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うーん、人格者がダブってしまったぞ・・・

 入学式までの間に何度か二人で会う機会があった。地元の有名な所を案内したり、お気に入りの喫茶店でコーヒーを飲んだりした。

 そうこうしている内に入学式を迎え、ぼくらはクラスメイトになった。まさかクラスまで被るとは出来すぎな気がしたが、そこは素直に喜んでおく事にした。

 そして何事も無く数日が過ぎたある日の放課後、ぼくらは教室に残って、グラウンドで必死に汗を描く運動部を見ながらある事について話していた。

 そう、何事も無いと言ったが、実は登校初日からある事が起こっていたのだ。ぼくらが話していたのはまさにその事、その今もっともホットな話題とは、

「例の高知さん、また欠席だったな」

「本当に一度も姿見た事ないよね……」

 入学式を欠席し、しかもそれから一度も登校していないという伝説を現在進行形で作っている女子生徒である。

 高知美咲。実在するという証拠すら出てこないので、もしや学校が間違えて登録した生徒なんじゃ……? という疑惑が最近出てきているが、それならば入学式の時点で気づいてもいいはずである。

「ミココス。これはけしからんな。本当にけしからん。一度調べてそのご尊顔を拝見しなければ気が済まない。なぁに、これはクラスメイトを心配しての事だ。決して、面白そうとか思ってるわけじゃないぞ」

「まったくだ。と、言いたいところだが……もしも、深刻な問題だった場合はどうしようか。無闇に首を突っ込むと大変な騒ぎになってしまうかもしれない」

「まあ、そうだけどもな。じゃあ、何かそれらしい用件を作ればいいんじゃないか? 例えばそうだな……プリントを届けるとか」

 と、いうわけでぼくらは職員室へとやってきた。担任の席へと向かい、声をかけた。

「桃原先生、ちょっといいですか」

 呼びかけられた女性はこちらへ振り返ると、怪訝そうな表情をして二人を交互に見た。彼女が頭を動かすと、天然パーマの黒髪がモサッと揺れる。ぼくはとにかくその感じが好きで、一度是非とも心逝くまで触らせてもらいたいと思っているが、なかなかそれを口に出すような勇気は出ない。とはいえ、彼女が持っている大きな胸の方が学生には人気なようで、今日のような縦のセーターを着ている時などは、クラスの男子の何人かが哲学的な顔をしてしまうのだ。きっと、過去に勇気ある(トチ狂った)人が彼女に触らせてくれと頼んだのではないだろうか。だったら髪の毛くらい……いや、何でもない。

「えーっと、安堂くんと紀取くんでしたっけ? どうしましたか?」

「実はちょっとした提案なんですが、ウチのクラスの高知さんへのプリントなぞありましたら、ぼくらが行って届けようと思うのですが」

「あー……、気持ちは嬉しいのですけど、生徒には任せられないんです。それに、こういう事に興味本位で近づいてはいけませんよー」

「……動機はそうです。でも、やっぱり気になるんです。何か、嫌な事があって学校へ来ないというのなら、まだ気を使ったりもできますけど、彼女はまだ一日も登校していないじゃないですか」

「だからワケを知りたい、という事ですか? それは勿論ダメです。生徒達が楽しむ為の話題にされた時、彼女はどう思うでしょうか。決して気持ちの良いものではないはずです」

「……はい」

 キッチリと叱られ、胸の中で罪悪感が急速に膨れ上がっていく。そこで、たまらずぼくが代わるように前へ出た。

「先生、でもいつか彼女が登校する時に顔見知りの一人でも居なければ、そっちの方が辛いと思いませんか。今の内にクラスの情報を少しくらいは知っておいても……」

「それは、私たち教師が親御さんと相談して決める事です。貴方達の言いたい事は勿論分かります。でも、それもしっかりと適任者と選び、適切な時期に行うべきです。責任も重大ですし、何より途中で投げ出せない事なんです。慎重に慎重を喫してもまだ足りません」

 先生の言う事は至極もっともだった。というか、神々しささえ感じた。

「すいませんでした。先生が正しいです」

「分かって頂けましたかー」

 ぼくらは礼をして、そそくさと職員室を出た。

「いやあ、やっぱり俺たち間違ってたな……」

「ああ、桃原先生とは人間としての格が違うような気がする。まあ、良かったじゃないか。ぼくらは人として善い道へと進んだんだ。こんなに清清しい事は無いぜ」

「まったくだ」

 心をデトックスしたせいか、気分はまさに「天にも昇るたぁ、この事だ」といった感じだった。

 教室に戻って帰り支度(教科書類を全部ロッカーに押し込む事)を済ませ、スカスカの鞄を振りながら覚えたての校歌なぞ口ずさんで、下駄箱へと向かった。

 靴を取り出し、適当に地面へと放ると、右の片方だけが靴底を向けた。それを足で適当に直しぞんざいに穿く。

 対して、ブルマコスはというと、ゆっくりと地面に置き、穿く時も踵の所に指を入れて丁寧にやっていた。薄っすらと気づいていたのだが、彼は結構いいとこのぼっちゃんなのかもしれない。仕草に時々、そういう育ちの良さのようなものを感じていた。

 それについて聞いてみようかとしたその時、

「すいません、ちょっといいですか?」

 渋くて重みのある声で呼ばれた。そちらを見ると、いかにも老紳士といった風情の男性が昇降口の外に立っていた。

「なんでしょう?」

「いえ、実は先ほど職員室で桃原先生と話をされているのを聞きまして」

「はあ。もしかして、高知さんのお父さんですか?」

「いえいえ、私は美咲の叔父でして。ああ、でも今は一応、保護者となっているんですけれども」

「ああ、そうですか。もしかして、さっきの事で気を悪くされましたか? すいません、無遠慮でした……」

「ああー、違うんです。そうじゃなくて、逆です。美咲の事を気遣って頂いたのが嬉しかったんです」

「はあ……」

 本日、人格者二人目。もう、とことんまでぼくらの幼さが際立ってしまって本当に恥ずかしかった。

「ええ、それでですね。実はお二人にご相談がありまして……」

「…………?」

「美咲に、会ってみてくれませんか?」


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