サチコ様と紀取の因果
目を開けると、そこはフカフカとした白い綿のようなものが敷かれた畳の上だった。周囲を見回すと、どうやらこの畳は空中に浮いているらしく、よく観察してみると黄色い空のような所にいるようだった。空のよう、と言ってはいるが、太陽らしいものは見当たらず、綿が雲のように漂っているので、そう感じたのだった。
「ここはどこだ、ミココス……」
呼びかけられてハッとして振り向くと、少し離れた場所にブルマコスがいた。
「わからない。それよりも、大丈夫なのか。さっき倒れていたじゃないか」
「ああ、それなら大丈夫だ。どういうわけか、体はスッキリしているし、疲労感もほとんど無い」
彼の元気そうな様子を見て安心して脱力した時、どこかからエコーのかかった神々しい女性の声が響いてきた。
“二人とも……よくぞ試練をやりとげましたね……”
「この声は……まさか、ウチの神様ですか!」
“その通りです”
突然、遠くの雲が割れて、巨大な舞台衣装で有名なあの女性歌手のような恰好をして、これでもかというくらい後光を光らせた女性が現れた。
「うわっ! 眩しい! 目の裏が緑とかのもやんもやん出てる!」
「神様、明かり加減して! これじゃあ、何も見えない!」
“いいですよー”
言うと、彼女が手を振るのに合わせて徐々に明かりは収まっていった。
それにしてもフランクな対応だな……。
「ありがとうございます」
“いえいえ、さあ姿をよく見せて下さい。そっちのアナタは先代のお孫さんですね”
「は、はい。そうです……」
ようやく神様をハッキリと見る事ができた。その姿は、例の巨大ドレスだったが、本体は人間と同じサイズであるらしい。柔和な顔立ちと、おっとりとした雰囲気から、どこか母性のようなものを感じさせるタイプの美人だった。長い黒髪を右側に流すようにしているのが、どこか神秘的だった。
なるほど、これが神性というものか。ぼくは生まれて初めてそれを感じたような気がした。
“ぶふーっ! あっはっはっはっはっは!”
彼女が爆笑するまでは。
“すごい――!! 胸が紫になってる――!! ロールシャッハみたい! ふふふふふ!”
「あの……」
“うん、面白い! これはいい出来だね。君のお祖父さんはなかなか才能があるねー”
「それは一体、どういう……ハッ! まさか、あの試練って祖父さんが考えたものなんですか!?」
“大当たりー。そうです。種明かしをしてしまうと、試練は私と会った人が考えて、次の継承者に伝えるのが決まりなのです。できれば面白いのが良いですので、アナタも覚えておいて下さいね”
「…………は、はい」
あんなに本気で踊ったのに……。祖父もこの試練をこなしたと思ったのに!
「まあ、アレだ……。ドンマイ、ミココス」
「……すまない」
“えー、オホン。色々と言いたい事はあるでしょうが、それは一旦置いておいて、本題に入りましょう。さあ、アナタ達の願いを聞かせて下さい”
「ウチの祖父が工事したアレを元に戻して下さい」
“え!?”
「おいいいいい! 待ってミココス! それが目的じゃないから! 落ち着いて! ああ、神様、今の無しです! 無し!」
「あ! ごめんなさい。間違えました! ついうっかり口が滑ってしまった」
“フー。今のは流石に焦りましたね。まさかそう来るとは思いませんでした”
「実は……」
ぼくらは、クラスメイトが置かれている状況を説明し、彼女の治癒を願う旨を伝えたのだった。
“なるほど、分かりました。しかし、とても一筋縄ではいかない願いのようですね。このレベルになると、少し時間がかかるかもしれません”
難色を示す神様にすかさずブルマコスが答える。
「構いません。俺達はもう覚悟を決めて来ましたから。二人で力を合わせて、何とかその時間を短縮できるように努力します」
「ええ、ぼくもそれで構いません」
“…………”
神様はしばらく二人を見比べた後、その表情から覚悟が本物である事を見て取り、ゆっくりと頷いた。
“いいでしょう。では、アナタ達に与える試練について説明します。アナタ達はこれから現世へと戻り、善行を積んでもらいます。その内容については適宜、指示を飛ばすので、それに従って下さい。それらを全てクリアした時、願いを叶えると約束しましょう”
「はい!」
“願いに釣り合うだけの善行がどれほどになるかは分かりません。これはかなり難解な部類に入りますよー”
「それでも、ぼくらはやるしかないんです」
“…………。いいでしょう、その心意気を買います。それでは、私からアナタ達に贈り物をしましょう。現世に戻ったら、ある衣装を手に入れるのです。それを着て試練に臨めば、微量ながら加護を得る事ができるでしょう”
「ありがとうございます」
“詳しい説明は現世でしましょう。私の声が聞こえたら、耳を傾けて下さいね。さあ、それではアナタ達を戻しますよ”
「神様、ぼくらにチャンスを与えてくれてありがとうございます」
「俺達、精一杯頑張ります」
“はい。私も、アナタ達の頑張りに期待します”
その言葉を最後に、ぼくの意識は遠のき、気持ちのいいまどろみに落ちていった。
“あ、それからもしも達成できなかった時はペナルティとして、アナタのお祖父さんの業を与えるので、気をつけて下さいね。多分、四倍くらいの長さになると思いますのでー”
え?
“大丈夫です。保険がききますから…………”
ぼくは大いに脱力しながら倒れ、意識を失った。