アントマンの国
尾行の犯人については気になるが見つけようにも銀髪の女剣士という特徴しか分からないので探しようがない。せめて名前でも分かれば話は別だが今のところ探しようもないので一端これについては置いておき、ラファエルの助言通りボスを倒すことを優先することにした。
「まずは十五階層まで行かないとな。十一階層からはランク3になるし気をつけないと」
「わふっ」
自分がいるから大丈夫だよ! とユキが元気よく主張する。
いざとなったら頼ることにしようとヒロシはユキをあやし転移で十階層の階段まで移動するとさっそく十一階層へと下りていく。
下りた先は小さな部屋になっており一つだけ繋がった通路の先から光が漏れている。
ダンジョン内にも光源はあるが漏れてくる光はそれと違いまるで日光のような力強さがある。
光につられて通路を進んでみると――
「うわぁ……すごいな」
「わふっ、わふっ!」
一面に広がる草原だった。
遠くには森や丘も見え、見間違えでなければ畑のようなものも見える。ところどころにちらほらと見える人影は探索者ではなく実はこの階層を支配するモンスターたちだ。
――アントマン。
蟻の甲殻と筋力を持つ人型のモンスターであり高い社会性を持った強敵だ。
アントマンにはいくつかの階級があり、それによって厳密な縦社会が形成されている。労働者であり最下級のアントマンをはじめ、戦闘を得意とするアントマンソルジャー、巣や薬を製作するアントマンクラフター、他のアントマンを指揮するアントマンジェネラルなどなど総勢で十種類ほどいる。
ただし、タラントのダンジョンにいるのはその内の五種類のみでアントマンの中でもっとも危険だと言われるアントマンカイザーはいない。
ヒロシの言葉ではないが「所詮ランク3」の階層であるため、支配階層の強力なアントマンたちはいないのだ。
「広いなぁ。向こう側は見えないぞ」
「わふぅ」
通称「アントマンの国」と呼ばれる十一階層から十五階層までは今までの階層と違い非常に広い。また通路や部屋みたいな区切りがないためこの広い階層を無作為に移動することになるのでモンスターとのエンカウントが少なく時間も掛かる。
これだけ聞くと不人気狩場一直線という感じだが「アントマンの国」はそういったデメリットをすべて払拭するメリットが存在する。
「あぁ、あそこにあるのが集落か」
遠目に小さな村のようなものが見える。
そこにはアントマンたちが集団で生活しており、近くには柵に囲まれ家畜化されたランクの低いモンスターがいる。
そう、アントマンたちは高い社会性を持つがゆえに集団で生活しておりさらには自分たちの食料として家畜を飼いならしている。そのため集落を襲えば大量のモンスターを狩ることが出来、さらには食料の確保もできる。
川や池などもあるらしく水の補給も出来るため装備品や薬がなくならない限りは長期的に篭ることも可能なのだ。
十五階層のボスが倒せずランク4に上がれないから、という理由だけでなく「アントマンの国」は探索者にとって実に稼ぎやすい狩場なのだ。
「しかし、集落襲って住民皆殺しの上食料まで奪うって完全にこっちが悪役だよな」
「わ、わふ」
相手がモンスターだから、という免罪符があるもののどこかすっきりしない気持ちになるのは避けられない。それが日本育ちゆえの甘さだとも思うがなまじ相手が社会を形成し知能があると思うと余計なヒューマニズムが邪魔をする。
とはいえ、人間すら殺す覚悟を決めてきたのだ。
例え人間らしいところがあろうと殺してアイテム化することに躊躇はない。
「ひとまず適当に戦ってみるか。どれくらい強いのか確認しないとな」
「わふ、わふ~?」
「いや、さすがにいきなり集落に攻撃仕掛けないって。一匹か二匹いるところでまずは戦ってみよう。ユキ、臭いで探してくれるか?」
「わふっ」
ユキが発見したのはアントマン三体のグループと、アントマンソルジャー二体のグループだった。数はソルジャーの方が少ないが、農民と戦士を数だけで判断するわけもなくまずは労働階級のアントマンから戦ってみることにした。
ユキに乗って移動し、まずは奇襲がてら一匹に魔法を叩き込む。
緑色の鮮血が舞い、アントマンの首が宙を舞った。
このランクにもちゃんと魔法は効くようだ。とヒロシが内心ほっとしたのもつかの間、残ったアントマンたちが一斉にきびすを返して脱兎の如く逃げ出した。
わき目も振らず一目散に逃げていくアントマンにヒロシは一時呆然となる。
「わふっ!」
「……あ、そうだな。追いかけないと!」
ユキの声で我に帰り、慌ててアントマンを追撃する。
ユキのスピードを相手に逃げ切れるわけもなくあっさりとアントマンに追いつくと背後から容赦なく魔法をたたき付けた。
すると一匹がわざとこちらぶつかるように魔法に突っ込んだ。胴体が二つに分かれて光の粒になって消えていく。その隙をついて、残りの一匹がガチガチと歯を鳴らしたあと口から酸を吐き出した。
攻撃の速度はたいしたことなくユキが難なくそれを回避し、ヒロシが魔法を叩き込んだところであっさりと決着がついた。
「ふぅ……強さ自体は大したことなかったけど…………これはキツイな」
魔法一発で倒せるので戦闘能力そのものは脅威じゃない。
問題なのは――
「こいつらめっちゃ頭いいじゃないか」
「わふ」
その知能の高さだ。
今まで相手にしてきたモンスターはこちらの強さなど関係なく死ぬまで襲い掛かってきた。それはそれで脅威だが猪突猛進に襲い掛かってくる相手ならいくらでも対処のしようがある。
しかし、アントマンたちは違う。
勝てないと分かった瞬間即座に撤退を選択した。つまり、戦力の彼我の差を理解する知力がありそれを行動に生かす頭脳があるのだ。
今回はこっちが奇襲をする側だったが、下手すると向こうから奇襲される可能性もあるし罠を使用する可能性すらある。
あれだけ知能が高ければ集団戦はかなりの脅威になるだろう。実際、最後は連携さえ見せたのだ。もっと数が増えてくればこちらも力任せに攻撃するだけでは対処できなくなるだろう。
「というか、こいつらの逃げてる先にアントマンの集団がいるじゃん。こいつらそれも計算して逃げてたのか?」
恐ろしいほどの知能の高さだ。
アリは元々社会性の高い昆虫だが、人型になりさらに大型化したことで高い知性を得てより厄介になっている。
働きアリでこのレベルなら兵隊アリとなればもっと凶悪だろう。
ランクは一つ上がればまったく別物とよく言われるが、たしかにランク2とランク3の差は思った以上に激しいようだ。
かなりの脅威となるモンスターだが、ヒロシの本音を言わせてもらうと「やっと愉しくなってきた」といったところだ。
ダンジョンに入る前、仲間を失った探索者を見て自分はこの世界で命を賭けているんだと発起したのに思っていたよりもダンジョンがぬるく、自分から危険に飛び込まないとスリルの欠片もないという有様だったのだ。
ただ生きるだけでスリル満点だった不幸時代と比較するのもアレだが、もっとスリルが高くないと面白くない。
別にヒロシとて死にたいわけじゃないのでひたすら危険なことがしたいというわけじゃない。ただ…………幸運を身につけて、いや不幸を失ってからどうも毎日がゆるすぎる気がしてならないのだ。
ちょっと油断すれば致命傷に陥るような人生が間違っていただけだと分かっているのだが、平和で幸運な今の生活は楽しいと同時にどこかむなしいのだ。
だからこそダンジョン内で無茶をしたり、ついはっちゃけてしまったりするんだろう。
「おっさんの意見とは違うけど、早いとこランクの高いところに入らないとオレやばいかもしれないなぁ」
「わふ……」
ユキもどこか感付いているのかぴすぴすと鼻を鳴らしながらこっちに甘えてくる。
もふもふとした毛を撫でながら、平和で安全なことがこんなにもむなしく感じるなんてえらく贅沢になったものだとヒロシは自嘲する。
「狩りを続けるか」
「わふっ」
パシっと顔を叩き気分を切り替える。
こういうのはあまり考えすぎるのもよくないのだ。体を動かしていれば自然となんとも思わなくなることも多い。
ユキに索敵を任し、数の少ないところを片っ端から奇襲をかけていく。
奇襲はおそろしいほど有効で、ほとんどのアントマンがこっちを認識して戦闘へ移行する前に半数以上をしとめることが出来た。
働きアリ、兵隊アリ含めて二十体ほど奇襲したところあることに気がついた。
「働きアリってもしかしたらアクティブモンスターじゃなくてノンアクティブモンスターかもしれないぞ」
「わふ?」
言葉の意味が分からないのかユキが可愛らしく首を傾げた。
「えっとな。これはゲーム用語なんだが、モンスターってのは大別して二種類に分けられる。こっちを発見するなり襲い掛かってくるアクティブモンスターと、こっちが攻撃するまで攻撃してこないノンアクティブモンスターだ。さっきから何度か奇襲して思ったんだが、普通のアントマンの反応が鈍すぎる。一回奇襲に失敗して攻撃する前に認識されてたのにこっちを攻撃する気配がなかった」
「わふ、わふ~」
「だよな? ってことは普通のアントマンに限っていえば無理に奇襲しなくても罠張ってからおびき寄せたりした方が楽なのかも。いや、まずは本当にノンアクティブか試す必要があるな」
「わっふ」
近くにぽつんと一匹だけいたアントマンにゆっくりと近づいてみる。
真正面からなのでこちらに気付いていないということはないだろう。
なのにアントマンはこっちのことなど気にもせずに蔦でしばった薪をえっちらおっちら運んでいる。
「おーい!」
試しに声を掛けてみる。
アントマンが足を止めこっちをちらっと見るとすぐに興味を無くして作業に戻っていく。
「うん。これは確定っぽいな。アントマンはノンアクティブだ」
「わっふ」
「ここが人気狩場になるわけだ。こっちが仕掛けなきゃ安全ならいくらでもやりようがあるもんな」
ランク1のゴブリンのランク2の虫達もアクティブモンスターだった。
ランク2の虫にいたっては毒や粘着糸を使う上に集団で襲いかかってくるのだから厄介この上なかった。アントマンは間違いなくランク2の虫よりも強い。戦闘能力もそうだし、なにより知能が高い。
真正面からぶつかればかなりの脅威になるだろう。
しかし、相手はノンアクティブ。
こっちが仕掛けなければ攻撃してこないのだから自分に有利な環境を作ってから攻撃すれば高確率で勝てる。
というより、先制の一撃を確実に食らわせられるのだから即死狙いで行くのが一番いい。
さきほどの興味のなさそうな態度からすると足元に爆弾を仕掛けても無視してきそうな気がする。
「奇襲続けていれば楽勝っぽいけど……せっかくだしここで修行してみようかな」
「わふ?」
「ほら、オレって今まで戦闘用のスキルは空間魔法しか取ってないだろ? だからボス戦に備えて空間魔法以外の戦闘技術を増やしておこうかなってさ。こいつらはノンアクティブだしマップも広い。修行場所としてはうってつけだ」
ジェム集めに大虐殺をしたときにも思ったが、空間魔法は確かに強力だし便利だが威力や範囲の調節が難しい上に消費が激しいという難点がある。
多分、どんな魔法を選択しようがメリットデメリットは存在するだろう。
なら、全ての魔法を習得してしまえばいいんじゃないか? とまで楽観はしていないがそろそろ手札を増やしてもいい頃合だ。
「スキル増やしたからって急に強くなるわけじゃないけど、持ってさえおけばいざというときに役に立つかもしれないしな。魔法を二つ、三つ増やして、あとは近接戦闘も一個くらい持っておくかな?」
「わふ! わふっ!」
「いや、危険だってのは分かってるさ。だから覚える魔法のうちの一つは回復魔法に決めてる。足りないようなら補助魔法も増やす。攻撃魔法は増やして一個だな」
「わふぅ」
「魔法特化でいけばいいって? そりゃそうなんだが、今後魔法が使えない状況ってあるかもしれないし、あとは別の技術を取り込むことで魔法の幅が広がるかもしれない。ほら、おっさんの魔闘術みたいに魔力で殴るみたいなさ」
「わふ~……」
「いやまぁ、あれはおっさんだから出来るって感じだけどさ。オレなりのスタイルが見つかればいいなって思ってな。それにオレのスタイルが決まればもっとユキと連携できるだろ? ユキといっしょに戦場を駆け回るって楽しそうじゃないか?」
「わふっ!」
目をきらんとさせるユキ。
ユキは「いっしょに」という言葉が大好きだ。
犬だからなのか神様だからなのか知らないが人間といっしょになにかをやるというのがユキの中で高い優先度を持っている。
まあ、あとは単純に構ってもらっているというのがうれしいのだろう。
うん。ちょろい。
「とりあえずアントマンとの戦いの感触は掴んだし、いったん戻って欲しいスキルの選定でもしようか」
「わふっ」
取る魔法スキルはほぼ決まっているが、近接戦闘のスキルはなにを取ろうか? それを補助するスキルもなにを取るべきか?
ヒロシはあれこれパターンを考えながら転移魔法を発動させた。