新世界が見えた!
「姫、あんたにもこの声が聞こえるのか?」
「うん、ちょっとハスキーボイスかもね」
姫は的確に言い当てた。コングの頭の中の声が聞こえているのは間違いなかった。
「何であんな恐ろしい夢なんか見せたんだ!?」
コングは今日、立て続けに二度も異常体験をしている。
バスでは、それまで経験したことの無い恐怖を味わった。
次に、多目的ホールのステージでは命を落とす寸前まで追い込まれている。
それはどちらも現実にはあり得ない悪夢そのものであった。
「エルを見せたのは確かに私よ。でも、それは見える様に協力しただけよ」
「じゃ、エルに殺されかけたのは現実なのか!」
「そうよ」
コングの脳裏には、くっきりとその異常な光景が焼き付いている。
姫はそれを夢ではないと断言した。サラリと言いのけるその口調に不自然な駆け引きは無い。
改めて、コングは自分が死の際まで詰め寄られたことを知らされていた。
…コング、ビビるな…
頭の中の声が姫との会話に割り込んでいた。
むしろコングはその声に驚いた。
しかし、いくらかの見栄が冷静さを装い、その言葉に答えていた。
『ふつう、ビビるだろ。殺されるとこだったんだぞ!』
…安心しろ。お前は今、生きている…
『うるせぇ!、ハエが偉そうにすんな!』
…お言葉だが、俺はハエではない。れっきとした地球連合の一員だ…
『ハエのくせに、地球連合なんて名乗るな!』
…だから、俺はハエではないって…
『じゃ、何だ?』
…神虫だ!…
「ジンチュウ!?」
…お前が勝手に、ハエと決めつけただけだ。お前はハエがしゃべるのを聞いたことがあるのか?、俺は無いぞ…
「バディなんだから、二人は仲良くしてね」
姫はそう言ってコングを見上げ、ニッコリと微笑んだ。
遊園地を出た正面にバス停があった。だが、姫の足取りはそこを素通りして駐車場に向かっている。
ぎっしりと並んだ乗用車の列の外れに、数台のバスが停められていた。
一台のバスのドアが開かれた。
コングが今まで見たことも無いバスであった。
運転席の前部分が突き出ている。その部分だけなら、古いダンプカーの形に似ている。
しかし、運転席から後ろはバスである。映画やドラマに使われそうな代物であった。
その位置から道を挟んで牧場の一角が見えていた。
姫からバスに乗り込もうとした時、声が上がった。
「メーさんだ!」
ミチルがコングの尻の辺りをペタペタと叩いて知らせていた。
突然チルチルが勝手に駆け出し、あわててミチルが追いかけていった。
道路の向こうの牧場にはヤギや羊が自由気ままに放たれていた。
その内の一頭のヤギが、柵からこちらを伺っていた。
そのヤギを目指して二人は駆け出した。
「危ない!!」
コングが反射的に叫んだ!
一台の四輪駆動車が、幼い二人に突っ込んで来た。
瞬間、コングは顔をそむけ、眼をきつく閉じた。
コングの脳裏でチルチルとミチル、そして車が重なった!
しかし、コングの元に、衝撃的な音は届かなかった。
車のブレーキ音も、タイヤの悲鳴も無い。眼を閉じるコングには、何も届けられなかった。
コングが恐る恐る顔上げ、辺りを見る。
チルチルとミチルの二人が、ヤギの頭を撫でていた。
何事もなかった。
だが、確実に交錯するタイミングだった。少なくとも、急ブレーキや急ハンドルは必要な状況であった。
それでも回避不可能なタイミングだった。
コングはそこに、【何か】を感じ取っていた。
「これが、新世界よ」
姫がポツリと呟いた。




