☆PM5:57 / 千年動力
沙良はいつもどおり全然疲れてなかったけど、あたしが疲れたからちょっとカフェで休憩して、またいっぱい喋った。それからざくろ公園を通って、ミモザがどれか教えてもらった。もう花がなくなっちゃってただの木だったけど、そういえば三月ぐらいは毎年黄色かったかも。あれか。
来年は一緒に見ようね、って沙良と約束する。お花見はしたけど、サクラだけじゃなくてもいいもんね。
公園には、もう六時だけど遊び足りない顔ではしゃいで帰る子供がいっぱいいた。あたしも沙良も、昔はあんなだったな。
うちは五時に家に着いてなきゃいけなくて、でもまだずっと一緒に居たくて、帰りたくないって言ったら「じゃあギリギリまで一緒」って沙良が家まで送ってくれた。
懐かしいなぁ。
なんか夕方だからかしんみりしちゃう。子供はかわいいなー。あたしも子供、ほしいな。無理か。
下のアスファルトには、落ちたサクラの花が張りついていた。踏んづけられてたけどまだきれい。
もう街灯が点きはじめたから、あたしは公園の出口を指差して、沙良を急かした。
坂をひとつ越えたら、千年。名前は忘れちゃったけど、この町出身の芸術家がデザインした建物が見える。
『じょせーのからだをいめーじした、ちょーこくのよーになめらかな、どこかひとをあんしんさせる、そんなたてものにしよーとおもったんです。じょせーのなかでも、ははおやってかんじの。こーじょーとかはつでんしょって、かたいかんじがするじゃないですか。でもぼくはそーはおもわないんです。なんたってものをうみだす、そーゆーばしょですから』。
ラジオで聞いたそんなコメントを、まだ覚えてる。それで次の日すぐに見に行ったから。
女の子、女性、母親。そういうのは憧れだから、気になっちゃう。あたしはちょっと違うから。要らないものついてるから、どれにもなれないし、かといって男でもないし、病院に行かないといけない。……十七年もやってればもう慣れたけど。もう胸は大きくならないだろうし、お腹が、脂肪以外で膨らむこともないんだ。あたしはきっと何も生み出せない。
坂をひとつ越えたら、千年。あたしと沙良の足が一緒に止まった。
空の端っこは夕焼けでミモザ色になってた。二人でぼんやりするうちに、春の町は、公園も住宅街も商店街も、よく見える遠くのビル群までその色に染まって、とてもあたたかそうだった。まだ残ってるサクラの花もミモザ色が映ってる。
丸い発電所のドームはフェンスの向こうで、ミモザ色の世界でぼーっと満月みたいに見えた。イメージは女の人の、妊婦さんのお腹だ。
美術館で触った石膏像みたいな、そういうすべすべした肌に、中で作られて放出される電気が体温として出てきてる。
千年は発電所。電気を生み出して、鼓動してる。お母さんのお腹みたいに。
「ほんとはさぁ、」
なんか黙って歩いてきちゃった。せっかく沙良と来たのに。
声を出して横を見ると、沙良がこっちを見ていた。茶色の目。カラコンの色の下になにがあるのか、あたしは知ってる。
「沙良の魂が見たかったの」
秘密のこと、告白するように。タマシイ、なんて普段口にしない言葉は、カタコトになった。
沙良はこっちを見た顔を千年に向けて、じいっと見つめた。横顔がとっても美人で、黄金比で、胸に何かがのぼってきた。
荒れの無い肌の横顔と、いつもきれいにウェーブがかかった茶色の髪と、新しいカチューシャと、全部夕焼けと、千年の光に照らされてる。
沙良は、誰よりうつくしくって、かわいい、抱きしめたい女の子だ。
千年で作られた電気を受け止めて動く体はどこもあたしと違いないように見えて、どこも、大きさ以外は昔の沙良と変わんないと思う。爪の形もほくろの場所も、耳の形も体温も。
行動だってそう。ご飯食べて、ソーダまで飲むし、メイクしてかわいい服を着てアクセサリーを選んで、笑う。なにより断然かわいい。沙良はあたしの理想の女の子。
事故に遭いそうだったロボットを助けて代わりにいなくなっちゃった優しい沙良。沙良の代わりにあたしと生きる沙良。どっちも、同じように大好き。
「……血とかだと思うけど、電気は」
三分ぐらい黙ってから、沙良は首を傾げた。こっちを見る目の奥には実はロボット特有のレンズと情報照会IDがあるはずだけど、そんなのより、目の前が現実だった。どう見てもフツーに生きてるでしょ。人間でしょ。
ていうか、あたしにとっては沙良以外のなんでもないから、いいや。
「そうかな。でもそういう感じじゃないじゃん」
「魂」
「そ」
昨日、電力問題について授業でやって、ふっとここを思い出した。それで、沙良の魂は目に見えるんだなって思いついた。
こんな眩しい物が沙良の中にあって、だから沙良はきらきらしててあったかいんだって、そういうの確かめられるんだって思ったら、見たくなった。自分だけじゃなくて、沙良と一緒に。
「そっか。そうかも。なんていうか、こんなに眩しいもんね」
納得した沙良は眩しくて目をつむってしまったような笑い方をした。あたしは沙良の肩に自分の肩をトンってぶつけて、小さい手を握った。
千年が眩しい。この笑顔も全部電気のおかげ。この温もりもそう。
「あったかい」
「百合が冷え性なだけ」
指先が握り返してくれる幸せも、千年の電気があるおかげ。魂がいっぱい、溢れるほどに、あたしたちを照らしてる。
神様とかは目に見えないけど、千年なら目に見える。直接感謝が言える。ありがとう、千年。これからもお願いします。あたしのために沙良を動かして。
「お腹へってない? 大月のチーズケーキ買って帰ろう。晩ごはんはどうしよっか」
沙良が顔の近くで囁いた。さっき買ったばっかりのピアスがある耳がくすぐったかった。一緒に帰って、晩ごはんとチーズケーキ食べて、また離れたベッドで寝る。こういう生活がずっと続けばいいって思ってる。沙良もきっとそう。あたしたち考えること、けっこう似てるから。
ビル群の根元ではもうメロンソーダみたいな色のネオンが光っている。
これから夜が来るっていうのに町はとっても眩しかった。




