目撃者は消えた! 奴はどこだ!
「お爺さん。なんか叫んどるよ」
お婆さんは食器を片付けながら言った。
家主は湯飲みを片手に動きを止めていた。無言で天井を見上げ、小さくため息をついた。
口元がかすかに緩んでいた。
部屋は、舞い上がる石膏ボードの白い粉で視界のほとんどが奪われていた。
それが、汗だくのコングの全身に張り付いている。浅黒い身体に奇妙なまだら模様を浮かび上がらせていた。
天井を見上げていたせいで、ゴツゴツの顔は雛人形よりも白い。
眼だけが異様に浮き出ている。
さすがのコングも咳き込んだ。そして、踏みつけていたぬいぐるみで口を押さえた。
コアラのぬいぐるみだった。
頼みもしないのに置いていった友人のみやげである。
ガチャ!
その時、部屋のドアが開かれた。
様子を確かめるために、下のお婆さんが訪ねて来たのだ。
固まっていた。お婆さんはドアの向こうで石になった。
状況を説明しよう。
お婆さんは二階から叫び声を聞いた。
脚が弱いが、心配が勝った。
だから確かめに来た。
ドアを開けた。
白い煙りかなんかが立ち込めていた。
裸の男が全身白く塗りたくっていた。
声を掛けようとしたら眼が合った。
犬を喰っていた。
しかし、ここはジャングルではない。怪しい儀式はいらない。
お婆さんは次の行動にでた。
「ギェ〜ッ」
お婆さんも叫ぶことにした。
もうひとつの行動は速かった。
ダッシュで逃げた。脚は絶対に弱くなかった。彼女もまた、アスリートであった。
『大家のばあさんか? マズイとこ見られたなぁ』
お婆さんの顔を見て、コングはいくらか冷静さを取り戻していた。
彼が気にしたのは、破壊された部屋の有り様である。
自分のことだとは考えてもいない。もう少し、冷静になる必要があるかも知れない。
だが、部屋の状況は最悪であった。まるでショベルカーか何かの重機で襲われた後のようである。
確かにボロアパートではある。
いつ壊れてもおかしくはない。
だからといって勝手に壊していい訳はない。
ハエ一匹を葬るためにアパート一棟をガラクタに変えてはいけない。
その時、コングは気がついた。とても大切なことだ。
『ハエの奴どこいきやがった?』
書いている自分は笑えるけど、皆さんはいかがですか?




