銀狼
初の評価を頂きました。
本当にありがとうございます。
相変わらずののんびり進行ですが、これからもよろしくお願い致します。
「う~ん、悩むなぁ……」
がやがやとした喧騒の中、「黄金の小麦亭」酒場のテーブルに乗っけた古ぼけた厚い本のページをめくりながらヒロシは眉ねを寄せた。
本に書かれているのは一般的な魔法についてだ。
この世界の魔法は決まったパターンがいくつか存在し、それを組み合わせることでイメージを補強し魔法を発動させているようだ。例として「ファイアランス」の魔法を挙げよう。この魔法は燃え上がる炎のイメージと、投げ槍のイメージを合わせそれに魔力を乗せることで発動している。
槍の代わりに矢をイメージすれば「ファイアアロー」になり、火の代わりに氷をイメージすれば「アイスランス」になる。このように、いくつかの既製品の組み合わせによって魔法は成り立っているわけだ。
ヒロシのように全てを自分のイメージによって成り立たせ、一個一個自由に魔法を作るという方法は普通行われない。
なぜわざわざ選択肢を狭めるような真似をするのか?
簡単だ。イメージを固めるのが難しいからだ。
現代科学を学んだヒロシにとって火や水、風や雷といった自然現象は科学によって説明できる。よってイメージが明確である(とはいえ、現在ヒロシが使用しているのは空間魔法であるためこの説明では根拠が薄弱ともいえる)ため既存のイメージを利用することなくフルスクラッチで魔法を作りだせる。
言ってみればオートマチックとマニュアルの差のようなものだ。
使用が容易になる分、自由が失われる。
つまり、魔法とはイメージを魔力によって具現化する技法なのだ。属性や効果というのはあくまで結果でしかない。
「ってことは、この世界の魔法って結局はイメージ次第ってことか? じゃあ、種類別にスキルが分かれてても意味がないんじゃないか?」
先に例で言うなら氷の槍がイメージできてもスキルがなければ発動出来ないのであればスキルの存在が邪魔になるし、逆にスキルがなくても発動できるならやっぱりスキルの意味がない。
スキルとは一体なんなのか?
「結局は補助の役目しかないってことなのかね? 努力し、鍛錬し、身につけろ……と? う~ん、そうなると余計になんのスキルを取ればいいのか悩むなぁ」
スキルを取れば即座に達人! というわけじゃないのは分かっているが、もっとイージーモードにしていてくれてもいいと思う。
スキルを持っていても努力が必要であり、ある程度の才能もいるとなればスキルをとっても苦手なものは苦手なままということになりかねない。
「いや、逆か? スキルを得れるってことは才能があるってことになるのか。だとすると無理やりでもスキルを取れば才能が手に入るってことになるなら……」
まったく魔法がない世界から来たヒロシが「空間魔法」のスキルを取得することで魔法を使えるようになった。
異世界人のヒロシに魔法を使う才能があったとは微塵も思わないのでこれはスキルによって才能を得たと考えた方がしっくりくる。だってそうだろう? 車のない世界から来た人にプロレーサーの才能があるなんて普通は思わない。それと同じだ。
「だったらスキルだけも大量に取っておいた方がいいな。使う使わないは別にして取っておいても損はないしな。それにイメージ出来れば使えるなら手札を増やせるし」
頼んでいたコールドエールを飲む。
冷たい炭酸の刺激が喉にここちよい。適度なアルコールは悩みを分解させる。あまりいろいろ難しく考えすぎずひとまずやってみる程度の気持ちでやるのがいいかもしれない。
少なくとも魔法はどれを取ろうが結局は同じもののようだし。
「銀狼がきているだって!? マジかよ!」
「バカっ! 声が大きいって!」
まるで家を出たら目の前にラスボスがいましたって感じに慌てふためいている探索者らしき男が泡を食って叫んでいる。相方らしい男がなだめすかしているが、男はそれでも興奮が収まらないのかごちゃごちゃとわめき続けている。
男の言葉に触発されたように周囲の客たちもざわつきはじめる。
「おいおい、銀狼って言ってたなかったか」
「銀狼がこの街に!? ヤバイんじゃないか!」
「仲間と合流しよう。情報を共有しないと」
まるで災害時みたいだな、とヒロシは周囲を見回す。
客達は一様に表情を驚愕と恐怖に染め、口早に仲間たちと言葉を交わしている。
「ご注文の品、お待たせしました~」
そこにタイミングよく「黄金の小麦亭」の看板ショタであるディアがやってきた。
「なあ、ディアくん。『銀狼』って知ってる?」
「銀狼ですか? あの有名な探索者の?」
「探索者なのか…………客の反応からモンスターかと思ったぞ」
どう見ても探索者に向ける表情じゃない。
よほど恐れられているのか、どうも評判のよろしくない人物のようだ。
「その銀狼ってどんな奴なんだ?」
「そうですね……。ぼくもそんなに詳しくはないんですけど確か名前はルヴィエラ=ミルコットと仰って、ここより東側にあるミルコット伯爵家の次女様だと聞いてます」
「伯爵家の次女? なんで貴族が探索者なんてやってるんだ?」
「そんなに珍しいことじゃないですよ? ここ、タラントの領主様も探索者ですしダンジョンからもたらされる利益は大きいですから貴族の方々は独自に戦力を確保してダンジョン攻略をしていますから」
「あぁ~……そういえばおっさんって貴族だったな。あの見た目だからつい忘れそうになるが」
タラントの領主をしているということはイコール貴族と考えて間違いない。
どうも最初のイメージがインパクト強すぎたせいでラファエルと貴族という言葉が繋がらない。
「しかし、それにしても貴族のお嬢さんが探索者っておかしくないか?」
「う~ん、確かに貴族の女性で探索者をしている人はほとんどいないですね。でも、そのルヴィエラ様はその……結構変わった人物でしていろいろ逸話も多いんですよ」
「どんなのがあるんだ?」
「まず、女性なのに公的には男性として扱われているんですよ」
「はあ? なんでまたそんな変なこと…………あっ、男子が生まれなかったからそれまでは男子として扱うとかそんな感じか?」
「いえ、ミルコット伯爵家には既に嫡男がいらっしゃいます。ルヴィエラ様が生まれたのは嫡男よりも後ですね」
「ますます意味が分からんな。まあ、理由なんて考えても分からんからいいや。別の話は?」
「他には既に適齢期になっているのに未だに許婚がいらっしゃらないですね。正確には許婚は次々出来るんですがどれも一ヶ月ほどすると解消されてしまうらしいです。あとは……」
ディアは詳しくないと言っておきながら、次から次へと逸話が出てくる。
曰く、彼女と許婚になったことのある貴族の男たちは皆一様に女性恐怖症に陥っているとか。
曰く、彼女は女性はおろか人類として考えてもおかしいほどの膂力を誇り、彼女の振るう剣は大岩すらも断ち割るとか。
曰く、モンスターを必要以上に攻撃し、バラバラにするまで攻撃をやめない極度の可逆趣味であるとか。
曰く、彼女とパーティを組んだ場合、高確率でダンジョン内で行方不明になるとか。
「そうですね……あとは、彼女が「神憑き」じゃないかって噂です」
「かみつき? なんだそれ」
「あれ? ご存知ありませんか?」
「うっ……もしかして常識的な知識だったりするのか? オレってほら、北の方から来てるからこっちの常識とか疎くてさ」
「あぁ……そういえばヒロシ様は北方山脈の方でしたね。すみませんご配慮が足りず」
「いやいや、大丈夫だから。で、そのかみつき? ってのはなんなんだ?」
「神憑きというのは、まるで神が宿っているかのような凄まじい力を持って生まれた人に与えられる一種の称号ですね。生まれつきステータスの一部が極端に高く、ユニークスキルとして神の名を冠するものを取得しているそうですよ」
「ふ~ん、そんなのがあるんだ」
それって自分もそうなんじゃないだろうか?
ヒロシの場合、神が宿っているどころかペットとして連れ歩いているので正確にはかなり違うが、一部のステータスが極端に高く、神の名を冠するスキルを持っているという点は同じだ。
ヒロシは内心の動揺をおくびにも出さず会話を続ける。
「たしかに聞いた感じお近づきになりたいタイプの女性じゃないけど、それにしてもビビられすぎじゃないか? 気に食わないって理由でいきなり切りかかったりとかするわけでもないんだろ?」
「それは多分、神憑きの噂によるものだと思います」
「神憑きの噂?」
「はい。神憑きはその強大な力と引き換えに肉体的・精神的にどこか歪なものを持って生まれてくるといわれているんです。神の力を脆弱な人の体に宿すには代償が必要だから……って理由だったと思いますけど、まああくまで噂ですよ」
ディアは安心させるような笑顔を浮かべるが、ヒロシはその笑顔を見ながら大汗を流していた。
(おいおい、神の力ってもしかしてなんかデメリットあるのか?)
くれると言うから気軽にもらった力だったのだが、ここに来てまさかのデメリットがあるとの話にヒロシは思わず「詐欺じゃん!」と叫びたくなる。
うまい話には裏があるというのは定番だが、相手が神様という非日常の存在だったために話しを疑うということをほとんどしなかった。というか、神が人間ごときを騙してどうにかしようとか器の小さい真似をするなんて思ってもみなかったのだ。
(いや待て。これはあくまで〝この世界〟の神憑きという存在の話であって、似ているからといってオレもそうだとは限らない。第一、オレは〝別の世界〟から来ているんだからこの世界のルールに当てはめて考えるのは間違いだ)
ヒロシは死んで生まれ変わってこの世界に来たのではなく、死ぬ直前で助けられ現世の肉体のまま異世界へとやってきた。なので、「生まれつき」力を持っている神憑きとは似て非なる存在と考えていいだろう。
ただし、神の力を持つこと自体がこの世界ではデメリットとなる場合はその限りじゃないので完全に安心するわけにもいかない。
「つまり、噂のいろいろが相まってルヴィエラ嬢は恐れられているってわけか」
「そういうことですね。所詮は噂ですから信じすぎるのもバカらしい話ですけど、わざわざ危険に飛び込むのもまたバカらしいってことらしいです。ぼくとしてはお客さんとしてこの店に来てくれるなら歓待しますよ」
にっこりと微笑むディア。
さすが荒くれ者の多いこの街で宿屋の店員をしているだけあって度量が深い。
むしろ生半可な覚悟でやってる探索者よりもこの街で商売をやっている人間の方が案外肝は据わっているのかもしれないなとヒロシは感じた。
「あ、そういえばその銀狼はどんな見た目なんだ?」
「たしか……銀の髪をした中性的な女性の剣士だったはずですよ」
ディアの言葉に最初に浮かんだのは先日ヒロシを尾行していた剣士のことだ。
そういえばあの剣士も銀髪で女性だった。
いや、まさかただの偶然だろうと思いつつも、もし本物だったら面倒なことになるとヒロシは渋面を作る。
(その銀狼が噂どおりに神憑きだったとして、話から察するに腕力のステータスが極端に高いってことになるよな? オレと似たような感じだと腕力九万オーバーってことか? うん、戦ってどうこう出来る相手じゃないわな)
ヒロシの強みは現代知識と幸運だ。それらは確かに強力なファクターだが、即座に直接戦闘の役に立つ能力ではない。どちらかというと事前準備のときにこそ力を発揮する。
ということは、偶発的にその銀狼とやらと戦闘に持ち込まれた場合ヒロシには勝つ手段がない可能性がある。
(アントマン対策のためのスキル取得だったんだが……銀狼の対策も考えておいた方がいいな)
ボスを倒して一人前として認められればあとは安泰、という話だったはずなのにどうしてこう面倒ごとからこっちに向かってくるんだろうか?
少しぬるくなったエールを飲み、ヒロシはさっきよりも真剣にスキルについて悩みはじめるのだった。