妖怪小話
『垢舐め』
僕の彼女は、優しくて謙虚で、とても良い子だ。
「茂名くーん!待たせてごめん!」
息を切らせながら小走りで近寄ってくる彼女。
「葉ちゃん!バイトお疲れさま。」
「茂名君、お友達と飲みに行くんでしょ?
わざわざ迎えに来てくれなくてもいいのに・・・」
と、申し訳なさそうに彼女が言う。
僕の彼女はお世辞にも可愛いとは言えないけれど・・・
「夜道は危ないよ。部屋まで送ったらそのまま飲みに行くけど、
ちゃんと戸締りしてね。遅くなったら先に寝てていいから」
「わ、わかった・・・。」
彼女は少し頬を赤くして照れながらそう言った。
彼女を送る途中に前から歩いてきたカップルと思われる男女の会話が聞こえてきた。
「うわ、ブス」
「しー!聞こえるって!!」
「すげぇ・・・」
「かわいそう」
僕は気にしない素振りをして彼女の話に耳を傾けた。
「最近、夜でもあまり寒くなくなったね。」
「そうだね。もう春だから・・・・」
彼女を送り届けたあと、友人が待っているバーに向かう。
「葉ちゃんとはどうなのよ最近。順調?」
僕は友人に聞かれたことに対して少しの不安を抱えながら答えた。
「最近・・・・このままじゃダメなんじゃないかって思う・・・
今日も、すれ違ったカップルに笑われた」
「まあ確かに一緒に歩くのはちょっと恥ずかしいよね」
僕は声を少し荒げながら友人に言った。
「そういう意味じゃない!!」
友人は少しだけ驚いてグラスに注がれたお酒を飲んだ。
僕は、葉ちゃんが不細工だから嫌いなわけじゃない。
一緒に歩いていて恥ずかしいわけでもない。
葉ちゃんを守れない自分が嫌いなんだ。
すれ違いざまに笑われたり、からかわれたりしても何も言えない
僕が下手に慰めたらそれも葉ちゃんを傷つけることになる。
何もできない自分に嫌気がさして、そのせいで心配をかけたりして
僕じゃ、幸せにしてあげられないんじゃないかって・・・・・
友人と別れ少し酔いが回った体で帰って居ると後ろから声がした。
「あっ、茂名せんぱーい!」
振り向くとそこには少し顔を赤くして笑っている後輩が居る。
「加奈ちゃん。どうしたの?こんな夜中に一人で」
「友達と一緒に飲んできたんです。茂名先輩こそ何してるんですか?」
「僕も友達と飲んできたんだ。家はどこ?送っていくよ。」
僕はお酒で顔が少し赤くなってる加奈ちゃんは何かを言おうとしていた。
「茂名先輩、あの・・・酔ってるから言います!彼女さんと別れないんですか?
私、まだ、先輩のこと諦めてないんですよ。」
「へっ!?な、何をいきなり・・・・」
僕は豆鉄砲を食らった鳩のように驚いた。
加奈ちゃんは僕の驚いた表情を気にもせず言葉を続けた。
「だって先輩・・・あんまり幸せそうじゃないです。
私なら、先輩を笑顔にする自信がありますよ。」
「茂名先輩は、ああいう人とは合わないと思うん・・・・え?」
今度は彼女が驚いた表情をした、僕は一瞬何に驚いたのかと思ったが
その答えはすぐにわかった。
声が聞こえる。
少し年老いたような声だった。
「おーいそこの誰かー、助けてくれんかー・・・・」
確かに聞こえる、声がする方向に目を向けると下水道に老人のような人間が居た。
下水道と言っても深いわけではなく上半身が出るくらいの深さの下水道だった。
「しっかりしてください!!なんで下水道なんかに!!」
「うぉぉぉあぁ・・・」
老人はそう呻きながら這い上がるために力を入れた。
ズルッ!
「うわ!」
「きゃあ!」
老人を引っ張り上げた反動で少し尻餅をついてしまった。
「やれやれ・・・・・助かった。ん?お前うまそうだな。」
その老人は加奈ちゃんを見るやいなやそう言った。
「え?・・・・ぃ、いやぁああーーーー!!」
彼女が呆気にとられているあいだに老人は彼女の腕をいきなり舐めた。
老人にいきなり腕を舐められた彼女は悲鳴を上げた。
僕だっていきなりそんなことをされたら悲鳴をあげてしまうかもしれない。
「・・・お?美味いっ!!おおぉおー逸材だー!」
と老人は歓喜の表情を浮かべてそう言った。
「ちょ、ちょっとあんた何してるんですか!!」
慌てて僕は駆け寄って彼女から老人を離した。
「ええい、何しやがるこの野郎!
こんなに美味い女はめったにいねぇんだ、舐めさせろ!」
老人はすこし怒った表情で言った。
「やめてください!!警察を呼びますよ!?」
僕は老人に向かって声を荒げた。
「チッ、仕方ない。助けてくれた恩もあるから譲ってもいいが
百人に一人の美味さだぞ、粗末に扱うんなら俺に寄越せ。」
老人は不満そうに言って彼女に視線を向けた。
「よこせってあんた、モノじゃないんだから・・・・
とにかくこれ以上近づかないでくださいよ!!」
僕は彼女と老人のあいだに割って入るように立って言った。
老人はやれやれという表情で語りだした。
「俺ぁいろんな人間の魂を味見してきたんだ。
こんな美味い女手放したら後悔するぞ。
勿体ねぇなー畜生・・・・ま、いいや。んじゃあな。」
「魂?意味がわからない」
僕は怯えてる彼女の方を向き、老人が去ったか振り向くと
そこには既に老人の姿はなかった。
「あれ?いなくなっちゃった・・・・素早い変質者だ。
加奈ちゃん、もう大丈夫だから。早く帰ろう。」
僕は座り込んでしまった彼女に手を差し伸べた。
「びっくりした・・・。けど、茂名先輩かっこよかったです。
今みたいに、ずっと私のこと守って欲しいな・・・なんてね。」
彼女は照れくさそうに笑って言った。
「・・・・・えーと・・・」
僕の頭の中に色々な言葉が浮かんできた。
「こんな美味い女手放したら後悔するぞ」
「先輩・・・・あんまり幸せそうじゃないです」
「先輩を笑顔にする自信がありますよ」
僕が頭の中の言葉から離れようとしたとき、彼女は口を開いた。
「はっきり言いますね。私と・・・付き合ってください・・・・
幸せにするって約束します。私じゃ、だめですか?」
彼女は何かを期待するように僕の目を見た。
僕は彼女の視線から目をそらさずにこう言った。
「・・・嬉しいよ。加奈ちゃんみたいに明るくて強い子と
付き合ったら、きっと楽しいだろうし、幸せだと思う」
加奈ちゃんは一瞬笑ったようにみえた。
僕は言葉を続けた。
「でも・・・ごめんね。僕はやっぱり彼女の事が好きなんだ。
僕が幸せにしたいって思うのは葉ちゃんだから。」
加奈ちゃんは残念そうな顔をした。
「アパートはすぐそこだよね。それじゃ、気をつけて。」
そう言って僕は振り返って歩き出した。
「はい・・・・さようなら・・・・」
暗い声で加奈ちゃんはそう言った。
僕はその声を背中に受けながら帰った。
~ある森の中~
「聞いてくれ小豆洗い。今しがた、美味い女を見つけたんだ。」
「へえ、良かったじゃないか、垢舐め」
小豆洗いは興味がないというふうな返事をする。
垢舐めは少し興奮気味に話を続けた。
「昔、三丁目にゴミ処理場があったろ?あそこの下水の味に酷似している。
ギトギトのドロドロで・・・やはり勿体ないことをしたと思うか?」
残念そうな表情で意見を求める垢舐め。
「僕に意見を求められても困る。」
やれやれという表情で小豆洗いは言った。
~加奈が住んでいるアパートの近く~
「マジうっぜえぇえ!何、あたしはあのブス以下なわけ??
あぁぁああぁイラつく、うっぜぇんだよクソがッ」
声を荒げ、怒りに満ちた表情で壁を蹴る加奈。
~茂名が住んでいるアパートの近く~
「茂名くーん、おかえりなさーい」
「葉ちゃん、なんで外に・・・危ないでしょ」
「窓から見えたから、今出てきたの。
お風呂沸いてるよっ」
「ありがとう。・・・あのさ、葉ちゃん
・・・僕といて、幸せ?」
僕は少し不安になりながらも葉ちゃんの答えを待った。
「どうしたの?すごく幸せだけど・・・・茂名くん、無理しなくていいからね。
一緒にいて恥ずかしい思いするなら、一緒にいなくたって・・・」
彼女は不安げにそして少し悲しそうに言った。
「・・・葉ちゃん、誰が何言ったって、僕は君が大好きだ。
葉ちゃんの笑顔が嬉しくて、幸せにしたくてしょうがないんだ。」
僕は精一杯の勇気を振り絞って葉ちゃんに言った。
葉ちゃんは少し涙目になりながら、でも嬉しそうにこう言った。
「あ、ありがと・・・。でも、わたしは茂名くんのこと
幸せにできるのかな?な、なんかごめんね」
僕は葉ちゃんを抱きしめてこう言った。
「・・・・・・もう、十分幸せだよ。」
~終~