静かなる戦い
人は驚くと、飛び上がることがあるそうだ。
しかし、どれだけ飛び上がるのかを知る者は少ない。
お答えしよう♪
最大44センチである。
意外に少ないと思われるかも知れないが、間違いはない。確実なデータがある。
天井にめり込んだコングの頭を計ればすぐに判る。
「やめろっ!!」
コングは耳をかきむしりながら、部屋を走り回った。
だが、不意にハエの羽音が止んだ。
反射的にコングも息を潜めた。そして意識を耳の中に集中し、ハエの様子をうかがった。
ゴソゴソと小さく動きはするが、羽根をぷるぷるとはしない。
とりあえず、ハエはおとなしくしている。
コングがあまりに暴れるで、警戒しているのか?
もしくは、つぎの決定打のためのインターバルということもある。
ひょっとしたらスヤスヤ眠りについたのかも知れない。
ハエにはハエの都合がある。
『よし、よし、静かにしてろよ』
コングの右腕に、カセットコンロが握られていた。鍋料理なんかで使う小型のコンロだ。
そして、押し入れのガラクタをほじくり出し、代わりに自分が入り込んだ。
汗だくの身体を無理やりに押し入れに詰め込んでいた。
つぎに、ガタゴトと内側からフスマを閉じ、姿勢を整えた。
真夏である。場所もなんだか変かも知れない。さすがに鍋料理ではない。
押し入れの中は暗い。
あちこちに空いた穴から光が入り込んでいるおかげで、暗闇とまではいかないがそれなりに暗い。
コングは身をよじりながら、毛布を頭からかぶった。
『フッ、フッ、フッ。気の毒だが、お前の命はもらう』
コンロが点火され、水平を保ちながら耳元に近づけられていた。
『飛んで火に入る夏の虫作戦だ。ざまぁ見ろ!』
コングは毛布の中で息を殺した。そして、その時を待つことにしていた。持久戦である。
……………。
『……………。』
………………。
『……早く出て来い!』
………………。
『……まだか?…』
………………。
『……なんか、暑いな………ほら、出ろ!』
……………。
『……もう、いいだろう……いい加減、暑いぞ……』
……。
………………。
『……何してるんだ?…寝てんのか?………。』
………………。
『……なんとか言え!』
………………。
『…おい!コラッ!聞いてんのか!』
『…………………お前だよ、お前!』
………………。
『……クソッ!返事ぐらいしろ!』
………………。
『バカヤロー暑いぞ!さっさと出てこい!』
真夏である。それも押し入れの中で、頭から毛布までかぶっているのだ。
しかも、とどめのコンロだ。暑くない方がどうかしている。
カサッ〃
『おっ?…来たか?…』
カサカサッ〃
『…いいぞ…』
カサコソッ〃
……………。
『……おいっ!どうした?……』
…………ZZZ。
『…寝るな!起きろ!…』
………………。
『ふざけんな!のんきに寝てる場合か!』
カサッ〃
『やれば出来るじゃねぇか…その調子で出てこい!…』
カサカサッ〃
『よし!!そのままいけ!』
クルリッ〃
『バカ!戻るな!そっちは行き止まりだ!なんで引き返すんだ!』
……………。
『いいか、じっとしてろよ…それ以上、奥に行くな……出る気も無いのに、うろうろすんな…』
……………。
『解ってくれればそれでいい…お前、意外にいい奴だな…………?』
『んな訳あるか!さっさと出やがれ!』
いくら待っても、ハエが耳から出てくる気配はない。
『…なんか、眼がしみる…それにさっきから妙に臭いぞ…』
暑いのは判る。
しかし、臭い理由は真剣に探した方がきっと長生き出来る。
怪しい状況を野放しにしてはいけない。
『…?…』
「アヂーッ〃」
頭が燃えていた。
コングは自分で髪の毛を燃やしていた。
あわてて毛布を払いのけ、押し入れを突き破った。
頭からもくもくと煙りが立ち上っている。
風呂場にダッシュで駆け込んでいた。その姿は、二本足の蒸気機関車である。
お久しぶりです。また、再開しますね♪




