2000年の眠りは途絶えた。
その教会は、セミの鳴き声の中でシンと静まり反っていた。
建物の周囲に人の気配は無い。
それはニコの予想通り、この時間はイベント側に人手を割いているためであった。
目の前に中世を思わせる扉が閉ざされている。全体が木で出来た大型の代物だ。
フーッ!
コングの分厚い胸から大きく息が吐き出された。
じわりと力を込めて扉を押す。
すると、込められた力の分だけ扉が口を開けた。
ニコの予想通り、この時間は施錠されてはいない。
元々、不特定多数の人々を迎え入れるための建物である。教会側の関係者を置けば、特に施錠する必要は無い。
しかし、その教会側の人影が今は見当たらない。
やはり、今回のイベントに駆り出されている様であった。
建物の内部は、外観以上に独特な造りになっていた。
天井がとてつもなく高く遠い。その分、壁は上に伸びそして長い。
拡い床の中央には、通路で二分された椅子が整然と並んでいる。
その通路の突き当たりに、建物と不釣り合いなほど小さな祭壇が据えられている。
古めかしい石の祭壇である。左右からの踏み台に挟まれ、一見すると建物の一部の様にも見える。
しかしそれは独立する石の箱であった。小さな祭壇ではなく、特大の棺であった。
手の込んだ深い彫刻が隙間なく施され、その歴史を物語っている。
『神虫、あいつに間違いねえのか?』
……プンプン匂うな。爬虫類の匂いが…。
コングが見つめる視線の先にそれがあった。
【神の石棺】
教会と信者は口を揃えてそう呼ぶ。
そして神聖な力の象徴として讃える。
彼らの【神の書】によれば、遥か以前から石棺の中には凶暴な悪魔の使者が封印されている。
それは今も神に仕える聖職者に踏まれ、信者に踏まれる。そして封印は強固となり、神に護られた世界が続くと言う。
「ニコ、こいつは絶対にヤバいからな」
その言葉の最後には、コングを先頭に石棺に向かって駆け出していた。
駆けながら周囲に視線を放った。
後方に流れる椅子、椅子。太い柱の影、彫刻の眼。
次々と切り替え、駆けていた。
蹴り上げる度に、大理石の床に水滴が飛び散った。
チルチルとミチルが続くが、決して離されはしない。
『奴はどうしてる?』
……わからん。さっきから見失ったままだ。
『そらぁ、時間が無いってことだな』
中央通路に水の尾を残し、石棺を前にしていた。
「思った以上に厚いですね」
ニコが石棺の蓋を間近に見つめ、息を切らしていた。
「離れてろ!」
コングの太い腕がその石棺の蓋に伸びた。
それは蓋と呼ぶよりも一枚岩に近い。その厚さは軽く20センチを超えている。
常識的に人間が動かせる代物では無い。
フンッ!
コングの全身の筋肉に何かが張り詰めた。
ンオォッー!
膨れ上がっている、肉体がむくむくと膨れ上がっている。
身体に張り付いたシャツが荒々しい表情で膨張した!
グアァー!!
コングの野太い雄叫びが教会に響いた。
‥ジャリッ!‥
石棺の蓋から小さな音がした。
コングの巨体が弓なりに蓋にしなった。
‥ジャリッ!‥
一枚岩の石棺の蓋がじわじわと動き出している。
ンガァーッ!!
‥ゴゴゴッーッ‥
一気に蓋が横滑りを始め、鈍い音をたてて床に激突した。
コングがその場に座り込み、肩を上下させていた。
「ニコ!急げ!」
茫然と立ち尽くすニコにコングが声を張り上げた。
ニコが石棺の中を覗き込む。チルチルとミチルの顔が並んでいた。
子供達の脚は地を離れ、ふわふわと揺れている。
「バカな!!」
ニコが叫んだ。
石棺は上に向かって口を開けている。一瞬でその隅々までが見渡せる。
石棺の中は、何も無い。
コングがふらふらと立ち上がり、ニコに並んで中を見下ろした。
「空っぽの箱をありがたがってたのか? 2000年の間…」
……コング。まだ、封印の蓋が空いた訳じゃない。
『何を言ってんだ。たった今、俺が開けただろ!』
……お前が動かしたのは、蓋の一部だ。蓋は全く動かしていない。
コングとニコが眼を合わせた。
「お前、虫ケラの声は聞こえてるのか?」
コングがニコに問いかけた。
「いいえ。でも、コングさんが聞いた内容の想像はつきます」
「俺にも限度ってのがある…」
コングはそう言って、石棺のヘリを握った。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
コング以外の登場人物の名前は、みんな大事ですね。




