リサイクル
お待たせしました。
罠利用のお話し二話目です。
今回で終わらせようと思っていたんですが、もう一話続きます。
「わざと罠にハマってアイテム稼ぎをするぞ!」
「……わふ~」
ユキにしては珍しく「仕方ないな」といった諦観を感じる鳴き方だったが、ハイテンションになっているヒロシはちっとも気付かない。
モンスターハウスに近い罠を利用して大量のモンスターを短時間で倒し、ランダムジェムを集めようという魂胆だ。その際に勝手に手に入ってしまう「邪魔なアイテム」もそこそこな値段で売れるので副産物として(・・・・・・)は優秀だ。
「とはいえ、何回も使うことが出来るのか。そこを実証しないといけないな」
まずは部屋を入りなおしてみる。
……罠は発動しない。
やはり部屋を出入りするだけではリセットされないようだ。
ならば、次はダンジョンから一度転移で脱出しその後転移で戻ってきてはどうだろうか?
「これもダメか……」
ダンジョンの出入りというのはリセット条件としては十分だと思ったのだがダメだった。
となるとクールタイムがあるのかもしれない。
そう考えヒロシはその日十分ごとに転移を使ってダンジョンを出入りしてみたが罠は発動しなかった。
翌日、どうもクールタイムではないようだと見切りをつけ別の方法を試す。次に試したのは階段だ。八階層から九階層へと降りてくる階段こそがリセット条件ではないかと考えたのだが――
「結構いい線いってると思ったんだけどな」
太っちょの商人が主人公の某有名ダンジョンゲームでは階の移動によってダンジョンの形が変更されたのだがそううまくはいかないらしい。
「ダンジョンリセットはダメ。階層リセットもダメ。クールタイムも一日以上あるっていうのなら連続使用するには効率が悪い。う~ん、やっぱり無理だったのかな?」
思いつきで始めただけに結果が芳しくないとひどく無駄なことをしているような気分になってくる。隣にいるユキも心なしか面倒くさそうにしているような気がする。
うむむ、と唸りながらヒロシは他に手はないかと知恵を絞る。
ギルドにはリセットの条件について聞いてみたのだが「罠のリセット条件ですか? う~ん、そういったことを調べている人がいないので正確には分かりませんがダンジョンを出入りするとリセットされるというような話は聞いたことがありますね」と言われてしまった。
罠を利用するという手を考える人間は少ないのか、それともそういった情報が外には出回らないのかどっちにせよ罠のリセット条件は自力で見つけるしかないようだ。
それは砂漠に落ちたビー玉を探す行為に近いのかもしれないが多少でも可能性があるならそれを探してみたいとも思う。
ヒロシは神に出会うまで不幸のどん底にいた。それは比喩表現ではなく厳然たる現実として存在していた。運が絡むとなにもかもが失敗する。九十九パーセント成功するという状態なら間違いなく一パーセントを引いて失敗する。期待していればする程失敗し、「成功するだろう」と油断していたら失敗する。とにかく失敗する。
ヒロシにとって運は敵だった。
だからこそ、なにをするにしてもヒロシは運という要素を可能な限り排除する努力を惜しまなかった。あらゆることを研究し、仮定を出し実験しその結果を元に新たな仮定を作り何度もトライアンドエラーを繰り返して「完全で確実」な結果を生み出すルートを見つけてきた。
なんせ百パーセント以外はすべて敵になるのだ。確実以外はすべて敵だ。
しかし、それはこの世界に来る前の話。
今のヒロシは「超幸運」の力によって運を味方につけている。なんせ運が絡めば高確率で勝利をもたらすのだから今までとは逆になるべく運の要素が絡むように動く方が良い。だからこそランダムジェムが手に入る「かもしれない」などという曖昧な要素を信じて動いているのだ。
以前のヒロシであれば「かもしれない」イコール敵である。
「超幸運」を手に入れたことでヒロシもヒロシなりに前向きになってきているのだ。
「すこし意識を切り替えよう。まずはオレってよく考えてみるとこのダンジョンに入ってから罠にかかったことないよな? 他の罠ってどうなってるのか調べてみよう」
「わふ~…………」
うわ、面倒なことになった。とばかりにユキが疲れたような声を出した。
すごく申し訳ない気分になるがヒロシとしては是非とも確認しておきたい。なんせ罠のリセット条件が判明すれば同じ罠に何度も苦しめられるという事態を回避できるし、ここ以外にも利用したい罠を見つけたときにも生かすことが出来る。
思いつきではあったがもたらされる利益は存外に大きいのだ。
さっそく同じ九階層の罠から確認していく。
罠の感知はユキの嗅覚とヒロシのゾーンを使えば容易だ。普段は回避しているものをわざと食らいにいくのは勇気がいるがユキのスピードとヒロシのショートジャンプがあれば罠が発動しても回避は問題ない。
見つけた端から全部罠を発動させ、場所とどんな罠だったかをメモしておく。
一通りメモが終わったら確認のためにダンジョンから出たり、階層を変えたりしてみるが同じく復活はしなかった。
九階層だけの仕様ということも考えられるので、八階層から順に入り口に戻るように全ての階層を調べていく。
恐ろしく手間のかかる作業となったが副産物として九階層までの全ての罠を網羅したマップが出来たのでいずれ販売することにしよう。
結局、一階層の入り口まで戻ってきたがどの罠も再発動することはなかった。
罠のリセットについては全て連動していると考えていいのだろう。検証項目が減ったのは助かるが、罠の利用を考える場合個別にリセットをかけられるほうが便利だったのでちょっとショックだ。
「う~ん、条件がよく分からないな。せっかく入り口まで戻ってきたし一回外に出て食事でもしてこようか」
「わふぅ!」
何気なく入り口から出たが、ここを通ったのは初回だけでその次からはずっと転移を使って移動していたので本当に久しぶりだ。入り口には今から大規模な遠征でも行なうつもりなのか上級者らしき探索者たちが大人数のパーティを組んでいた。
後ろの方には馬車らしきものも見えるのでかなり長期間潜るつもりなのだろう。
転移によってダンジョンの奥まで一瞬で移動できるヒロシには無縁だが、本来であればランク2……正確には十階層前後からは日帰りは不可能になってくる。そのためダンジョン内で一夜を過ごすための道具や技術が必要になってくる。
睡眠時間を確保するにはパーティが多ければ多いほど助かるだろうし、往復分の食料や薬などを持ち運ぶにもそれ専門の仲間がいた方が有利だろう。
そういった諸々を空間魔法という一手で補えるのだから最初にこのスキルを取得した自分を褒めてやりたいとヒロシは自画自賛する。
探索者たちを横目に見つつヒロシたちはダンジョンを離れて街の定食屋に向かう。
まだ昼時には少し早いせいか店の客はまばらだ。
店員に日替わりランチと、ユキ用に肉と野菜を頼み適当な席につく。タラントは探索者向けの定食屋は多いが従魔を連れて入れる店は少ないのでこの店は重宝している。
先にやってきた果実水をなめながらヒロシはぐでっとテーブルに突っ伏する。
「あぁ~……疲れたなぁ」
「わふ~」
「罠の発動条件は嫌になるくらい分かったけどリセットの条件が分からん。ダンジョンの出入りは何回もやってるのにリセットされないし階層を移動してもダメだし時間待ちってのが今のところ一番有力かな?」
「わふ~、わふわふ?」
「いや、さすがにクールタイムを調べるために何日も張り付くのは非効率だろ。今日調べて見つからなかったら一日の最後にリセットされてるかどうか見る程度かな」
「わふ~?」
「若干もったいない気もするけどあんまりこれに時間かけすぎるのもなぁ。少なくともジェムが二個も手に入ったんだし運が良かったってことで」
ヒロシは自分が口にした「運が良かった」という言葉に苦笑する。
今までの自分の人生で「運が良かった」なんて片手で数えるほどしかない。この世界に来てからはずいぶんとそういった思い出が増えたが、きっとこれからもどんどん増えていくのだろう。
今回にこだわらなくても次がある。
そう思えるのがこれほどまでに気分をよくさせてくれるのかとヒロシは自分に幸運を与えてくれた神に再度感謝した。――もちろん、幸運をもたらしてくれたユキにも。
「お待たせしました。日替わりランチと従魔ちゃん用のブッシュブルの焼肉と野菜の炒め物です」
テーブルにどかんと料理が置かれる。
ほかほかとうまそうな湯気を立て香辛料の香りが食欲を誘ってくる。
「考えるのは後にしてまずは飯でも食うか!」
「わふぅ~!」
本日のメニューはざく切り野菜のシチューにブッシュブルの厚切りステーキ。それにセットのパンとサラダがついてくる。ユキにはブッシュブルの焼肉と煮野菜をたっぷりと皿に盛り付けたスタミナセットだ。
タラントの街に来てもう一ヶ月近くになるが、この街に来て驚いたのは食事の水準が思った以上に高かったことだ。
さすがに日本ほど安定してはいないが新鮮な野菜や肉が毎日のように食べられるし、塩と香辛料に関してはかなり安価で手に入る。内陸部だからなのか魚は手に入らなかったが、肉が安定して手に入るということは大規模な牧場が近くにあるということなのかだろうか。
中世ヨーロッパ風のファンタジーというと食料事情が悪く、主人公の発想と力によってそれが改善されていき信用と巨万と富を築くというのが割りと定番だが、食事関係で現代知識チートを使うことはなかなかに難しそうだ。
ヒロシは一人暮らしをしていたので料理に関しては結構レパートリーを持っていただけにこの手のチートが使えないのははっきりいって惜しい。
しかし、その手のチートが使えないくらいに料理が美味しいというのはある意味助かっているので文句もなかった。
「すいません~。追加で串焼きください。あ、ユキも欲しいか? それじゃあ串焼き十人前お願いします~」
「は~い。ありがとうございます~」
今日は結構歩き回ったせいかいつもより腹が減っている。
日替わりのセットだけではちょっと足りぐるしいので追加を頼んでおくことにした。
たっぷりと香辛料を使ったこの店の串焼きは絶品でどこぞのえびせんばりに「やめられない、とまらない」美味さだ。
酒があればもっとよいのだがさすがにまだダンジョンに行くつもりなのでアルコールは控えておこう。ヒロシはそれほど酒に強いわけではないのでアルコールで思考力が鈍るのは今は避けたい。
「むぐ、そういえば……もぐもぐ。ダンジョンで飯を食ったときに……もぐ、あのバカたちが絡んできたときな? ごくん。飯のことで絡んできただろ? この世界の保存食とかってどんな感じなんだろうな?」
「わふ~。わふ」
「確かに塩漬けとか干し肉が多いんだろうな」
「わふわふっ」
「あぁ、それより水の確保の方が問題か。水も常温だと腐るもんな。もしかしたら水とか食べ物を保存しておくマジックアイテムとかあるのかもな。ユキの首輪だってサイズが自動で変わるアイテムなんだし」
「わふ~わふっわふ」
「そういうアイテムを作って売ったら儲かりそうだって? ジェムでスキルは好きに手に入るし数が揃うようなら考えてもいいかもな」
「わふ」
串焼きをほおばりながらあんなことやこんなこと出来たらいいなとユキと話し合う。
失念していたが現代知識チートの定番といえば料理よりも銃器だろう。この世界の鍛冶技術で銃は作ることができるんだろうか?
冶金技術が遅れていそうなので強度や加工に問題が出てきそうだが、そこらへんは魔法でなんとかなりそうな気もする。というよりも金属で弾丸を作らなくても魔法を直接発射する銃でもいいんじゃないだろうか?
いや、土の魔法を使えば簡単に出来そうな気もする。
夢が広がるなぁと思いつつヒロシは最後の串焼きを飲み込んだ。
「さて、休憩もしたしダンジョンに戻るか」
「わふ~」
お代を払ってダンジョンまで歩いて戻る。
いつもなら転移でびゅんと行くのだが、今日は入り口から歩いて出てきたので入るのも歩いて入り口から入ろうと思う。
出るときにいた探索者の集団はいなくなっていた。次に彼らが入り口を潜るのは何日後になるんだろうかと考えた。
ヒロシは空間魔法によっていつでも好きなタイミングでダンジョンから脱出することが出来るが彼らはそうじゃない。不意の事故によって怪我をしたり食料を失えば戻ることも出来ずに死ぬことだってありうる。
ふと、ヒロシの脳内にいつぞや出会った探索者の言葉を思い出した。
『世界を変えたいんだよ。俺たち探索者は』
大規模なパーティを組んで、ダンジョンの奥深くまで潜って、モンスターを狩って強くなってお金を稼いで彼らはなにを変えたいんだろうか?
(オレは気楽に生きられるならそれでいいんだけどな)
チートまがいの幸運を手に入れたことでよくも悪くも普通に生きるのはなかなかに難しい。さらに言えば自分と同じような異世界転移者がいるのかどうか、彼らが味方となるのか敵になるのかによってもヒロシの人生は大きく変貌する可能性がある。
そんなことが起きないのが一番いいと願っているがいかんせん世の中そううまくいくとは思えない。
運だけでどうにかなるとも思えないからだ。
ヒロシはふぅと肩をすくめて考えを振り払い、ダンジョンの中へと入っていく。
とりあえず一階層の罠がリセットされているかどうかの確認からだ。
どうせリセットはされていなんだろうけど。とヒロシは若干やさぐれた考えを持ちながら一番近い罠へと向かう。
一番近い罠は単純な落とし穴だ。穴の中に槍が突き立っていたり毒沼になっていたりなんてことはなく二階層へと落とされるだけのものだ。
それでも落下のダメージはあるし、落ちた先でモンスターが待ち構えていたら十分に危険だ。
「じゃあ、確認しますか」
「……わふ?」
あからさまに気軽な感じで罠を発動させるヒロシに対し、ユキはなにか感じるものでもあるのかいぶかしんだ態度を取る。
そんな相棒の様子に気付かずヒロシはなんの配慮もなく落とし穴を踏み……落下した。
「のわああああああああああああ!?」
「わふっ!?」
完全に油断していたためヒロシは真っ逆さまに落ちていく。
ショートジャンプを使えばいいと気づいたときには既に二階層の地面へと叩きつけられたあとだった。
ユキも慌てて穴に飛び込みヒロシの元へ向かう。
「いってえええええええええ! これ、かなり痛いぞ!」
「わふっ?」
「痛いけど怪我はないよ。いや、腰がかなり痛い。これすぐに歩くのは無理だぞ」
もし落下してすぐに戦闘となればまともに戦うのは無理だ。
痛すぎてうまく魔法を扱える気がしない。ゴブリン相手でも苦戦、下手すれば負けそうだ。
「落とし穴ってゲームと違ってかなりヤバいんだな。いい勉強になったわ」
「わふっ」
「え? あっ! そうか、罠がリセットされてるな」
ユキの言うように罠がリセットされている。
「最初に確認したの落とし穴でよかったな。これ毒矢の罠とかだったら最悪死んでたぞ……」
これも運が良かったというべきなのか?
前の自分だったら間違いなく死んでいただろう。いや、そもそも前の自分ならこんなこと調べようともしていなかったような気もする。
「というか、なんで罠がリセットされたんだろ? 別に特別なことなんてなにもしてないよな?」
「わふ~? わふっわふっ」
「お腹いっぱいだから? さすがにそれが条件ってことはない…………と思うけど異世界だしなぁ。そんな変な条件もあるかもしれない――って、んなわけねえよ。健康状態で罠の判別とか無理すぎるって」
「わふ~」
意見を却下されたのが悲しいのかユキの耳がぺたんと下がる。
「あっ、もしかして入り口から入ることが条件なのかもしれないな。ダンジョンの出入りはしてたけど転移を使ってたしな」
「わふっ、わふ」
「そうだな。さっそく試してみるか」
ヒロシは転移を使って入り口まで移動しダンジョンを出る。
出入りが条件だとすれば出るのにも入り口を通っておいた方がいいだろう。
ダンジョンから出るなりくるっと反転して再度ダンジョンに入る。ヒロシたちの奇妙な動きに回りの探索者が不思議そうな顔をしているが無視だ。
ダンジョンに入って即効で転移を使って落とし穴へ。すると――
「うおっ!? っと、やっぱり発動したぞ!」
「わふー!」
「条件確定だな! なるほど、ダンジョンの入り口がフラグになってたのか。どおりで分からないわけだ」
転移という便利なものに慣れすぎていてつい気付かなかったが、普通の探索者は入り口から出入りするのだからギルドで聞いた「ダンジョンの出入りでリセットされる」というのは真実だったわけだ。
ギルドの職員さんごめんなさい。こいつ役にたたねええなとか思っててすみません。
「これで思う存分ジェム稼ぎが出来るってことだな!」
「わふ~……」
「ユキは反対か? 危険なのは分かってるけどジェムが手に入れば今よりずっと強くなれる可能性がある。そっちの方が後々安全だと思うぞ」
「わふっ、わふ~」
「うん。頼りにしてるぞユキ。でも、次はユキなしで狩ってみようと思うんだよ」
「わふっ!?」
よほどショックだったのかユキの尻尾がぴーんと跳ね上がる。
「わふっわふっ、わふ!」
「大丈夫だって心配しすぎだ。危なくなったら転移で逃げるさ」
「わふ~、わふ」
「ならやらなくていいだろって? まあそのとおりなんだけど今後のことを考えていろいろとやっておきたいんだよ。もちろん最終的には効率重視でいきたいからユキにも手伝ってもらうだろうけどここらでオレの実力とかやれることとか再確認しておきたいんだよ」
「わふ……」
納得はできないがこっちの言うことにも一理あると判断したのだろう。
ユキは不承不承といった態で小さく頷いた。
ヒロシだって怪我や痛い思いはしたくないのでヤバそうならユキを頼るし、あまりに時間が掛かってしまうようなら遠慮なんてするつもりはない。
「昨日手に入れたジェムで新しいスキルも取っておいた方がいいかな。あれだけ大量の相手と戦うと今のオレじゃ絶対に息切れするしな……」
ディスプレイスとショートジャンプだけでもかなりの消費になるだろう。集団戦を考えるとゾーンも張りっぱなしにする必要がある。けん制にインパクトを使うかもしれないし魔力の消費は桁外れになるだろう。
間違いなくガス欠になる。
どんなスキルを取るべきか? ヒロシは腕を組んで考え始めた。
現在、少しモチベーションが下がっておりまして更新速度が落ちてます。
すいません( TДT)
感想や意見などいただけるとモチベーションが上がりますのでどしどし送って頂けると嬉しいです(チラチラ