プロローグ
この作品はテンプレなゲーム世界を模したファンタジーです。
ドロップアイテムやステータスといった要素が出てきますのでそういったものが嫌いな方はどうか「戻る」を押してください。
テンポと読みやすさを重視しています。
気軽に読める小説を目指していきますので、どうかお付き合い頂けましたら幸いです。
この世界でもっとも強い力はなんだろうか?
そう問われたなら、佐藤ヒロシは迷いなくこう答える。
「運だ!」と。
佐藤ヒロシ。二十五歳。独身。
一月七日生まれ、山羊座。血液型:AB型。
特徴:不幸
明日からゴールデンウィークになろうかという金曜の夜、若干蒸し暑い築二十年のボロアパートの自室で佐藤ヒロシは血走った目でスマートフォンを握り締めていた。
「出ろ! 次こそイベント限定ウルトラレア出ろ!」
神様仏様アラー様アーリマン様、なんでもいいからお願いします。
我に幸運を与えたまえ!
今、オレに幸運を与えてくれるなら地下鉄でテロ騒ぎを起こした宗教にだって入信してやる、と危険な思想を撒き散らしながらヒロシはブルブルと震える指で画面の「11連ガチャ」というボタンをタッチした。
華々しく壮大なアニメーションが流れ、次々と可愛らしいアクリル調のキャラクターたちが豪華声優陣の声で挨拶をしてくれる。
総勢十一名の新たな電子の友人たちの頭部には、彼らのレアリティーを示す二つの文字が輝いている。ほとんどの者が「SR」と刻まれ、唯一一体のみが「UR」の文字が刻まれている。
ピンクの髪をツインテールに縛ったその少女は舌たらずな声で、
『よろしくお願いします、ご主人様』
と愛嬌を振りまいている。
「ぐああああああああ!! クランか! お前じゃないんだ! 欲しいのはメリッサなんだよおおおおおおおおお!!!」
この世に神はいない! とばかりに崩れ落ちるヒロシ。
ガチ泣きである。
いい大人がゲームの結果一つでガチ泣きって……と、若い女性たちからドン引きされそうな醜態を晒す彼だが、彼がこのゲームのため――いや、今回のイベントのために今月の給料をほとんどぶち込んでいると知ればドン引き程度では済まないだろう。
「でも、まあいつものことだしいいか」
さっきまでのは演技か? と疑いたくなるほどにあっさりと態度を裏返す。
ショックだったのは確かだし、明日からしばらくはもやしとうどんだけの食卓になることも決定し涙が出そうになるが…………ぶっちゃけ不幸なのは慣れている。
正直、ガチャ運がないのは始めから分かっていた。
ヒロシの人生を振り返り、くじびきやビンゴ、ガチャ、ルーレット、パチンコ、スロット、その他もろもろ運の要素が絡むことでヒロシが幸運を掴んだことは一度も無い。
くじびきを引けば必ず小吉以下が出るし、ガチャは数百回回さないとまず欲しいのは出ないし、ギャンブルの類は一度も勝てた試しがない。
信号は狙ったように赤になり、バスには置いていかれ、傘を持っていない日を狙ってゲリラ豪雨が襲いかかり、中二病時代の黒歴史ノートが手違いで廃品回収に出されてご町内のさらし者にされたりとろくな目に遭っていない。
さっきのガチャだって大げさに反応してはみたが「当たれば儲け物」と思ってやったものなので実はそんなにショックを受けていなかったりする。
「ガチャコインは大量ゲットしたし今度の復刻イベントのときにでもコイン使って交換すりゃいいか」
あ~あと大きく息を吐きながら背伸びを一回。それだけでガチャのショックはどこかへ行ってしまう。
我ながら不幸慣れしすぎているなぁと思う。
しかし、ここまでドライにならなければ思春期あたりで発狂していただろう。
どれだけ努力をしようが、頑張ろうが、頭を捻って策を練ろうが、誠実に生きようが悪に生きようが、最終的には「運が悪かった」ですべてご破算にされる。
そんな理不尽とずっと一緒に生きてきた。
もうこの不幸は自分の人生だ。
覆せないならもう〝そういうものだ〟と割り切ってしまうしかない。
――もちろん、納得などしていが。
「やめやめ、この手の思考は暗くなるだけだ」
やれやれと首を振り、冷蔵庫から缶ビールを取り出そうとして――
「しまった。昨日飲みきったんだった。…………コンビニでも行くか」
――地味に不幸を味わう。
――いや、これはただのうっかりか?
サイフを尻のポケットの突っ込みスリッパを履いて家を出る。
もう日が変わろうとする時間帯からかヒロシの住むベッドタウンはもう夜の闇に包まれていた。街灯はぽつりぽつりと町を照らしているが、いかんせん数が少ない。
ご近所さんの話では市長が横領していて資金が足りなくなった結果、とのことだが真実はどうなのやら。
最寄のコンビニまでは歩いて十分。
大通りを抜けてまっすぐ行けばすぐに着く。
冷えたアスファルトの上をぺったりぺったりスリッパを鳴らしながら歩いていく。風は無く、湿度が高いのか空気がどこかねっちゃりしているような気がする。
明日からの連休に備えているのか今日は誰ともすれ違うこともなくコンビニにたどり着く。昨今、どこのコンビニも二十四時間営業が増えてきているがこの町のコンビニは深夜二時まで営業とえらく中途半端な営業時間だ。どうせなら朝までやれよと内心ツッコミを入れた回数は百を越える。
コンビニでお気に入りの缶ビールとおつまみ、あとはマンガ雑誌などを買い込みやる気のない店員の「ありがと~やっした~」の声を背中に受けながら自動ドアをくぐると、
そこは地獄だった。
まず、目の前から暴走したトラックがこっちに向かって突っ込んできているのが見えた。
次に、トラックを避けようとした車が電信柱に突っ込み折れた柱がこっちに倒れ込んできている。
さらにはちぎれた電線が道路標識をふっとばし超巨大回転ノコギリと化してトドメとばかりにこっち飛んできている。
(おう……今日はハードモードだなぁ…………)
ヒロシが死ぬまで五秒前☆
な状況であるにも関わらず、ヒロシの頭はひどく冷静だった。
ヒロシの不幸は伊達ではない。まったくもって自慢にならないがトラックに轢かれそうになったことなど過去に二桁以上ある。電信柱が折れたりするのももはや日常と言っていいだろう。
しかし、さすがのヒロシも三つ同時は初めての経験だ。
トラック回避には自信のあるヒロシもさすがに今回は死んだか? と諦めの境地に入りつつとりあえず生きるための努力はしてみる。
ひとまずコンビニ内に逃げ込もうとしたが、なぜか自動ドアが開いてくれない。
安易な逃げ場などくれてやるものか! という不幸様の固い意思が見える。なるほど自力で生き延びろということですね分かります。
ヒロシは内心であらゆる神に罵倒を放ちながら、自分に襲い掛かる脅威を冷静に分析する。
まず、最初に襲い掛かってくるのは標識だ。あれの回避を優先しなくてはいけない。角度を計算するにヒロシのやや右側に向かって飛んできている。ここは左へ回避だ。
しかしそうなると回避した場所に向かって狙ったようにトラックを突っ込んできている。全力ダッシュ&ヘッドスライディングを行えばギリ回避は可能だろう。
だがそうなると、ヘッドスライディングの着地地点に電信柱が倒れ込んでくるだろう。これは必然の未来だ。自分の不幸には自信がある。
これを回避する術はない。
――あ、これ詰んでるわ。
冷静に判断した結果、自分の人生の終わりを悟ったヒロシは「死んだら絶対に化けて周囲の人間を呪いまくってやる」と固く誓う。
空とぶギロチンと化した標識を見つめながらろくな人生じゃなかったなぁとため息をついたそのときだった。
――まるでカメラのシャッターを切ったように世界が灰色に染まって停止した。
標識は空中で停止し、トラックは傾いたまま停止、電信柱も斜めに傾いたまま停止している。その異様な光景に度肝を抜かれていると、すっとなにもない空間からにじみ出るように一人の男が姿を現した。
七三わけのぴっちりとした髪型に、黒縁の大きな眼鏡。三つ揃えのスーツとテンプレなサラリーマンスタイルで現れた彼は、実に朗らかな笑顔を浮かべてこう言った。
「どうもはじめまして、佐藤ヒロシさん。わたくし日本を管理しております神でございます」
深々と頭を下げる自称神。
この珍妙すぎる出会いがヒロシの運命を大きく捻じ曲げることになると知るのはすぐのことである。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
次回更新は三日以内を予定しています。
なるべく一週間以上空けないよう努力します。