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助言する者

ガツン!と電流に似た衝撃が全身を走る。そしてコングはそのまま硬直化した。


至近距離で男と眼を合わせた途端、手足の自由を奪われていた。


……罠だ!!


神虫が叫んだ!


コングはその叫び声を自分の中で聞いた。爬虫類の眼に捕らわれた身体が、固い石となって反応しない。


……奴の眼を見るな!


さらに神虫が声を張り上げる。


しかし、頭の芯から耳鳴りが膨らみ、神虫の声に重なっていた。


「よろしければ、司教様に会われるといいでしょう」


その男から笑みが消え失せ、代わりに凍てつくオーラを放っていた。


コングの手に重ねられた男の手に温もりは無い。

そのまま二人はゆっくりと立ち上がっていた。


『ヤバイッ!』


自分の意思では無い。今、身体を制御するのはその男だった。

コングの巨体は自分の意思を離れ、勝手に動き始めていた。


……シールドの外に出るな!


耳鳴りの向こうから途切れがちな声が聞こえていた。


『クソッ!身体が言うこと効かねえっ!!』


すでに、片腕はシールドを越えている。その腕が男に握られていた。


コングの片足が浮き上がり、前に振り出した。


「ウオーッ!」


コングは声を振り絞った…しかし、それは呟くほどの声に終わっていた。


男がコングの手首を握り直し、静かに話し掛けた。


「ご案内しましょう」


その巨体がシールドの外に踏み出した時、わずかに揺れ始めた。


突然のめまいが襲い掛かり、平衡感覚が狂い出していた。


足元から、夏の陽差しに焼けたアスファルトが照り返している。


そのアスファルトが波となって揺れ、徐々にうねり始めていた。


そして耳鳴りのトーンが上昇し、頭の芯をギリギリと締め付る。


吸い込む大気は熱い。コングの全身から大量の汗が吹き出した。


無言で女が真横に寄り添い、コングを見上げる。


その目は、明らかに常人では無いオーラを放っていた。


コングは捻れ動くアスファルトをふらふらと歩き出した。


ザザーッ!!


突然に背後から大量の水を浴びていた。

反射的に男の手がコングを離れ、女と共に飛び退いた。


のたうつアスファルトが、一瞬にしていつもの表情を取り戻していた。


「やぁ、失礼した。そちらの方は大丈夫ですか?」


ニコが水撒きのホースを握ってペコリと頭を下げている。


その端正な顔立ちが照れ笑いを浮かべていた。しかし心持ち腰を落とし、次の動きに向けて身構えている。


ホースの先端から勢いよく水が吹き出し、芝生に向けられていた。


「今度から、水浴びは服を脱いでからにしてくれ」


そう言ってコングはニヤリと口元を緩めた。


「せっかくだが、あんたらの司教様とやらに会うのは後にする。その時は、とっておきの手土産を持参するよ」

 

そう言って、コングは訪問者の二人に視線を移した。


そこに先ほどまでのオーラは消え失せ、危険は感じられない。


いつの間にか、人の良さそうな中年の男女に落ち着いている。


「そうですか、いつでも都合の良い時にお越し下さい」


「そうだな、俺の司教様みたいなジジイと相談してからだ」


「エッ!あなた達もどちらかの教会の方なんですか?」


男がコングを見上げ、続けてニコに会釈した。


「ああ、教会じゃねぇが、地球連合って言う集まりだ」


「地球連合…!?」


訪問者の男女は顔を見合せ、わずかに首をひねった。


「コングさん、もう一度水浴びしますか?」


ニコは空に向けて水を噴き上げた。


「私たちはこれで失礼します。ぜひ一度お越しください」


男は深々と頭を下げ、隣の女もあわててそれに続いていた。


「約束した。会いに行くから楽しみに待っててくれ。近いうちに必ず…」


コングが二人にそう言い、背を向けてニコの元へ歩き出した。





ガレージにワンボックス型の車があった。荷物の積み込みを終え、準備は整っている。


そのガレージの外に強い夏の陽差しが降り注いでいた。


小さな二人が車の後部座席でじっと息を詰めていた。


チルチルが透明なガラス瓶を両手で持っている。顔をくっ付けて、ミチルと二人でその中を覗き込んでいた。



「ヤバかったな」

 

「そうですね。しかし、残念ですがここともお別れです」


「そうだな、いい家だったのにな…」


コングとニコが話していた。


運転席にニコが腰を落とし、助手席にコングが身体をねじ込んでいた。


「水は効果があるんだな、助かったよ」


コングがニコに頭を下げた。


「あれは例の【ミズ】ですよ。だから効いたんです」


「そうか、まあいい。どっちにしろ頼りになる代物だ」


「ウワーッ!」

「ウワーッ!」


その時、後部座席から歓声が上がった。


チルチルとミチルがガラス瓶を覗き込んで騒いでいた。


「ニコ、浮いたよ。見て、見て!」 

そう言って、チルチルが手にしたガラス瓶を差し出した。


そのガラス瓶の底には少量の枯れ葉が敷かれている。

そして枯れ葉の上に白っぽいサナギの様な塊が二つある。

その一方がガラス瓶の中に浮いていた。


「ミチル、ほら、そっちも浮いた!ねえコングも見て、浮いたよ」


子供達が大喜びで声を上げていた。


「虫けらが浮いて何が珍しい?俺なんか、ガキが浮かぶの普通に見てるぞ」


そう言って、コングは笑い声を上げていた。


訪問者を迎える時、ニコは子供達を車に乗せて待たせることを思いついた。そして、時間潰しのためにサナギの入った瓶を手渡していた。

 

自分とコングの身に何かあった場合、この車が二人を救出するはずであった。


「コングさん、予定を変更して帰りませんか?」


「このまま、あのジジイの家に向かうってのか?」


「ええ、残念ですが、文蔵さんの元へ帰った方が…」


ニコの言葉の後、コングは肩を落とし、眼を閉じた。


『神虫はどうだ?』


……どうもこうも無いだろう。前線基地が使えなきゃ、身動きがとれん。今回はあきらめろ。



『……。』


押し黙っていたコングが眼を開けた。


「なんだなんだ二人とも。エルの野郎のしっぽを取っ捕まえるんじゃ無かったのか?」


「しかし、今の状況では…」


自信家であったニコの声が萎んでかすれた。


……コング、無理するな。


「それじゃあこいつらは、ずっと狙われ続けるんだよ!こんなちっこいのに逃げ回らなくちゃなんねぇんだよ!」


コングは興奮し、声に出してまくし立てていた。


……それは解る。しかし、今はマズイ。


「エルの野郎は、知恵が世の中に知られねぇためにこいつらを狙ってんだろ」


……チルチルとミチルの二人は知恵の鍵だからな。


神虫が呟いた。


「だったら、さっさとその鍵で知恵の封印を解いちまえば襲う理由も無くなるだろう」


コングはニコと神虫に詰め寄っていた。それにニコが一呼吸置いて静かに答えた。


「今までは世の中を観察しながら、適量を小出しにしています。封印を解いて、一気に知恵が拡まるとどうなるかは、文蔵さんにも解らないんです」


「のんびり小出しにしてっからエルの野郎が調子に乗るんだろ!」


……コング、お前の言うことは解る。しかし、残念だが文蔵にも俺にも鍵の扱い方が解らん。何しろ、お前がチルチルとミチルの二人を存在させたんだからな…。


「神虫、お前やジジイでも解らんのか?ニコ、お前は頭がいいんだろ? 何とか考えろ」


「コングさん、そんな無茶言わないで下さい。僕にも想像つかないですよ。助言なんて無理です」



『…助言!?』



「神虫、一人だけいるだろう! こんな時、助言できる奴が…」


……ああ、俺も今、思いついたところだ。


「連絡はつくか?」


……その必要は無いな。



コング達を乗せた車の前に人影があった。


スラリと伸びた脚にデニムのパンツ。そして縁の大きな帽子を身につけていた。


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