嫌いじゃないぜ
あまりの事にぼくら二人は固まってしまう。この人、今なんて……。いや、意味は分かるけれども。高知さんに会ってみないかって? いやいや、ついさっき窘められたばかりだというのに。台無しってわけじゃないけど……これはちょっと、あんまりにも複雑な気持ちで何と表現していいかわからない。
ぼくはブルマコスに助けを求めようと視線を向けたが、彼も全く同じであるらしく、見つめあった時点でそれが無駄である事がすぐに理解できた。
なるほど、じゃあぼくがお断りを入れるとしようか……。
「あの、ぼくらはついさっき先生に止められたばかりですから。ここで行くっていうのは、ちょっとマズイんで……」
「なるほど。なら、先生の許可があれば問題無いわけですな!」
「え。あー……そうですね」
ごめん、ブルマコス。ちょっと間違えたみたい。
照れ笑いのようなものを向けると、彼は苦笑いで答えてくれた。どうやら、責められはしないようだったが、やはり何だか格好悪い感じで気恥ずかしかった。
「では、早速お話をしてきましょう!」
おじさんはどこか嬉しそうな顔をしながら、ズンズンと職員室へと歩いていく。当然、逃げるわけにもいかず、ぼくらも慌てて靴を履き替えて後を追う。
少し遅れて職員室へと入ると、すでにおじさんと苦い顔の桃原先生が何事かを話していたのだった。
ぼくらは恐る恐るそこに近づき、なるべくしおらしげに見えるように姿勢で側に立った。
「だからですね高知さん、こういう事は後々ご相談しましょうと決めたじゃないですか」
「いえいえ、適任者というなら彼ら以外にはいませんよ。姪の為に一肌脱ごうとしてくれたなんて、保護者としてこんなに嬉しい事はありません。時期も丁度いいじゃないですか。鉄は熱い内に打て、というじゃありませんか」
「仰りたい事は分かります。でも、できれば最初は女子生徒の方が良いのではありませんか? 学校に来た後の事を考えるのでしたら、是非そうするべきです」
「もちろん、美咲には同性の友人も必要です。ですが、クラスの中で一人でも彼女に関わろうとした人はいますか? 彼らのようにハッキリと行動で意思を示してくれた人が出てくるまで待てというんですか?」
そこで話題に上ったせいか、先生はぼくらの事をジロリと一瞥した。
「確かにそういう生徒は彼らだけです。でも、事情があると察して気を使い、しっかりとした説明があるまで触れようとしないのが普通です。高知さん、今はそれほど急がなくてもいいではないですか。予定通りに進めませんか」
「先生が美咲の事をよく考えてくれているのは重々承知しています。でも、今この瞬間にも彼女の人生は流れているんです。私は彼女の不安な日々を一日でも早く終わらせてあげたい。それだけなんです」
「ですが……」
「心配無用です。黙っていましたが、そこにいる二人ですが、実は美咲の幼馴染なのです。二人は忘れてしまっているようですが!」
ぼくら二人は思わず、いきなり尻に電撃を食らったような反応をしてしまった。
何を言い出すのだろうか、このオッサンは! ぼくらが幼馴染だなんてあるはずが無い。まったくのデタラメじゃないか。
「そうでしたか……でしたらまあ、大丈夫……ですかねぇ……」
おじさんが放つあまりの熱意に、とうとう桃原先生も折れてしまった。自分達が発端なだけに、あまりこういう事を言うのはどうかと思うが、本当にこれでいいのだろうか……。とても大きな不安感を抱えながら、ぼくらは事の成り行きを見守るしかできなかった。
「大丈夫です。自分で立候補したんですから、最後まで責任を持って全うしてくれるに違いありません! そうだよね、君達!」
なるほど、そういう事だったのか……。これなら責任感うんぬんとかはまあ、問題無いよな。自分達から言い出したんだもんな……。
果たしてここで気前のいい返事をしていいものかと思案していると、隣に居たブルマコスが前に出た。
「先生、是非俺たちにやらせてくれませんか」
「……おい、本気か? ぼくらは高知さんが今どんな状況で、何をするべきかも分からないんだぞ。ヤル気だけで何とかなるわけでもなし……」
「それは実際に見てから考えればいいんじゃないか? 何よりも、今ここで必要とされているのが事実なんだ。俺たちがやるのがスジってもんだろ」
ふむ、コイツって意外と熱い奴だったんだな……。
「嫌いじゃないぜ、そういうの。先生、ぼくからもお願いします。決して中途半端では終わらせません。できない事があればその都度、先生や他の人たちに相談します。だから、何とかやらせていただけませんか」
「当事者の了解も取れました。では先生、私たちは早速、彼女の所へと行きますので」
「ちょっと待って下さい。あなた方にお願いするのに反対はしません。ですが、その前に約束しておいて欲しい事があります。まず一つ、何か問題が生じた時は必ず先生に連絡する事。二つ目、あなた達はあくまで学生です。その本分を忘れないように。三つ目、全力を尽くしなさい。約束できますか?」
「はい、約束します」
その返事に頷き、先生はニッコリと笑った。……ちょっと可愛い。
「では、今日は最初の顔合わせですね。私も同行しますから、先に昇降口で待っていてください」
「はい」
こうして、ぼくらは高知さんとの面会へと臨む事となった。正式にこういう立場になると、やはり重圧のようなものがあり、色々と考えてしまうものだが、どうやらブルマコスはとっくに覚悟を決めてしまっているのか、前だけを真っ直ぐに見ていた。
本当に大したものだと思う。