戦いはメンタルが左右する。
浴槽には、昨日の残り湯が放置されていた。
そこに一瞬の迷いもなく、煙りを上げる頭を突っ込む。
水しぶきを飛び散らせ、ジュッ!と音を立てて煙りは消え失せた。
コングはしばらくして頭をもたげ、長いため息をついた。
『危ねぇ…あと、一歩だった…』
一歩も二歩もない。十分に火だるまである。
その時、ひらめいた! 問答無用の究極の作戦である。
眼の前に浴槽がある。そいつには今、水が張ってある。
これを使わない手はない。
『俺を火あぶりにしやがって!』
コングは思い切り息を吸い込み、再び頭を浴槽の中に突っ込んでいた!
『……思い知れ!……お前の負けだ!!』
コングの攻撃は、火攻めから水攻めに切り替えられた。
浴槽の縁を、万力のような両方の手が握りしめている。
『…俺をナメるな…もう、遅い…』
コングは頭を浴槽に突っ込んだまま、ピクリとも動かない。
ハエもまた、気配を消している。
静まり返った風呂場に、時間だけが過ぎていった。
『…どうだ、苦しいか?…』
……………。
『…苦しいだろう?…』
……………。
『…そろそろ苦しいだろう?…』
……………。
『…本当は苦しいだろう?…』
……………。
『…正直に言え。苦しいはずだ…』
……………。
『…お前、無理してねぇか?…』
……………。
『…おとなしく出て来た方がいいぞ…』
……………。
『……そろそろ、やめた方がいいと思う…』
……………。
『…頑張っても、偉くないぞ…』
浴槽を握りしめるコングの手がそわそわしていた。
『…なあ、』
その時、耳の中が爆発した!
ハエがその羽根を猛烈に振りたくった。
コングは反射的に悲鳴を上げた。
頭は風呂水の中である。
火攻めでは、ハエにかなわない。
逆に、まるこげにされるところであった。
そして、水攻めも敗北に終わった。
風呂で逆立ちのまま、絶命するところであった。
もし、他人に発見されたとしたら、きっとこう思うだろう…。
ウォーターボーイズに失敗したのだと…。




