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神憑いちゃうぞ!  作者: 黒井のん
18/19

銀狼2

 銀狼の噂を聞いてから一週間が経過した。

 急いでダンジョン攻略を進めればボスの待つ場所まではたどり着けただろうが、ヒロシはアントマンを相手に修行することを選んだ。

 いつもなら修行といえばタラント周辺の草原でやるのだが、わざわざダンジョンにまでやってきたのは周囲の目……というより監視の目がうっとうしいからだ。

 噂を聞く以前から、銀髪の剣士とは異なる尾行の気配を何度か感じていた。

 銀髪の剣士の尾行は拙く、いかにも慣れていない感じがしていたが最近感じる視線や気配は完全にプロのものでヒロシにはまったく感知できずユキの嗅覚と聴覚のおかげで察知することが出来た。

 不快ではあるものの殺気や敵意というものは感じず、ヒロシには察知できないほどの相手となると迂闊に手を出すのもためらわれ仕方がないので転移でさっさとダンジョンに篭ってしまうほうがいいという判断になった。

 異世界初日から領主と会ったことといい、一ヶ月も経たない内に有名人に尾行されたことといい幸運を手に入れたにも関わらず厄介ごとが群れを成して自分の元にやってくる。別段、悪いことばかりというわけじゃないのだがゆっくり静かに異世界を堪能したいヒロシからすればどれも面倒ごとに変わりはなかった。

 タラントの街で有名になってしまっていることの原因の半分はヒロシの自業自得なのは泣くに泣けない話だ。

 そんなわけで今後も面倒ごとがやってくるだろうことを想定し、ヒロシは早めに自己強化をしてしまった方がいいと判断した。


「ジェムは幸い余ってるし思いつく限り強化しちゃおう。スキルは取っておいて損はないし今後使いたいスキルも合わせて取っちゃおう」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――

名前:ヒロシ・サトウ

種族:人間

称号:神獣使い

保有スキル:『超幸運』『神獣:ユキ』『神眼』『腕力促成』『体力促成』『器用促成』『敏捷促成』『魔力促成』『精神促成』『毒耐性』『魅了耐性』『苦痛耐性』『精神耐性』『魔法適性』『魔法強化』『魔素吸収』『空間魔法』『火魔法』『水魔法』『風魔法』『土魔法』『補助魔法』『回復魔法』『付与魔法』『短剣術』『軽身術』『錬金術』『付呪』『隠密』『運気発勝』

腕力:35

体力:42

器用:77

敏捷:69

魔力:132

精神:98

運 :99999

―――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一気にジェムを使いスキルを増やし、スキルの熟練と合わせて修行を行った結果かなりステータスが伸びている。

 各種『~促成』スキルはステータスの伸びを助長するスキルだが、このスキルを取ってからのステータスの伸びが著しい。魔法スキルをかなり取得したせいか、それとも魔法ばっかり使っているからなのか魔力の伸びがヤバイ。

 ついに三桁に突入。

 魔法はイメージ次第と知ったせいか、おかげか各種魔法をかなり自由に使いこなせるようになったのは大きい。こんなことならもっと早く取っておけばよかったと思う。

 現代科学の知識と魔法の融合は本当に危険だ。

 普通に魔法を使うより、科学的知識を土台にして魔法を使うと威力が何倍にも膨れ上がるのだ。火魔法に風魔法で酸素と水素を供給してやれば言わずもがな。

 一番むごいと思ったのは風魔法で気圧を操作してやると平地でありながら高山病に似た症状を引き起こせることだ。

 アントマンたちは知能が高く直接的な攻撃に対しては即座に反応してくるが、目に見えず音もなく匂いすらない気圧変化という攻撃に対してはまったく対応できず苦しそうにバタバタ倒れていく姿はまさにホラーだった。

 最初は真空状態を作り出して窒息死を狙ったのだが空気を固定するのはかなり難しかったので気圧の変化を狙ってみたのだ。他にも酸素濃度だけ極端に上げるということも出来たがイメージが難しかったのでこれも没にした。


「しかし、ステータスが完全に後衛寄りというかこりゃ魔法使いのステータスそのものだよな。スキルもそっちに偏ってるから仕方ないんだけどえらい極端なステになったな」

「わふ、わふぅ」

「オレが後ろにいてくれるほうが安心だって? それはオレも同感だけどな」


 モンスターとの戦いの経験もある程度たまり、ヒロシがはっきりと自覚したのは自分には近接戦闘を行うセンスがないということだ。

 スキルを取得すればそれは問題にならないのではないか? という疑問が出るだろうが、今挙げたセンスというのは感覚や才能という意味ではなく、価値観だ。

 銃という簡便に人を殺傷できる道具のある世界で生きてきたヒロシからすると剣や弓という武器はいかにも非効率的であり使用者にとって危険極まりない道具である。

 なぜわざわざ近づかなくてはいけないのか?

 なぜ簡単に扱うことができないのか?

 銃ならトリガーを引けば弾が出る。狙いを付けるのが下手なら数を撃てばいい。朝農民だった人が、夜には立派な殺人者になれるのが銃という武器の一番の恐ろしさであり強みだ。

 そんな武器を身近に――といってもあくまでフィクションの中での話しだが――感じていたヒロシにとって旧世代の武器はどうにも感覚的に合わないのだ。

 使うメリットを感じないというのが大きいのかもしれない。

 なまじ魔法という強力な遠距離手段を手に入れてしまったせいで余計にそう感じるのだろう。剣や斧を片手に敵に突っ込んでいく自分を想像できない。想像もできないことなど出来るわけがない。

 空間魔法を取得したことで間合いの操作が簡単であり、いざというときには転移で逃げることもできることを考慮するとなおさら近接戦闘の技術を磨く理由を見出せない。

 とはいえ、現実はなにが起こるか分からない。敵も空間魔法を使って無理やり間合いを詰めてきたり、罠やなにかでとっさに魔法を使うことが出来ないような事態もありうるので最低限の手段として短剣術と軽身術は取得した。

 軽身術はその名の通り身軽に体を動かすための技術であり、主に回避に役立つ。剣術ではなく短剣術を取得したのは威力や広い攻撃範囲などは魔法で補えばいいのであり、武器に求めているのは小回りの良さと扱いやすさだったためナイフを選んだ。

 盾術も候補に挙がったのだが、武具屋で実際の盾を扱ってみてその重さと融通の悪さを知って即座に却下した。

 そんなこんなで現在ヒロシの腰のホルスターには大枚をはたいて買ったミスリル製のナイフが二本ささっている。素材にミスリルを採用したのは魔法との相性がよく、ナイフを持ったままでも魔法が使えるからだ。買ってよかったと素直に思えるほどの一品だが、おかげでヒロシの手持ちの金のほとんどが吹っ飛んでしまった。


「魔法だけじゃなく欲をいえば銃が手に入るとうれしいけど…………さすがにファンタジー世界に銃はないよなぁ」


 もしかしたらと思って銃のスキルがないかと思ってジェムを使ってみたが、残念なことに銃のスキルは手に入らなかった。代わりに錬金術のスキルが手に入ったところを見ると自分で作れということなのだろうか?

 いずれ機会があれば挑戦してみることにしよう。


「悪いけどユキには前衛を頼むことなる。すまんな」

「わふっ!」


 まかせて! とばかりに嬉しそうにユキは尻尾をふりふりしている。

 元よりユキはヒロシに頼られるのが嬉しいのでなにかお願いされれば否ということは絶対にない。なにより大好きなヒロシを危険な場所から遠ざけられるのだからなおさら断るという選択肢はなかった。

 ご機嫌よく協力してくれるチョロ犬のユキに、ヒロシはあとでまた美味しいものであげようかと考えたところでふとあることを思いつく。


 ――オレってユキに頼りすぎだよな?


 だというのに、ユキがチョロ犬だとぞんざいに扱っている。

 もっとユキに対して恩を返すべきではないか?

 ユキは食べるのが大好きだが、なにより好きなのはヒロシとのスキンシップだ。基本かまってちゃんなユキなのでおしゃべりしたりするだけでも喜ぶが、やはり一番嬉しいのは撫でられたりブラッシングしたりすることだ。

 犬の愛撫のスキルってあるのかな? そんなことを思いジェムを一個使ってみると。


「…………あったし……」


 ステータス欄に『愛撫』というスキルが追加された。

 ヒロシが欲しかったのはペットとのスキンシップに役立つものだったのだが、ただ『愛撫』とだけ書かれるとそこはかとなくピンクなイメージがある。社会人であり多少は色事の経験もあるヒロシにしてはやや初心な反応といえるが、自分のステータス欄に『愛撫』の文字があるというのはいささか恥ずかしいものだ。

 とはいえ持っていて損のあるものでもない。

 今後こっちの世界でそういう関係になる女性が出てこないとも限らない。下手より上手いほうがいいに決まっている。なにより相手を篭絡できるほどのスキルだとすればこれは強力な手札になる。

 などと純真な主人公であれば思いつきもしないゲスなことを考えながらとりあえずスキルの確認でもとユキを撫でてみる。


「……わ、わふっ!?」


 直後、まるで電気ショックでも受けたかのようにユキの体がビクンと跳ねた。

 そのまま撫で続けてやるとユキは抵抗するかのように体を抑え込もうとしているが、小刻みにビクビクと震えている。

 当初困ったような顔をしていたユキだったが撫でられるにつれ徐々に顔がゆるんでいく。五分ほど撫でてやったところで完全に力が抜けぐてんと大地に横たわり腹を向けて完全に服従のポーズを取った。

 尻尾はピクピクと痙攣しており顔は恍惚に染まっている。

 相手は犬だと分かっているがそれでもどこかエロい光景だ。

 スキルの導くままに自重しなかった結果がこれだ。ユキが完全にアヘってしまっている以上、今日はもう狩りは出来ないだろう。

 かといって今すぐ戻ることも出来ない。

 さすがにこの惨状を世間に公表する気にはなれない。まさかとは思うが自分が犬といたしてしまう人間だという噂が広まったら…………死ぬしかない。

 不幸なときは毎日オートで死ぬような目に遭っていたが、こっちの世界に来てからは自業自得で死にたくなるような目に遭うことが多い。

 人生ってままならないもんだなとヒロシは他人事のようにぼやくのだった。




 一時間ほどしてユキが正気に戻ったので街に戻るかと思ったのだが、ユキにいつになく張り切って「狩りをしよう!」とわめき出したので狩りを続けることになった。

 どうも狩りを頑張ったらまだ撫でてもらえると思っているようだ。

 ……変なクセになっていないといいけど。とヒロシは内心恐怖する。

 ユキの嗅覚センサーを頼りに周囲を索敵していく。すると、すぐ近くにアントマンの集落があった。いつもなら無視するのだが今回はちょっとばかり事情が違った。


「探索者たちがいるのか?」

「わふっ」


 どうも集落をぐるっと囲うように探索者たちが集まっているらしい。

 ユキが言うには既に戦闘になっているらしく血の匂いもしているようだ。

 今後のために他の探索者がどんな狩りをしてみるか見てみることにしたヒロシはユキの案内で集落へと向かう。

 集落につき見えてきた光景は言い方は悪いが村を襲う山賊にしか見えない。

 集落からわらわらと出てくるアントマンの群れに対し、パーティ単位で分かれた探索者たちが各自の判断で戦闘を行っている。あるパーティは斥候役が敵を引きつけ孤立させたところを集団で襲いかかり、ある探索者はソロなのか巨大な両手戦斧を振り回しアントマンを塵のように吹き飛ばす。ヒロシの目からして安定していると思ったパーティは恐らく魔法で作りだしたのであろう石の壁をバリケードのように配置し、前衛と後衛がうまく連携してアントマンを狩っている。

 特にうまいと思ったのがバリケードを二段階に設置しているところだ。

 一枚目のバリケードには剣を持った前衛が立ちふさがり、そこより少し下がったところに二枚目のバリケードを張り後衛のアーチャーと魔法使いが前衛を補佐している。敵の数が多く前衛が対処しきれないと判断したときは前衛は二枚目まで下がり魔法使いが広範囲の魔法で一気に殲滅する。

 若干乱暴ではあるものの策としてはよく出来ているし連携もうまい。

 アントマンもバカではないので策の軸となっている前衛役をなんとかして倒そうと群がっているが要所要所でアーチャーの放つ矢が妨害を行っておりうまく集団で前衛を囲むことが出来ずにいる。

 なによりたった一人で前衛を担っている剣士の力量が高い。一撃でアントマンをし止めるほどの火力はないが間合いや状況を掴むのがうまくアントマンを不必要に近づけない。

 ゾーンを持つヒロシですらあそこまで完璧に状況判断するのは難しい。

 こればかりはスキルや感覚よりも経験が重要だ。

 幸運によって普通ではありえない速度で成長するヒロシといえ、経験まではどうしようもない。


「…………ん? なんかあの剣士どっかで見たことあるような?」


 遠目なので若干顔がぼやけて見えるものの、背格好や雰囲気にどこか見覚えがある。

 この世界での知り合いなど数が限られている。一体どこで見たんだったかと頭を悩ませていると「わふっ」ユキがいつぞやのバカの探索者に絡まれたときに挨拶してきた探索者だよと教えてくれた。


「あぁ! そうか、確かえ~っと、そう『白銀のナイフ』だ!」


 リーダーのペテロ、チャラそうなアーチャーのニール、それと魔術書大好きのテラだ。


「そうか。普段はランク3の場所で狩りしてるって言ってたもんな。ダンジョン内で知り合いに会うのってなんかうれしいもんだな」

「わふっ」


 ヒロシはこの世界に来てからあまり人と接触を取らないようにしてきた。

 それは異世界の人間だからという理由だけでなくヒロシの性格的なものが多く影響していた。ヒロシは基本的に他人とあまり接触しようという気質はしていないが、誰も信用しないというほど人嫌いでもない。

 はっきり言えば疑り深い性格だといえる。

 そんなヒロシの異世界での数少ない知人(決して友人とは言わない)に会い、ヒロシにしては珍しく素直に喜んでいた。

 飼い主の感情を理解したのかユキも隣でうれしそうに尻尾を振っている。

 狩りは佳境へと向かい、アントマンの数は徐々に減り始めている。

 探索者たちの疲労もかなり溜まっているようだが状況的に探索者たちが押している。このまま何事もなければ探索者たちの勝ちだろう。

 こういうことを言うと負けフラグが立ちそうだけど、とヒロシが苦笑をもらす。


「わふ~……」


 余計なことは言わないの、とユキがジト目でこっちを見ていた。

 ヒロシの暗い予想とは異なり戦いはそのままの流れであっさりとケリがついた。大小細々怪我をしている人間は多いが、四肢の欠損や死者が出ることもなかったようで狩りとしては概ね成功といえるだろう。

 ただ重傷者を抱えたパーティはここから地上に戻るまでそれなりの苦労をするだろうが。


「こういう時にオレの魔法で運んでやれば恩を売ったりできるかね?」

「わふぅ」


 メリットはある。ただしデメリットもある。

 普段のヒロシならデメリットを重要視して余計なことはしない主義だが、最近は自分を取り巻く環境がいろいろときな臭くなってきたため可能な限り友好的な関係を築ける相手を増やしておきたいという思いがある。

 人が社会の中で生きる以上、人脈の力はあなどれない。

 コネ最強である。


「まあ、ひとまずはペテロたちに会いに行こう。そのついでに他の探索者とも話してみて転移については…………向こうから頼まれたら考えるってことで」

「わふっ」


 結論としてはかなり優柔不断だ。

 恩を売るにせよただの好意で転移をしてしまうと後々面倒なことになるのは目に見えている。金を取るのが一番あとくされがないがそれがどれくらいの値段なら妥当なのかも分からない。

 そういうところを白銀のナイフの面々に助言してもらえればいいかと気軽に考えながらヒロシたちは探索者たちへと足を進めていった。


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