コングの使命。奴らは現れた!
バスはゆっくりと山道に差し掛かっていた。
いつの間にか窓の外には緑が増え、街は次第に遠ざかっていった。
「お前達、ちょっとはじっとしてろ」
コングはにぎやかな二人の子供といっしょだった。
3人はバスの最後尾にいた。中央の通路側にコングが座り、子供達の蓋となっている。
コングの巨体を納めるには、バスの中ではそこしか許されないのだ。
子供達にとっても右側と後ろに窓があるので、外の景色を充分に楽しめる。
しかし、席に座っているのはコング1人でしかない。
幼い二人は、クスクス笑いながらじゃれ合い、コングの言葉に耳を貸さない。
今も座席には座らず、そこに立ち上がって後続の車に手を振っていた。
「座りなさいっ」
もちろん、座らない。少なくとも、疲れて座る必要はない。
どれほどエネルギーがあるのか計り知れない子供達である。
男の子の歓声があった。
続けて女の子が笑い声を上げる。
後続の車からドライバーが手を振り返していた。
何がそんなに楽しいのか、二人は懸命に両手をバタバタと振っている。
彼らは地球連合を離れてから休みなくはしゃいでいた。
その動きのすべてが、楽しさを振りまくことに繋がっている。
きっと、【幸せ】なんだとコングは思った。
だが、なぜ幸せなのかとも思えた。不思議な子供達であった。
地球連合を出発する時、コングは聞いた。
「パパか、ママはいっしょじゃないのか?」
「知らな〜い」
女の子が答えた。
コングは次に男の子の顔を覗き込んだ。
「知らな〜い」
男の子は女の子の口調を真似て笑い出した。
「知らない訳ないだろ。じゃ、お前達はどこに住んでんだ?」
「知らな〜い」
女の子が同じ返事を繰り返すと、男の子もまた繰り返し、二人は顔を見合せて歓声を上げた。
コングは頭を抱え込んだ。
「じゃ、せめてお前達の名前を教えてくれるか?」
「知らな〜い」
二人は同時に答え、また笑った。
『…このガキ、張り倒されたいのか!』
言葉は出ない。
いくらなんでも、幼い子供相手に大声を出すことは出来ない。
一呼吸おいて、コングは質問した。
「もう一度聞く。お前、名前はなんだ?」
コングは男の子を見た。
不意に男の子は黙り、真顔になっていた。
「ショウタ」
『ヨシッ、これだ、これ。ビシビシ行くぞ…なぁんだ、俺と同じ名前じゃないか…』
コングは次に女の子を見た。
「お前にも、もう一度聞く。名前はなんだ?」
やはり、女の子もコングに威圧されたのか、真顔になっていた。
いくらか困った様だったが、やがて明るく答えた。
「コング!」
『…!!』
コングのスイッチが切れた。顔面がバリバリと凍りついていた。
『…こいつら間違いなく、変だ!』
動揺してはいけない。舐められる。コングは必死に冷静を装い、引きつった笑顔で頷いた。
「解った。じゃ、俺が名前をつけてやる」
そう言ってコングは二人を交互に観察した。
男の子を指差し、「お前はチルチル」
女の子を指差し、「お前はミチル」
コングはそう言って静かにため息をついた…。
「なあ、お願いだから、今日だけ俺の頼みを聞いてくれないか?」
「コングのお願い?」
チルチルはコングを見上げて聞いた。ミチルは黙ってコングの眼を見ていた。
「そうだ、コングのお願いだ。叶えてくれるかな?」
チルチルとミチルは「いいよ」と言ってコングのつぎの言葉を待った。
「いいか、ぷかぷか浮くな!たいがいの奴は腰を抜かすからな」
「ぷかぷか抜かす〜」
二人は声を揃えて繰り返した。
「それにもう一つ、勝手に俺の頭ん中に入るな。すでに先客がいる。」
「センカクがいる〜っ」
二人は再び声を揃えた。
バスの乗客は、コング達の他には、家族連れらしい乗客が目についた。
このバスの終点は遊園地だから無理もない。
年寄りも何人かはいたが、バス停を重ねる度に下車していた。
コングは遊園地が近づくにつれ、不安が増して来た。
『…このガキ共、絶対に解ってないぞ…。
眼を離したらパニック間違いないな…。
遊園地でアドバルーンみたいにガキが浮かんでるなんて想像したくないな…』
コングは文蔵の言葉を思い出した。
「何も心配しなくてよい、自由に二人を遊ばせてあげるだけじゃ」
『…ジジイ、騙しやがったな! 遊ばれてるのは、こっちだ!』
車内に終点を告げるアナウンスが流れ、バスが停車した。
ブザーと共に乗客があわただしく動き始めていた。
コングもその巨体を起こし、通路側からチルチルとミチルを振り返った。
「ウワァ!!」
子供達二人の興奮は最高潮に達し、座席の上で跳びはね出した。
窓の外に遊園地が拡がっていた。
突然、コングの耳の中でシグナルに似た羽音があった!
ビーッ、ビーッ!
マズイ!
コングはあわてて二人を抱きかかえた。
跳び上がった後、降りていなかったのだ。
『冗談じゃねえ、バスの中、修羅場にするつもりか』
コングは下車のどさくさで、周囲に気づかれていないことを祈った。
ビーッ、ビーッ!
耳の中のシグナルは繰り返している。
チルチルとミチルを抱きしめ、分厚い身体で覆う様になっていた。腕に力を込める訳にはいかない。
ビーッ、ビーッ!ビーッ、ビーッ!
シグナルが頭の中で響き渡った。
ビッ、ビッ、ビッ、ビッ、ビーッ!ヒ゛ヒ゛ヒ゛ヒ゛ヒ゛ー!!!
ハウッ!
コングの巨大な背中に突き刺さるものがあった!
凍てつく様な先の鋭い何かだ。
『何だ!』




