☆4月19日(水) AM10:01
「おはよう、百合」
目覚ましを止めてまた寝ようとしたら、揺すって起こされたから、目が覚めた。そのまま下着とタオルだけ掴んでお風呂を目指した。
急いでシャワーを浴びて出てくると、沙良は髪を拭いていた。きれいな茶髪。ゆるいウェーブは今日もきれい。
そうして丁寧に拭いて着替えて、茶色のカラコンを目に入れてから化粧を始めるのを、パジャマの下をはきなおして、ドライヤーに吹かれながら眺める。今日は白いシンプルなワンピースにミントグリーンのカーディガン。髪はきっとそのままで、靴は新しく買ったやつかな。
ひんやりしたものが欲しくって、冷蔵庫にヨーグルトを取りに行った。扉を開けて手を伸ばしたらうっかり脇腹が触れて変な声が出た。安売りで買ったヨーグルトは、ピーチ、ストロベリー、アロエ……まだまだあったけど、今日はアロエにする。
「それ、新色?」
「そう。この前買ったの。靴買ったとき」
沙良の隣に行くと、見たことのあるメーカーの商品なのに、知らない色ばかり散らばってる。洗いたてのシーツの上で落ちそうになってたルージュを一つ掴んで、色の名前を確かめた。ラブリーチェリー。やっぱり新品だ。包装は全部はがしてあるけど。
沙良はいつも一色選ぶんじゃなくて、全部買ってくる。
今回も、チークもルージュもアイシャドーも、ほんとに全部、春の新色が揃ってた。昨日テレビで見たサクラみたいな色と、沙良の着るカーディガンに似たうすーい緑が気になった。
カガミを見ないで化粧するのに、沙良の手はミスをしない。テキパキやって、あたしより早く全部終わらせる。デート用のかわいい沙良が出来上がっていく。
なんてかわいい〝女の子〟。マンガの中から出てきたみたい。抱きしめたらやわらかくって、いい香りがするの。
「一口ちょうだい」
独り言のようなおねだりも、そんな子がすればかわいいんだ。
アロエが入らないようにすくって口に入れた。スプーン半分のアロエ風味ヨーグルト。たったそれだけ飲みこんで、唇を舐めて、それから沙良は唇にルージュを引いた。
あたしはアロエを噛みながら、足元以外出来上がった沙良の全体を見渡して、今日はやっぱり、一番春っぽい服にしようと決めた。昨日塗った爪が丁度いいと思う。
「ねえ、それ貸して。おそろいにする」
食べ終わったヨーグルトのカップを台所のゴミ箱に投げ捨てて、スプーンは水の中に落とした。コップに水を一杯入れて、カプセルと錠剤と一緒に飲み干す。
「どれ?」
「ほっぺたと――唇? 合うと思う?」
「何着るの?」
リボンついたブラウスと、ピンクのスカートとー、と言いながら戻ってきたら、大体用意されていた。さすが、わかってる。
「これ? なら、口は、こっちがいいと思う」
ルージュはちょっと赤の強いほうを手渡された。沙良が言うならそうなんだろう、って確かめもしないで頷いた。
だらしないかっこをやめて、急いであたしもデート用になる。ふわっとしてるのが春っぽいかな、みたいな。スカートはこの丈ならちょっとの風じゃ捲れないから大丈夫。もらった新作の色はなかなか好み。モテカワなんとかメイク、まつ毛多めにはやっと慣れてきた。
ニーハイはいて、歩くから靴はヒールないやつ。お気に入りの赤いカバンを持って沙良を振り返った。
「かわいー?」
「うん。似合ってる」
あたしもカワイイ女の子? ってモデルの子みたいに首をかしげて訊いたら、沙良がおかしそうに笑う。ニヤニヤしながら、この前貰ったバレッタで髪を止めた。
戸締り確認。朝帰りのお隣さんに挨拶して、まだ停まっていたエレベーターに乗り込む。ガラスの向こうはいい天気の町。
「サクラ半分ぐらいになっちゃったね」
「でもまだきれい。神社のとこは、まだけっこー残ってる」
「ほんとだーモコモコしてる」
天気予報が当たってデート日和だ。空は青くって、風はほどほど。町がきらきらして見えた。
遠くの、海の近いビル群まで見えるし、下の瓦屋根の間にはピンク色がまだ残ってる。まいまい屋敷の屋根の上で猫が寝てる。あれ、デブのトラネコじゃないかな。
段々近づいてくる地上に、なんだかドキドキした。小学校のとき、遠足に行く日みたいな気分。そういえば、三年生の遠足のときに沙良と初めて会ったんだったな。
つかれたーって半泣きで歩くあたしの横を歩いてくれた女の子。ないしょで持ってきた飴をくれて、にこっと笑ったお嬢様みたいな子。あの笑顔、ずっと覚えてる。
あそこ昔さ、って言いそうになって、止めた。困らせちゃいそうだから。
「何食べるか決めた?」
「えっ、まだ」
急に言われて咄嗟に答えると、ズンと床が揺れて、ドアが開いた。沙良はさっさと出ていくけど、ドアは押さえてくれる。親切、っていうか、なんか様になってて紳士的。
「考えときなよ、百合は時間かかるから」
「昨日から考えてる」
「早すぎるわ」
だってハヤシライスもパスタも、ベーグルサンドも魅力的だから。ミケはメニューが多いのがうれしいけど、困るとこでもあるよね。でも近いし安いしおいしいし、言うことはないか。




