表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

歴史に消えた書物

『うるせぇ! ハエは黙ってろ!』


心の中でコングが声を上げていた。


「ハエではない。そやつは神虫じゃ」


しわがれた文蔵の声であった。


「文蔵さん!? こいつの声が聞こえるのか?」


コングは驚いて、シワだらけの文蔵の顔を見た。


「神虫の気分次第じゃな。そなたにだけ話しかける時は、ワシにも聞こえん」


……文蔵、こいつ生意気だぞ。それに呆れるるほどのアホだ。


どういう関係なのか、神虫は文蔵を呼び捨てにして悪態をついている。


「我慢せい。そのうち慣れる」


文蔵は声に出して神虫に答えていた。


……姫の横顔をチョロチョロ盗み見しやがる。身の程知らずだぞ!


「まあ、それも仕方あるまい。あれほど美しいのじゃから無理もなかろう」


「ハエ野郎、よけいなことしゃべるな!」


照れ隠しのために、コングの声が裏返っていた。しかし、気持ちを建て直して文蔵に尋ねた。


「そんなことより、文蔵さん、チルチルとミチルが突然現れたってどう言う訳だ?」


「それを理解するには、経験が必要じゃ。じつは、そのために遊園地に向かわせておった」


「そこで、ハプニングが起きた!?」


「そうじゃ。事件が起きなければ、お前は神虫をもっと別な形で受け入れることが出来たはずじゃ」



……文蔵、このアホは何でも聞きたがるな。頭で知ることに何の意味がある? そんなことも解らん男だぞこいつ。


「おいハエ、知ることのどこが意味が無いってんだ!」

……やっぱりアホだこいつ…。


「まあまあ、仲間内でいがみ合うな。コング、今、ワシに言えることは【心】の経験が重要ということだ」


「…心の経験!?」


文蔵はそれに答えず、再び広い図書館を歩き出していた。


そして宙ぶらりんの疑問を抱えたまま、コングはその後に続いていた。


『おいハエ!心の経験って、どうすりゃいいんだ?』


コングは文蔵の後に続きながら、神虫に尋ねた。


……だから、俺はハエではない。神の虫、ジンチュウ様だ。凡人は敬語を使え。


『凡人で悪かったな。じゃあまあ、ジンチュウ様、教えて下さいませ』


……おっ♪ 素直だな。それじゃあ教えてやる。


そして神虫は、声のトーンを押さえて続けた。


……頭で知ることが可能なのは、身体の置かれた世界の一部だけだ。

どれだけかき集めても、幼稚な想像といい加減な置き換えに過ぎん。

だから、限られた狭い世界の枠から抜け出せないんだ。


古い書物の森を歩きながら、コングは黙り込んでいた。


しばらくすると長い棚が途切れ、眼の前に広い空間が拡がった。


『…なぁハエ、お前の言ってることが、さっぱり解らん』


……アホはそれでいい。俺は寝る…


「ふざけんな!」


「コングよ、ここには約70万の書物がある。歴史上ではこれらは全て失われたことになっておる」


文蔵が辺りを見渡しながら語り始めた。物音ひとつしないだだっ広い空間にその声が響いている。


「しかも、失われたのはそれだけではない。この書物が存在したことすら架空の物語にされておる」



「……。」


コングは静かに文蔵の言葉に耳を傾けた。どこまでも続く書物を不思議な気持ちで眺めていた。


「これらは知恵じゃ。ひとつひとつが尊い宝じゃ」



「何でそんな物がここにあるんだ?」


コングが棚の書物を手にしながら聞いた。ざらざらとた紙質であった。


「ワシが救った。姫の助言を借りてな」



「…姫が?」


「姫は約束ごとのために、直接手を出すことが出来ん。だが、助言なら出来る」


「姫のグループの約束か?」


コングは姫の言葉を思い出して聞いていた。


「そうじゃ」


「姫は今日、俺達三人を救ったんじゃねぇのか? そいつはルール違反になんねぇのか?」


「確かに、ルールを逸脱しておる。もしかしたら、問題になるかも知れんな」



「そんなヤバいことやったのか、あの姉ちゃん」


「ハハハッ♪ 姉ちゃんか! それはいい。姫をその様に呼ぶのはそなただけじゃ」


文蔵は大きな声で笑い、一言付け足した。


「姉ちゃんはいいが、見た目よりも年上じゃ」


「……まあ、女の歳は俺には解らん」


コングもつられて笑い出していた。


「コング、自由に見て回って良いぞ。この奥には、絵画も彫刻もある」


文蔵はそう言ってコングの返事も待たず、一人で引き返してしまった。


『ちょっと覗いてみるか』




長い階段を登り、コングは文蔵達の待つ部屋に戻っていた。


窓の外はすっかり陽が傾き、ランプの明かりが灯されている。


柄にも無く、絵画や彫刻に見入ったコングは時間を忘れて引き込まれていた。



「お腹が空いたでしょう?」


姫の声であった。


姫は文蔵と厚い木のテーブルで夕食を採っていた。


チルチルとミチルの二人の姿は無く、ほんの少し前に眠ったとのことであった。


姫が立ち上がり、キッチンの方に向かった。


椅子に腰を降ろしたコングに文蔵が切り出した。



「今日からここがお前のねぐらじゃ。あのアパートにはもう戻れん」



「何かあったのか?」



「地球連合と共に奴らに襲われた」


文蔵がコングを見る眼に笑いは無かった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ