お節介な大男
ふいに、ニコがその動きを停めていた。
ペットボトルが万力の様な手に握り潰され、原型を失っていた。
ニコの顎から【ミズ】が水滴となって床に落ちる。
爬虫類の眼が、スッと元の温和な瞳に戻っていた。
そしてコングの肩口に金属パイプがあった。そこに今までの殺気は無い。自らの重みのまま、ただ力無く預けられている。
明暗を分けた一撃が、肩で静止していた。
その金属パイプが床に落ち、ガラガラと音をたてて転げる。そして続けて、
ドサッ!
ニコがその場に崩れ落ちていた。
コングが突き出した腕を引き戻し、ペットボトルに残った【ミズ】を耳元に注ぐ。
「ガキ共!ありがとよ」
コングが見上げる先にステンドグラスの窓があった。
美しい彩飾を透かして光がシルエットを浮かび上がらせている。そこにチルチルとミチルが仲良く並ぶ姿であった。
「いいよーっ」
起死回生のペットボトルは、意思を持ってコングに触れていた。その意思はチルチルとミチルの意思であった。
……悪運の強い男だな。
エルが祭壇上部から見下ろしていた。教会シンボルの聖杯に背を預け、腕を組んで冷たく笑っいた。
それが表情に現れている訳ではない。しかし、コングにはそう感じるものがあった。
ニコに飛び込む時、コングはとっさに首を右側に振っていた。もし、逆に振っていれば、ここに立ってはいない。
エルの言葉は、ある意味、的を得ていた。
『悪党に誉められるとは光栄だね』
……そうか、ではその悪運が残っているかどうか試してみるか?
『その言葉、本気じゃないな』
……なぜ、そう思う?
『解ったんだよ、お前さんの狙いが』
……どういう意味だ?
『本気なら、真っ先にあのガキ共を襲う。黙って俺とニコのバトルなんか眺めちゃいないだろ』
……それで?
『ガキ共よりも、ニコとのバトルの方が大事だった。狙いはそこにあったが、残念ながら失敗した』
……それは面白い話だ。
エルが聖杯のそばから飛び降り、チルチルとミチルを見上げる。
……大男、覚えておけ。浅知恵は身を滅ぼすことになる。
『…嬉しいね、心配していただいて。けど、こいつが俺の手にあるってのも心配した方がいいんじゃねぇのか』
そう言って、コングは【ケモノの角】を眼の前にかざした。
……調子に乗るな。自信過剰は好きになれん。うるさい虫ケラと同じようにな。
次の瞬間、コングが吹き飛ばされた! エネルギーの塊が爆発し、床に叩きつけられた。
……コング、奴の本気を引き出してどうする!
神虫が騒ぎたてた。
『その隙のお陰で蘇生出来たんだ。ありがたく思え!』
……ヤバイな、そのお節介な性格は。
立ち上がりかけた時、第二波が炸裂した!
そのままの姿勢で真横に飛ばされ、厚い壁に張り付いた。
衝撃に息が詰まる。そしてエルに向き直って視界に捕らえた。
『姫のシュミレーションより厄介だな』
……当たり前だ!奴は本気で殺る気だ。
風を斬る気配が襲った。
ゴウッ!
階段が飛んで来るのが見えた。
横っ飛びに反射した!
破壊音が分厚い壁に激突し、砕け散る。一瞬にして瓦礫が現れた。
『神虫! なんとかしろ!』
うつ伏せのコングが風を斬る音を聴いていた。




