紫の模様
「……………」
「……………」
ものの数分で、ぼくらはこれが苦行の類に入るものだと悟っていた。何しろ、まるで達成感の無い上に、全て無意味かもしれないという考えが毎分のように頭によぎるのだ。辛いに決まってる。
「なあ、ブルマコス。体力は温存するべきなのかもしれないけど、何か喋らないか? このままやり続けるっていうのも、結構キツいんだが」
「大いに賛成だ。なあ、コレって一体どういう由来の踊りなんだ?」
「うん、実はよく知らないんだ。何の意味があるんだろうな。とにかく、アレじゃないか? 胸を叩いてるから、心臓とかが関係してるんじゃないのかな」
「そうか……。その辺りを考えているだけで何か結構時間が経ちそうだな」
それから、ぼくらは様々な憶測について語り、話題は超常現象についてなど、途切れずに発展していった。
「え!? ミココス、お前ってムーの読者だったのか!?」
「いや、そんなに驚くなよ。ちょっと傷つくじゃないか」
しかし、それも二時間が限界だった。そのくらいになると、ぼくらはかなりの疲労感を覚えるようになってきていて、話そうとする気力も無くなってきていた。
声かけは水分補給のタイミングを知らせる為だけにするようになり、無言のまま更に二時間が過ぎた。
部屋の中には、もはや考えなくても体が勝手にリズムに従って動く汗だくの男が二人、乳首を紫に変色させて踊っているという、奇妙な光景が広がっていた。
「おい、ミココス……。乳首、紫になってる……」
「うん……。多分、明日には黄色になるよ」
「ああ…………」
この事態に対しても、疲労の為に満足なリアクションがとれないのだった。
この時で合計四時間が経過。あと二時間が過ぎれば良いという事になるが、万が一の場合はこのままぶっ倒れるまでこのオカルトに付き合わなければならない可能性が頭の隅をチラチラよぎっていた。
ぼくは正直言って不安だった。ここまでやって何も無かったら、一体何と言えばいいのだろうか。祖父に対する信頼感も危ういが、ぼくらの友情も危うい。
若干、ランナーズハイのような状態に突入し、残りの二時間も乗り切りつつあった。
足はフルマラソンの終盤のように激痛と倦怠感があり、浮かせる度に腿がブルブルと痙攣していた。乳首の紫はもはやほとんど胸全体にまで広がっており、感度もビンビンに敏感になっていた。
そして、ゴールの六時間を遂に迎えようとしていた。
「あと一分……!」
「よし、カウントダウンしようぜ」
「………………三十…………二十…………十…………」
「……五……四……三……二……」
「「一!!!」」
………………………………。
何も起こらず。つまり、続行である!
「おっしゃあああああああああ! やったらあああああああ!!」
「うわああああああああああ!」
「ああああああああああああ!」
ぼくらは顔中からあらゆる液体を流しながら、自らを鼓舞した。
もはや部屋の中は吐き気がしそうなほどのむせ返る汗の臭いで満たされ、異界と化していたのだった。
そこから更に一時間、踊り続けた時には、もはやぼくらの意識は薄ぼんやりとしていて、体は亡者のようにダラダラと気味悪い動き方をしていた。
きっと、あと一歩踏めば倒れてしまう――――。真の限界は近くに来ていた。
ブルマコスも、同じくらい憔悴しており、もはや決断しなければいけない地点に来ているのだと分かった。
そう、もうこれ以上は付き合わせる事はできない。
「……ブルマコス、もうこれ以上は……」
「ミココス、あの子を助けるんだ。諦めちゃダメだ。絶対に投げ出したりしない。これがどれだけバカバカしいとしても、俺はお前を信じる。お前の心意気を信じる。さあ、お前も言ってくれよ。あの子を助けるって」
「……助けたいさ。でも、もう限界じゃないか…………」
「知るか。無茶してやる。どんな無茶でもしてやる。俺は、助けるんだ。絶対に、絶対に!」
ぼくの頭のどこかでピンと何かが抜け落ちるような感覚がした。一体、何を考えているというのか。最初から、どうしようもないほどバカバカしい事をしているのは分かっていたのだ。それでもこれに挑んだ。現実的じゃないなんて、当たり前だ。それでも、付き合ってくれた。一緒に賭けてくれた。ならば、自分が先に諦めるなんて、あっていいわけがない!
「助けるさ。ぼくらが助けるんだ。ぼくら二人が一緒で、成功以外なんてあるものか!」
「よく言ったぞ、相棒!」
二人、顔を見合わせてニヤリと笑った。
と、その瞬間、ブルマコスの体がぐらりと揺らぎ、ゆっくりと床に倒れていった。ぼくの視界はまるでスローモーションになったかのように、その様子を如実に見る事ができた。
そして、彼の体が床に触れんとしたその時、本殿の奥から凄まじい光が出て、二人を飲み込んだ。