この恨み、死んでも忘れずにいるものか。
「私達、愛しあっているの!
自分の気持ちになんて嘘をつけないわ!」
「たとえ、世界を敵にまわしても必ずお守りします!」
それはそれはよくある話。
政略結婚をすることになっていたお姫様は自分の騎士との愛の逃避行を選びました。
なんだかんだあっても二人は互いを愛し、慎ましやかに暮らしました。めでたしめでたし。
残された人々の事など思いもせずに。
姫様の侍女達は止められなかった責任をとらされ、城から身一つで追い出されました。
高貴な方の身の回りを世話するものも貴き血のもの。
あるものは薬を盛られ、あるものは騎士に当て身を食らわされ、あるものは閉じ込められ、そんな状態でなにもできないようにされた上でも大事な姫様を失った失態をとらされたのです。
ああ、なんたる悲劇。
哀れ、元貴族令嬢達は生きるすべもなく、あるものは娼婦となり、あるものは病に倒れ、あるものは人買いに捕まり、苦渋のうちに死んでいきました。
姫様達は言います。
自分達の為に犠牲になった者達の分まで幸せになろうと。
果たして、犠牲になった者達はそれを聞いて何を思ったのでしょうか。
★★★★★
「あいつらくるしんでのたれうちまわりしねばいいとおもう。」
物心ついたとき、自分があのクズ達の子だと分かって虫酸が走った。
私は城を追い出されたとき、重度の風邪をひいていた。
姫の脱出劇の時は医務室で生死の境をさ迷っていたが、姫付きだったということで容赦なく追い出され、その晩死んだ。
しかしながら、生まれ変わったらしい。
2つの時にその事実が理解でき、私は喋ることも笑うこともしなくなった。
いや、できなかった。
二人を罵ろうとしても全く声が出ない。
笑える事なんて何一つなかったし。
あのクズ達は自分達の子どもには興味がない。
常に二人の世界だ。
時折、思い出したように私を構うが、あれは子どもを可愛がる互いにうっとりしているだけだった。
騎士は「貧しい暮らしでも貴女さえいればいい」と言う。
姫は「共にいられる幸せさえあればなにもいらない」と言う。
しかしながら、それは王族として、貴族として暮らしてきた彼らからすると貧しい暮らし。
彼らはなにもしない。
人を使った上での、偽の慎ましやかな、貧しい暮らし。
それも終焉を迎える。
私にとっての。
あるとき密告がなされ国からの追手が来た。
二人は互いの手を取り、私を残して去っていった。
「ここに隠れていれば無事にいられるから。」
「ここにいればあなただけでも助かるわ。」
家の事を何一つしなかった二人はその場が知られているとも知らず、私を残していった。
…いや、閉じ込めていった。
二回目の生でも私は彼らのせいで無自覚に命を奪われる事となる。
私は、城に連れていかれた。
そこには姫のかつての政略結婚相手で王になった男と、婚約者と心を通わせつつも姉のせいで別れて男に嫁いだ妹姫がいた。
彼らは言った。
「恨むなら両親を恨め。」そう言って剣をもった。
豪華な謁見の間で幼子の処刑が始まろうとしていた。
私は言った。
「あいつらくるしんでのたれうちまわってしねばいいとおもう。」
更に言った。
「あんたらのこともうらむ。おぼえとけ。ゆるさない。」
こうして、私の第二の人生はポーンブシャーという軽々とした音と共に終わりを告げたのだった。
★★★★★★
「平和ね。」
「便利だよね。」
「ある意味姫生活だわぁ~」
「身分差無いって最高だね。」
「美味しい御菓子がたくさん食べられるし!」
「でき悪くても追い出されないし~」
とある女子高で少女達がきゃっきゃと笑い合いながら昼食をとっていた。
真面目系、ギャル系、スポーツ系、お嬢系、おたく入ったモブ系、癒し系と一見するとあまり接点がない面々ではあるものの大の仲よし6人組である。
そして、元姫付き侍女達でもあった。
ちなみにおたく入ったモブ系が私。
はいはい、三度目の人生です。
そして私の形ばかりの両親は騎士と姫の生まれ変わりです。
ウケる~。今世でも最低な親っぷりでしたよ。ええ。
ちなみに叔母さんはあの妹姫。
産まれた私を見て前世を思い出し、この子はかつて自分が殺めた姉の子だと気付いたそうな。
私は知らなかったことだけど(死んでたし)、
あの後国王夫妻に姫が産まれたんだけど私そっくりで嫌悪と恐ろしさから冷遇したあげく、仲の悪かった国に生け贄よろしく嫁がせたら愛されちゃって、国で反乱が起こっているうちにその国に滅ぼされちゃったそうな。ちなみに姫と騎士はその反乱中死んだんだって。ざまぁみろだね。
妹姫は旦那の国王共々王族にありがちな公開処刑をされて転生したそうで。
当時二十歳だった叔母さんは、自分の一生をかけて私に償おうと思ったそうだ。
姉夫婦はお花畑で、互いに夢中になると私の存在を丸っと忘れてしまう。なるべく気にかけたり、休みの日にはあずかったりしていてくれたそうだが、とうとう事件が起きる。
クリスマスイブの夜…
両親は熱を出した私に市販薬を飲ませただけで置いていき、予約していたディナーに行ったあげく、盛り上がりホテルで一夜を明かしルンルン気分で帰ってきたら瀕死の子どもが待っていましたとさ☆という事が起こった。
緊急搬送されたあげくネグレクト診断が下り、叔母が引き取る事で両親とはお別れした。
叔母が23歳、私が3歳の時。
転生三度目の私は1歳位で記憶が甦ったので子どもらしくない子どもだった。
叔母はそんな私の世話を焼き、償いだけでない愛情を注いでくれた。
小学生になったとき、私は思った。
今度は私が力になろうと。
前世では守られ、傅かれて生きるのが当然だった妹姫。しかし、ここは現代。
女だから守られるわけではない。
私が産まれるずっと前に他界した祖父母の家を守り、仕事をし、生んでもいない愛想の良くない姪っ子を引き取り育てる叔母は二十代だというのに老け込んで、疲れた顔で毎日仕事に出かけて行く。
それでも私には笑顔と優しさを持ってくれた。
『二人で生きていこうね』
『あなたが元気に育ってくれるのが私の幸せよ』
叔母はそう言って笑う。
私は、叔母にも幸せをつかんでほしかった。
思えば妹姫も寂しいお方だった。想いを通わせた方を奪われ、国のために夫を迎え子を作り、憎しみにとらわれる日々。最後は処刑。かなり酷い。
私が小学生になったことで仕事が忙しく帰りが遅い叔母に代わりお迎えに来てくれた隣のおばあさんと学童保育から帰ってきた私は家事を少しずつ覚えてやり始めた。
現代って便利だよね、炊飯器や電子レンジがあれば色々なものが作れるもの。
はじめて作った夕食はごはんと、手でちぎったレタスのサラダ、モヤシの上にツナ缶を乗せ電子レンジでチンしたもの、インスタント味噌汁。
家の冷蔵庫事情と包丁とコンロを使わず私でもできるメニューがそれだった。
叔母を出迎えてご飯を出すとわんわん泣かれてビックリした。
誰かにご飯を作ってもらうなど高校生の頃以来だと。私にとっての祖父母が亡くなったのは叔母が高3の春。
そこそこの女子大からきれいな顔を見込まれ就職した社会人1年目の母は家事をすべて押し付けた。
面倒くさいことは叔母に楽しいことや表に出て誉められることは自分が…叔母は進学を諦め、就職した。
母はそこそこのいいとこ坊っちゃんの父と結ばれ家を出ていった。ちなみに父はでき損ないと見放されていたので私のことを引き取ろうともしませんでした。むしろ近づくな、名乗るな、との誓約書を叔母に要求した鬼畜達です。
私は言った。
「幸せになってほしい。」
そこで全てを話したのだ。前世の事。
驚いたのは叔母も記憶持ちだった事。
二人でわんわん泣いて、幸せになろうと二人で誓った。
それから私は家事を手伝い始め、働く叔母を徹底的にサポートし学業にも励む日々。
叔母は磨けば光る人だ。どんどん綺麗に生き生きしてくる叔母が私は誇らしかった。
私が五年生の時、叔母は結婚した。相手は前世での妹姫の本当の想い人。しかし彼に記憶はない。
でも彼だと分かる。これは後の親友たちにあったときも同じだったけど。
彼は素晴らしい人だった。私の事も本当の娘のように可愛がってくれた。二人に子どもが産まれたとき、私は初めておとうさん、おかあさんと呼んでみた。私なりのけじめだった。
きっかけが無くて呼べなかったけど、従妹…いや妹が生まれたことをきっかけに本当の家族になりたいと思ったのだ。二人は号泣して後が大変だったけど…
生まれた子はなんと、かつての妹姫の子で親と国を滅ぼした姫。
幸いなことに前世は覚えていなかった。
両親と私に愛され囲まれ、すくすくのびのび育ってますよ。
「紗菜は今日空いてる?
皆でカラオケ行こうって前いってたでしょ?今日はお迎えない日だよね?」
カエラちゃんが尋ねてくる。
保育園児の妹の迎えも時々する私は放課後遊べないことも多い。今日はおかあさんが早く帰れる日なので迎えや夕飯作りはしなくてもいいのだ。
「うんあいてるよ!
あ、でも本屋によっていい?新刊出るんだ今日。」
「まったく、さなっちはオタクなんだから。」
「深夜アニメにはまったあげく劇場版に行きたくて私に土下座して付いていってほしいって言った恵ちゃんに言われたくないな。」
アニメや漫画、小説が私は大好きだ。
前世には無い娯楽。悲劇も喜劇も、恋愛も冒険も遠い世界の事として楽しみ、時に涙し、勇気を貰えるなんて、とても素敵なこと。
こうやって幸せに笑っていられるありがたさを前世を知らなければ分からなかったかもしれない。
生を重ねるごとに引きずった憎しみは溶けて来ている。記憶のあるなしは憎しみの強さだったのかもしれない。
今でも姉姫と騎士は許せない。元両親もしかり。
けれどもそれ以外はもう許せるのだ。
まだ出会ってはいないけど、あの姉姫の元婚約者で妹姫の夫となったかつての私を手にかけた人は今頃どうしているだろうと、時々思う。
私のように一人でも許せたのか、それとも憎しみに罪悪に苛まれ苦しんでいるのか…
遠い空に祈る。
だからどうか彼にも幸せが降り立つようにと。
私達が許せたように、今を生きれるようにと。
この時その数年後、その彼と出会い結婚するとは思いもしないのだった。
運命の赤い糸じゃなくどろどろの恨みの糸が結んだ運命は静かに解れ、別な色を持ち私達を結ぶ絆になったのだった。
元両親は本人達にとっては幸せに暮らします。たくさんの恨みを持たれながら。
いつか破綻するその日まで。