エルの罠
『クソッ! 今頃現れやがったか…』
コングが残されたわずかな力を振り絞り、立ち上がった。
膝がガクガクと勝手に動き、上体が定まらない。
「ガキ共!離れてろ!!」
コングの野太い声が、静まり返った教会に響き渡った。
そのコングの声が終える前に、チルチルとミチルはふわふわと浮かんで遠ざかり始めていた。
ニコは四つん這いのままに固まって動きを停めている。
コングはそんな光景を視界の隅に捕らえていた。
……大男、お前とは縁があるな。
コングの頭の中に、エルの言葉が響いていた。
目の前のエルには表情が無い。ただ、ヌラヌラと鈍く光るウロコに覆われた顔があるだけであった。
『俺も今、そう思ったところだ。けど、これで最後だ』
……そうだ、面白いオモチャを失うのは残念だ。
『オモチャはそっちだろう。できそこないの着ぐるみに言われたくないね』
……力だけが取り柄のお前に、今、何が出来る?
コングは立っていることがすでに限界に近い。
この状態でエルと一戦を交えることは敗北に直結する。
しかし、コングに選択の余地は無い。すでに手の離れた所で運命は動いている。
そんなコングをエルとは別に呼び掛ける声があった。
……コング、答えなくていい。時間を稼げ。今はマズイ……
神虫が囁いていた。
『エル、お前は俺たちがこいつを開けるのを眺めてたのか?』
……その通りだ。
『俺が力を使い果たすのを待っていた訳じゃ無いよな?』
言いながら、コングは肩の付け根から腕をゆっくりと回していた。
……つまらん想像力が働くようだな。お前達のご希望を叶えさせてやっただけだ。
『叡智の鍵、いや、パンドラの箱を何故開かせた?』
……お前達が勝手に開けただけだ。
『教えてもらおうか…こいつの意味と、子供達を狙うホントのところを』
コングはエルの眼を真っ直ぐに見据えていた。
石棺が元あった場所には、細長いくぼみが口が開けている。そこに得体の知れない【物】が横たわっていた。
それは奇怪な棒状の形をしていた。
ねじれながら次第に細くなり、先端は鋭く尖っている。全体の長さは幼い子供の腕ほどはある。
色はくすんだ白色で始まり、細くなるほど赤みを帯び、先端は燃えるような真紅であった。
【ケモノの角】
それは未知のケモノの角であった。
……今、コングという名前らしいな。物忘れの激しい奴だ。
『…何!?』
……文蔵から聴いていないようだな。
『ジジイを知っているのか?』
……ああ、良く知っている。ついでに、そこの色男のことも知っているよ。
「何!」
コングが振り返ったそこにニコがいた。
手に金属パイプのような物を握りしめていた。
立ち入り禁止のロープを張るための移動式のポールであった。
ウォーッ!
ニコがそいつを振り上げ、襲いかかった。
瞬間にコングは反応し、上体をひねる。
ブンッと唸って金属パイプが空を切った!
ガッ!!
勢いのまま大理石の床が火花を散らす! 弾かれた力で下から振り上げる。
コングの鼻先を猛烈なスピードでパイプの先端がかすめた。
「ニコ!」
コングの声に金属パイプが横一線に伸びる。再び岩のような頭を狙う!
のけぞった!
さらに頭を狙う!
さらにのけぞった!
脚がもつれた。咄嗟に片足を後ろに引き下げ耐える。
しかし、わずかにバランスが崩れた! 体力は回復していない。
その分、身体の反応が鈍い。
ゴツッ!
コングが片膝を打ち付けた。上体がその方向に傾く。
バシッ!
巨大な手のひらが大理石の床を捕らえた。
「ニコ! 俺が判んねえのか!」
コングはニコを見上げ、緊張が走った。
そこに爬虫類の眼をしたニコがいた!!
……コング! ニコは乗っ取られた!
神虫が叫んだ!
ブンッ!
コングの頭上に金属パイプが振り降ろされた!!
ゴツッ!
鈍い音が教会の隅に響いていた。




