好きではじめたバトルではない。しかし、それは加速するのだ!
コングはベッドであぐらをかいていた。
その姿勢のまま、眼だけがハエを捕らえていた。
ゆったり弧を描いたかと思えば、突然に直線飛行で加速をする。
フワリと上昇した直後に急降下を始める。
その飛行には、一定のパターンがない。ただ単調に飛び回っているわけではなかった。
『一瞬の隙をつくしかない…』コングはそう心に決めていた。
ハエもまた、コングをうかがっていた。
巨大生物が肩で息をしながら、こちらをにらんでいる。
そいつの髪は、ギリシャ神話に出てくるメドゥーサのように逆立っている。
頭が蛇だらけの、気色悪い怪物だ。
しかも、何が楽しいのか全裸なのだ。
ちょっとばかり、不気味である。
ハエの勇気を称えなくてはならない。
果敢に、うじゃうじゃ頭の怪物に立ち向かっていったのだ。
目指すは鼻!
それも鼻のてっぺんだけだ。
そこに迷いは一切ない。
つぎの瞬間、ガッチリと鼻の先っぽにしがみついていた。ピンポイントだ!
なぜ、鼻の先っぽなのか?
なぜ、他の部分ではいけないのか?
停まるとこなら、いくらだってあるのに、どうあっても徹底的に鼻である。
英雄の志しは計り知れない。
常人には理解し難い、深い訳がきっとあるに違いなかった。
ハエが鼻先をつかんだ瞬間、コングは反射的に張り手を食らわした。バチンと肉を打ち付ける音がした。
ハエはブ〜ンと嫌らしい羽音を残して、あっさり遠のいていた。
グローブのような手のひらが、ヒットしたのは自分の顔面だけであった。
「んで〜っ!!」
ハエを追い払うための動作ではない。必殺の張り手である。
ハエは急加速して部屋の隅に逃亡した。身に迫る危険を察知したのだ。
あんなでっかい手で襲われたら、ひとたまりもない。座布団と比べても、いくらも変わらんぞ…。
きっとハエはそう思った。
テレビにしがみついて、コングの様子をうかがうようであった。
ハエの目に、そのコングがゆっくりと立ち上がる姿が見えた。二本足のようだ。
コングの片手に雑誌が丸められていた。
道具を使うらしい。
コングは、のそりのそりと間合いを詰めていた。
『フザケやがって、なんでひとの鼻ばっか狙ってんだ!』
ブンと唸って、丸めた雑誌が空を切る!
が、一瞬速くハエは身をひるがえす。
打ち付けたのは、テレビである。安物ではあるが、この部屋では最もまともな家財である。
その大切なテレビが勢いよく、床に打ち付けられた。
嫌な音がした。ボコッと決して聞きたくない音である。
「うっそだろ!」
コングは、人生最大に眼を開いてテレビを見た。なんだかわからない部品が散乱している。
「もう、許さねぇー!」丸めた雑誌をハエに向けて力いっぱいに投げつけた。
が、そこにハエはいなかった。
代わりにあったのは植木鉢だった。
いや、あったはずである。
床でバラバラになっている陶器は、あったはずの鉢にとてもよく似ている。
少し違うのは、サボテンが鍋の中で逆立ちしているぐらいのものだ。
鍋を床に直接置いてきぼりにしてはいけない。
「絶対に許さねぇ!」コングの表情が引きつった。
不規則な軌道を描いて。 不快な羽音が、部屋の中をぐるぐる回っている。
コングは興奮のあまり、手にしてはならないものに手を伸ばした。
カーテンを吊り下げているポールである。
長さ2メートル、直径は5センチほどはある。もちろん私物ではない。
最初からアパートの窓に取り付けられていた建物の一部である。
カーテン引きちぎり、一気にそのポールを壁からむしり取った。
「とう!!」コングは自身で気合いを入れ直した。
さらに、奇声とともに羽音めがけてメチャクチャに振り回し始めた。




