やはり、そう来たか…。
ハエはいつの間にか姿を消していた。ついさっきまで戦っていた。少なくとも、コングにはそう思える。
だが、ふと気づくと部屋から奴の羽音が消えていた。
辺りは、静けさを取り戻している。
窓際に、羽根の折れた扇風機が横たわっていた。モーターの小さな唸りだけで、動きはしていない。
始まりは、ハエを追い払うことにあった。
平和な眠りを続けるためには、奴は邪魔者でしかなかったのだ。
ただ、そんな不快感を遠ざけるつもりで手を泳がせた。
だが、それは不発に終わった。
一瞬のうちに、目的は追い払うことから殺意へとすり替わっていた。
行動がそれを後追いした。
仕止めること、葬り去ること、それが当たり前のゴールになっている。
今のコングにとって、ハエがいなくなるのは、都合の悪いことになっていた。
遠ざけたい相手が見えなくなり、今は探していた。
『逃げやがったか?』
コングはゆっくりとその場に腰を降ろした。
岩のように盛り上がった分厚い胸があった。大きく上下していた。
希望は実現する。
必ず現実となる。
問題は、本人が望みが叶っていることに気が付くかどうかである。
コングはハエを探した。眼の前にいない相手を探していたのだ。
つまり、ハエと会うことを心の中で望んだ。自分でも知らないうちに求めている。
コングの望みは、ハエとの再会である。
喜んで欲しい。
願いは見事、実現した!
ハエはコングの頭にしがみついていたのだ。
ホコリの舞い上がるのがたまらなかったのである。
眼ん玉にホコリが付くと、前がよく見えない。
前脚でゴシゴシしなければいけない。
だから、コングのむじゃむじゃの頭に潜り込んでいたのである。
だが、そのやっかいなホコリは次第に収まってきていた。
ハエがひょっこりと、メデューサから顔を出した。
まだ少しばかりホコリっぽい。
その時、ハエはとんでもないモノを発見した!
洞穴である。
なんだか見てるだけで幸せになれそうな【穴】である。
通常、人間界ではそれを【耳の穴】と呼んでいる。
念のために、辞書で調べてみると、けっこう多機能なことが解る。
1)音を聞くための身体の一部。
2)メガネを支える便利な留め具。
3)時々、赤く色を変えて恋愛相手をバラシたりするお節介な肉。
4)悪ガキや、浮気した亭主を引きずり回すためのハンドル。
今、ハエが見ている耳には看板がない。
<本人の許可無く、勝手に使用しないでください。>
『そんな看板があったらいいな』と考える者はいない。
しかし、そんな看板がどうしても欲しい瞬間がある。
ハエの行動が推理できている方、それは正解です。
ハエは、前脚をゴニョゴニョとすり合わせていた。
つぎに、後ろ脚もゴニョゴニョとすり合わせた。
準備運動だ。
軽くジャンプして耳の穴に入った!




