死んでもその魂はこの世に縛られ転生の輪から離れてしまうでしょう。それはこの日本の魂を管理しているわたくしとしては看過できる問題ではございません。ですので、貴方が納得して死ねるように今回のプランを提案させて頂きます。いろいろと突然のことで驚いていると思われます。なにか質問があればなんでもお答えいたしますよ?」
「あ、じゃあ質問いいですか?」
「どうぞ」
「えっと、さっき『このままだと確実に死ぬ』って言いましたよね? ってことは今のオレはまだ死んでないんですか?」
「はい。佐藤様はまだご存命です。といっても、このわたくしが展開した停止空間を解除すれば一秒後に死にますがね」
にっこりと微笑む神様。
人のよさそうな笑顔ではっきり死ぬと言われるとかなり怖いもんなんだなとヒロシは妙な納得をする。
「だとすると、今回の場合は転生じゃなくて転移になるんですか?」
「その通りです! 佐藤様は随分と聡明な方なのですね」
「いやいや、ネット知識の受け売りなだけですから」
「ご謙遜を。佐藤様のおっしゃる通り、今回は転生ではなく転移になります。今回は佐藤様の魂のリフレッシュを目的としておりまして転生の場合この世界に残した未練が邪魔をして転生に齟齬が発生する危険性がございます。ですので転移を選択させて頂きました」
「あれ? この世に未練がある人だから転生するもんだと思ってたんですけど違うんですね」
「はい。日本の方がよく書いていらっしゃる作品では強い未練を残した方が異世界に転生するという話がありますが、あれは一種の事故ですね。言うなれば魂転生システムのバグのような事例です。作品内の世界では記憶も力も引き継いでという話が多いですが、実際は魂が砕け散ってしまう事例の方が多いですよ」
「うわぁ……えげつないな」
ひそかに転生ものに憧れていたヒロシは神の話を聞いて背筋がゾっと引いた。
死んだあとの話なので魂が消えようが分かりっこないのだが、自分という存在が完全に消失すると聞いてはやはり根源的な恐怖は芽生えてしまう。
「あの、もし提案を断った場合はどうなるんです?」
「死にますね。あと高確率で怨霊となって転生の輪から外れます。最終的には神の手によって魂の初期化や消滅処理をされるでしょう」
「ってことはほとんど選択肢ないですね」
「申し訳ありませんが仰る通りです」
深く頭を下げる神。
「いえいえ! 神様のせいじゃないですから頭を上げてください。いや、オレの不幸の元々の理由が神様ならちょっと言いたいこともありますけど」
「それについてはわたくしのせいとも言えますし、そうでもないとも言えます」
「どういうことですか?」
「転生する際に魂は記憶や経験といったものをすべて浄化し、洗い流した力の大きさに応じてマイナス・プラスの力をランダムに付与します。佐藤様の場合ですと、不幸という巨大なマイナス要素の代わりに全ステータス強化というプラスが付与された状態です。実際、テストや資格試験などで苦労された記憶はございませんでしょう?」
「ああ、言われてみればそうかも」
ヒロシ自身は割りとなんでも出来る器用貧乏という認識だった。まさか全ステータス強化なんてチートくさい能力がついていたとは夢に思っていなかった。恐らくだが、その能力のおかげで不幸な境遇をドライに受け止めることが出来る精神力と、トラックに何度も轢かれかけても生き延びることの出来る身体能力を得ていたのだろう。
「今回はマイナス面が強く出すぎてしまったということですね。不幸というのはこちらの想定以上にマイナス要素が強いようです。ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」
「いえ、もうなんか納得しちゃってるので大丈夫です。えっと、それで異世界転移するにあたってオレが気をつけることってあります? チートくれるって言ってましたけどそれってどんなのもらえるんですか?」
「そうですね。異世界転移にあたってこれといった注意点はございません。チート能力を使って大暴れしようが、英雄になってハーレムを作ろうがご自由にしてください。ただし、世界を滅ぼしてしまうようなことだけは避けてください。あと、チートに関してですが佐藤様が欲しいと願われる力を授けることが出来る神がいた場合は可能ですが、いなかった場合は大変申し訳ありませんが別の力を再度ご提示ください。神も万能ではございませんので出来ることと出来ないことがございます」
「えっと、じゃあ幸運とかって可能ですか? より分かりやすく言っちゃうと俺の今のステータスを逆転して欲しいんですよ」
「その場合ですと全ステータス強化も逆転しますが?」
「あっ……、弱体化はなしで。でも、全ステータス強化はなくなってもいいです。それよりも幸運が欲しいです」
「ふむ。幸運でしたら十分に可能です。さらには自身の持つ力も代償にして構わないということでしたらこちらからも多少はサービスを致しましょう」
神はにっこり顔のままパチンと指を鳴らす。
すると神が現れたときのように景色が解けるようにして中から巨大な犬が現れた。大きくて真っ白なシベリアンハスキーと言えばいいのだろうか。精悍でありながらどこか愛嬌のある顔立ちは見慣れたハスキー犬に近い。
ただしそのサイズは常軌を軽々と逸している。
伏せのポーズを取っているにも関わらず身長一八○センチのヒロシと視線の高さが同じだと言えばどれだけ巨大かが分かるだろう。
「この子は幸運と豊穣を司る神です。元々は東北の一部地方で奉られていたのですが人口減少に伴い社は風化。名前も失い伝承されることのなくなった神です。この子であれば佐藤様の望みを、幸運の力を与えてくれるでしょう。また、全ステータス強化を失うことの補填としてこの子をサポート役としてつけましょう。向こうの世界に行ったはいいがすぐに死んでしまったということになりますとこちらも困りますので」
神様は白い犬の頭を撫でながらわりかしひどいことをあっさりと言ってのける。
幸運だけで異世界を渡り歩くのは厳しいという判断なのだろう。ヒロシとしては幸運だけでも十分以上にやっていけると思っている。
なんせずっと自分が幸運を手に入れることが出来たらどうするか、異世界へ行ったらどうするかと考え続けてきたのだ。幸運さえあればどんな状況、どんな世界でだって生きていける自信がある。
とはいえサポート役をつけてくれるというのならそれを拒否するつもりはない。
有難いのはたしかだし、ヒロシはワンコが大好きだ。
「あのいいんですか? 神様をサポートにつけてもらって」
「問題ありません。この子はすでに信仰を失っておりますので。むしろ貴方のサポート役として異世界に行ったほうが成長の機会もあるでしょう。佐藤様と契約し、新たな名前を得ることになれば神としての力も取り戻すでしょうしね」
「そういうことならあり難く。えっと、そのよろしく……な?」
ヒロシは恐る恐る犬に触れてみる。
ふんわりとした毛はまるで極上のシルクのように柔らかい。思わず全力でモフりたい衝動に駆られるが神様の前でいきなりやらかすわけにはいかずヒロシは断腸の思いでワンコから離れた。
ワンコは大きなつぶらな瞳でヒロシを見つめている。
目と目が合う。
――あ、かわいい。
そんなことをヒロシが思った直後。
「わふっ」
ワンコがヒロシの頭に噛み付いた。
「ぎゃあああああああああああああああ!!!」
そのまま、あむあむと噛みつづける。
「あああああああああ、痛っ………………くないな。もしかして、甘噛みか?」
グミを噛み切らないよう歯で転がすようにワンコはやさしく甘えるように小さく細かく噛んでくる。
甘噛みと分かってもサイズがサイズだけにかなり怖いが、ここでビビって拒否してしまうと後々まずそうなのでヒロシは恐怖を飲み込みどこぞの動物狂いのじいさんのように「元気ですね~」と撫で回す。
噛み付かれたまま撫でるのは結構疲れるがこれで相手の警戒が解けて仲良くなれるなら十分すぎる。
「おや、随分なつかれたようですね。この子も貴方を主として認めたようです」
「人間が神様の主って問題ないんですか?」
「この子は元々犬ですから。主人を持つのはまったく問題ありませんよ」
問題ないならいいか。とヒロシは気軽に考える。
かなり後でこのことを後悔するハメになることをヒロシは知らない。
「もしよろしければこの子に名前をつけてくれませんか? 神としての名はすでに失効しておりますので新しい名前が必要なのですよ」
「名前、ですか? といってもオレあんまりそういうセンスないんですけど」
「適当で構いませんよ。名無しよりはマシです」
チラっとワンコに視線を向けると期待するような目でこっちを見ている。
――これは適当に付けたら噛まれそうだな。
ヒロシはごくりと唾を飲んだ。
「……じゃあ、白いからシロ」
ワンコの表情が固まった。
心なしか絶望しているように見える。
「ってのは安直なんで~……えっとどうしようかな」
白から連想されるものは?
紙? ワイシャツ? 大福? どれもダメそうだ。
こういうことに関してはまったくセンスがないんだよなぁとヒロシは内心ため息をつく。大福だったらふわふわしているし似合ってるんじゃないかな~と思い始める。
そういえば子供の頃に大福のアイスをよく食べた記憶が――
「そうだ、雪。白いから雪。ユキなんてどうだ?」
「わふっ」
気に入ったのかワンコは首を縦に振る。
「よし、じゃあお前今日からユキな。よろしく、ユキ」
「わふっ」
お手のつもりで手を差し出したらまた噛まれた。
こいつ噛み癖があるんじゃないだろうか? ふとそんな不安がよぎる。
「話もまとまったようですし、そろそろ異世界転移を始めさせて頂きましょうか。転移先の世界はヒロシの深窓心理からもっとも快適に暮らせそうな場所をピックアップして飛ばします。恐らくほとんど不自由なくその世界になじめるはずです。あ、あと言葉については自動的に向こうの世界に合わせるようにしますのでご安心ください」
「いろいろ重ね重ね有難うございます。向こうでなんとか頑張ってみます」
「いえいえお気になさらず。わたくしが好きでやっていることでございますから。では、転移を開始しますね」
神は一歩引くと、胸ポケットから黒いハンカチを一枚取り出した。
それをポイっと頭上へ放り投げると、ハンカチは広がりヒロシとユキの頭上を覆い隠すほどに広がっていく。
「それでは異世界生活をどうぞご堪能ください」
神が深く頭を下げる。
ヒロシも無言で頭を下げ返す。
深い闇に飲まれるようにハンカチに包まれ、視界と意識が電源を落としたように消えた。
ヒロシたちを包み込んだハンカチはくるんと自動的に畳み込まれると、神の下へと戻ってくる。
「さてさて、あの人は異世界でどんな騒動を起こしてくれるのか楽しみですねぇ。ふふふ」
浮かべた笑みは先ほどまでの朗らかなものとは違い三日月のように引きつった笑みだった。その相貌は闇に包まれたように黒く、その中で引き裂けたように浮かぶ赤い口腔はまるで地獄の穴のようだ。
「さぁ、世界よ廻れ。悪徳よねじ曲がれ。わたくしを愉しませろ!」
哄笑。
灰色の世界で引き裂いたような笑い声が木霊する。
無貌の神は嗤う。
うれしそうに嗤う。
運命はまだ、始まってすらいない――
次回は今週以内に投稿したいと思います。
誤字報告は感想欄にてお願い致します。