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【習作】焼き肉ラプソディー

作者: 高平しま

【習作】先輩と後輩の日常会話(http://ncode.syosetu.com/n3972cb/)と同一の登場人物を扱っています。

 眼前の火の手は円を描き、覆いかぶさっている金網を絶えず舐め続ける。

 すっかり熱せられた金網。それを見下ろす三人の男女。誰かが唾を飲み下す音がやたらと響いた。

「もういいと思います?」

 女性が金網に視線を落としたまま、男性二人に問いかける。

「雛菊ちゃん的にはどう?」

 男性が問い返す。雛菊、と呼ばれた、二十代前半くらいと思しき若い女性は人差し指を顎に当てながら、もう大丈夫だと思います、と頷きながら答えた。左右対称に結われた、綿菓子のようなツインテールが揺れる。

「飛鳥さんはどうですか?」

「俺ももういいと思うんだけど」

 飛鳥、と呼ばれた男性が言う。切れ長の瞳に端正な顔立ち。その上、茶色い髪に青いワイシャツ、ストライプの模様が入ったグレイのスーツという出で立ちの彼を見た人は、大半が彼のことをホストだと思うだろう。

「悟さん、もういいでしょー? あたしもうお腹減ったよ」

「……いいだろう。行け、お前たち」

 悟、と雛菊に呼ばれた男性の返事を聞くなり、雛菊と飛鳥は大皿に盛られている生肉を鉄製のトングで次々に捕獲し、金網の上に並べていく。

「あっ、バカ! そんな一気に焼くなよ! 食べられる分だけ少しずつ焼かないと焦げるだろ!?」

「そんなちまちま焼いてらんないって! それに、この量ならすぐたいらげちゃいますよ! 雛菊ちゃんだってそうだよな?」

「当っ然! ほら、悟さん、早く食べないとあたしと飛鳥さんで全部食べちゃいますよ!?」

「んなことさせるか!」

 話しているうちにすっかり焼かれた肉を、店員に言われた通りに十分熱した金網の上から、箸で何枚も攫っていく悟。雛菊と飛鳥も慌てて肉を確保し、自分の付けタレ皿に載せていく。

 他のテーブルの客から向けられる、不審と憐憫の視線を気にすることなく、三人は猛烈な速さで肉を焼き、次々に自らの胃袋に収めてゆく。金網に肉を乗せ、焼き加減を見極め、他の誰よりも先に最高の食べ頃となった肉を食そうとする彼らが肉に向ける視線は、ハンターのそれと同じだ。

「そういえば、正直さんはまだ来ないんですか?」

 店員に肉5皿の追加注文を終えたところで雛菊が言う。

「いや、あいつも来るはずなんだけど……まだ連絡ないな」

 ジョッキに残っていた生ビールを飲み干し、悟が答える。ワイシャツの胸ポケットからスマートフォンを取り出し、起動して画面を確認してみるが、水着姿のグラビアアイドルがこちらに向かって手を振っているだけで、着信やメールの通知は来ていない。

 日頃の労を労おうと思って、と彼らの上司が企画した、焼き肉食べ放題(飲み放題付プラン)には、仕事の都合で参加できない上司を除いた4名で参加する予定だった。

 しかし、現在席にいるのは、悟、雛菊、飛鳥の3人だけで、もう一人の参加者、桜井 正直の姿はまだない。

「どうしたんすかね? 急用でもできたとか?」

 運ばれてきた皿の上に載せられている大量の肉を、金網に流し込むようにして並べながら飛鳥が小首を傾げる。

「どうだかなぁ。あいつ、肉が大好物だから、どんな用事よりこっちを優先すると思うけど」

「早くしないとお肉なくなっちゃいますよって伝えて下さいよ、悟さん」

 雛菊が肉を返しながら言う。

「何で俺が……」

「だって、正直さんとよくコンビ組むの悟さんだし。こういうのは大人数でわいわいやる方が楽しいんですから!」

 ほら、早く電話する! と雛菊に急かされ、悟はしぶしぶスマートフォンを手にし、アドレス帳から正直の名前を探す。

「まだですかぁ?」

「待ってよ、今さ行に…あ、いたいた」

「履歴になかったのかよ」

 飛鳥が呆れの色が滲む声色で呟きながら悟のスマートフォンの画面を覗き込む。

「ほら、その電話番号の部分……そう、そこをタップしてから、あっ、違うって、その受話器のマークをタップ! いい加減、電話の操作くらいちゃちゃっとできるようになって下さいよ」

「うるせぇなぁ」

 唇を尖らせながら飛鳥に悪態をつきつつ、悟は電話をかけ始めたスマートフォンを耳元にあてる。

 雛菊や飛鳥が食べ頃になった焼肉を次々に自分の皿に載せるをの箸で妨害しながらしばらく待っていると、

「……何ですか」

 不機嫌極まりない声が聞こえてきた。

「何ですか、じゃねぇだろー。今日焼肉だってこと、忘れてたのか? なかなか来ないから、俺が直々に心配の電話なんぞを掛けてやってるってのに」

 苛立ちを欠片も隠さぬ口調で悟が応じる。

「……ああ、あれ、今日でしたっけ」

「お前、本当に忘れてたのかよ?」

「誰かと違っていつも忙しいもので。僕も人間ですから、忘れることくらいあります」

「本当にお前って人を怒らすの得意だよな」

「僕はどうしてあなたが怒るのか、いつも不思議でたまりません。事実を述べているだけなんですけど」

 正直の言葉を聞いた悟は、スマートフォンを口元に寄せ、

「お前みたいなひねくれ野郎は楽しい焼き肉に来なくてよし!!」

 と怒鳴り散らし、一方的に通話を切った。

「ちょっとー! 勝手に決めないで下さいよ!」

 雛菊が箸で悟を指しながら、焼き肉緒タレで濡れた唇から抗議の声をあげる。「そうだそうだー!」と飛鳥が雛菊を援護するが、悟は大人げなく、分かりやすくそっぽを向いた。

「いいの! あんなのが今来ても楽しくないから」




「……ふふっ」

 思わず零れた小さな苦笑は、汚れたコンクリートの上に落ちて消えた。

 最後にした会話がこんな下らない会話になるだろう自分のことを思ったら、笑ってしまわずには居られなかった。

 携帯電話さえもバーベルのように重たく感じられ、右手と一緒に地面に落とした。赤く濡れた携帯電話の画面にヒビが入るが、構わなかった。どうせ使用者はじきにいなくなるのだから。

 不注意だった。もっと周囲を警戒しながら尾行すべきだった。

 後悔しても仕方ないことは分かっていたが、その代償として、腹に穴を開けられることになるとは、さすがの正直も予想していなかった。

 左手で押さえている銃創からは、今も血液が吹き零れている。失血量からして、あと数十分で自分は死ぬだろう、と正直は冷静に考えていた。目的を果たせぬままにこの世から消えるのは悔しかったが、こうして野垂れ死ぬのも自分らしい。

 自分の死は警察上層部の手により秘密裏に処理され、人知れずどこかの墓地に埋葬されるだろう。それとも、どこかの海に適当に散骨されるかもしれない。自分はそういう仕打ちを受ける仕事をしている。

 視界が霞む。

 思考回路が徐々に停止していく。

 息ができない。

「……焼き肉、食べたかったな」

 朧げな意識の中、呟く。

「食いたかったら生きろ。奢ってやっから」

 突如として人影が眼前に現れる。そして、有無を言わせずに正直の身体を担ぎ上げた。零れた血液が人影の着ているワイシャツを汚す。

「ど……して……?」

「GPSで常に相手がどこにいるか分かるようにしてんだろ。だから、俺がいつもあちこちの女の家にいるのに、お前が仕事だって邪魔しに来てんじゃねーか」

 人影―――一ノ宮 悟は答えるついでに文句を言う。

「じゃなくて……」

「お前が焼き肉に来ないなんてありえねーからな。にしてもひでぇな」

 悟は正直の傷を確認し、顔を顰める。

「俺の知り合いの医者が近くにいるから、そいつんとこに連れてくけど」

「……けど……何……?」

「間に合わなかったらごめんな☆」

「……あなたの全財産分……焼き肉食って、やる……」

続きは書くかもしれないし、書かないかもしれないです。

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