一番
それは、合格発表を見に出かけた時のこと。
歩いていると、前に同年代らしい男を見つけた。もしかして目的地が同じなのかなぁ、なんて事を考えていたら、彼が道端で唐突に立ち止まり、すぐ隣の植木に手を伸ばした。そしてそこからショッキングピンクの小さな布を拾い上げた。
角度が良かったせいか、いち早くそれの正体に気づいたぼくはギョッとした。なんとそれは女性用の下着だったのだ!
目前の彼はそれを持ったまま、近くのマンションを見上げた。すると、四階のベランダから顔を覗かせた女性が手を振っており、こちらが気づいたのを知ると、マンションのエントランスへ入るようジェスチャーで促していた。
それを理解した彼は微笑みながら快くその指示に従った。
ぼくは何故かとても気になってしまい、少しだけ彼がどうなるのか見ている事にした。
少しすると、慌しげに先ほどの人物が降りてきて、彼から下着を受け取っていた。なるほどこれでお礼にお茶の一杯でも……なんて事になったりするのかな。羨ましい話だ。あんな派手な下着を着けた女性と…………女性、と? いや、あれは、
「オカマじゃないか……」
しかも、かなり筋肉質。それに理由は分からないけれども、なんだか……すごく嬉しそうな顔をしている。
彼女(と言っておこう)は何を思ったのか突然、ガバッと抱きついた。
「うおお、すごい熱い抱擁じゃないか……。ああ、キス! キスまでしているじゃないか。ああ……」
よほど彼を気にいったのか、オカマは熱心に彼を口説き始めた。
明らかに旗色が悪いらしい事は遠目にもよくわかる。そこでもう見ていられなくなってしまい、ぼくは意を決してエントランスへと入っていった。
「おい、何やってんだ。 早く合格発表を見に行こうぜ!」
突然そんな事を言われ、彼はとても驚いたが、それが助け舟であることをすぐさま理解し、話を合わせてくれた。
「あ……ああ、そうだったな! えっと、すいません、オネエさん。俺たち急いでるんで。それじゃ!」
名残惜しそうなオネエさんを置いてぼくらは足早にエントランスを出た。そして、歩道に出るや否や、猛然と走り出した。短距離走をしているような走りっぷりだったが、爽やかな運動の汗というよりは、恐怖による冷や汗でだくだくだった。