第一話 きっかけ
どうも初めまして。アキサマーです。
みなさんの小説を読んでいるうちに書いてしまいまして、せっかくなので投稿してみました。(^_^;)
中坊の拙い文章ですが、どうか最後まで読んでやってください。m(_ _)m
「らぁっ!」
私は、目の前に立っている男の横っ面を打ち抜くべく、右足を振るう。ローファーの履き潰された踵が、殴りかかろうと腕を持ち上げていた男の頬にめり込む。
鈍い音がした。
「うげぇっ」
珍妙な断末魔を残して、男がアスファルトの地面に倒れこむ。男の鼻から流れ出る血が、降り続ける雨が作った水たまりの中に溶けるようにして消えて行く。
「ふぅ……こいつで終わりか」
少しだけ乱れた息を整え、後ろに振り向く。その先の十字路の角から小さな男の子が顔だけ出してこちらを窺っていた。心なしか、男の子の目はキラキラと輝いている様に見える。そんな男の子の様子に自然と頬を緩ませてしまう。小さな子のああいう憧れの視線を受けるのは、素直に嬉しいと思える。大人の成熟した視線と違って、裏に何も含んでいない。
私は念のため意識を刈り取った男達を一瞥しつつ、男の子に歩み寄って視線の高さを合わせるためにしゃがむ。このくらいの年の子と話すときは、こうした方が話しやすいんだと、何かのテレビで見た気がする。
「大丈夫? 怪我してない?」
私があの程度の集団相手に取りこぼすとは思えなかったが、一応の確認をする。その問いに男の子はとびっきりの笑顔で「うん! お姉ちゃんが守ってくれたから大丈夫!」と答えた。
「そっか。次からはちゃんと前見て歩きなよ? あのお兄ちゃん達みたいに怖~い人達は、子供だからって手加減なんてしないから」
「うん!」
私は男の子が頷いたのを確認して立ち上がる。その時、慌てた様子の女性が、こちらに向かって走ってきているのが見えた。完全に視線が私達に向いているから、おそらくこの子の母親なのだろう。
私がジッと何かを見ているのが気になったのか、男の子が私の視線を追って顔だけを後ろに向けた。
「良太!」
男の子の名前は良太というらしい。ある程度距離が短くなった頃に女性が大声を出して走る速度を上げた。もう疑う余地もないので、この女性がこの男の子の母親なのだろう。
男の子が、「ママ!」と母親の元にパタパタと走り寄っていく。もしかして、この子は迷子だったのだろうか。
「どこうろついてたの! ママから離れるなって言ってたでしょ!」
「ごめ、ん、なしゃい」
母親がグスグスと泣く男の子の肩に手を乗せて叱りつける。それは特に珍しくもない親子のやり取りだったが、親が共働きで海外出張を繰り返す仕事の虫だったため、小さいころから親と外出どころかろくに話したことのなかった子供時代を過ごした私には、とても羨ましい光景だった。
仲睦まじい親子の様子を眺めていると、私の存在に母親が気づく。最初は驚きが主成分だった視線に怒りの感情が混じり始める。
――ああ……またか。
「あなた、良太に何しようとしてたの!」
次に来る言葉に覚悟をした私の耳に飛び込んできたのは、予想通りの言葉だった。
迷子の子供を見つけた時に近くにいた人間が、今の私の様な外見なら、どんな親でもこうするだろう。髪を染め、スカートも短い中学の制服を着た女。これが不良以外の何に見えるというだろう。実際、私は世間一般に不良と呼ばれる人種だ。
男の子はいきなり大声を出した母親をポカンとした表情で見ていたが、言葉の意味に気付くと慌てて私をかばおうと声を出すが、母親が「良太はだまってなさい!」と黙らせる。
「何もしようとしてませんよ。その子が不良に絡まれてたんで助けただけです」
「うそおっしゃい! そんな格好のあなたの言うことなんて、信じられるわけないでしょう!」
じゃあ、私がどう話しても無駄じゃない。口には出さず、喉の奥で引き止める。二週間前もこんな状況で声に出した時は、怒気を通り越して殺気すら感じる視線を向けられた。男性の親御さんだったのだが、頬にあった古傷と決まったパンチパーマのおかげで、すごく怖かった。蛇が出るとわかってて藪をつつくほど馬鹿じゃない。
「なんとか言ったらどうなの」
母親が言った。何を言ってもいちゃもんをつけるだろうに、何も言わないのも駄目らしい。なんという理不尽。学校の教師も、掃除してご飯作るだけで私には見向きもしないアラサーの家政婦も、職質してくる警官も、大人はいつもこうだ。自分の理屈を押し付けてくる。
「これだから大人は……」
――嫌いなんだ。
そう続けようとしたが、頭頂部に受けた衝撃で強制的に口を閉じられた。
「まーた子供に絡んでんのか、じゃりん娘」
――またコイツか。
「お巡りさん! この不良が良太にちょっかい掛けて――」
「あーはいはい、分かってますよ。交番連れて行くんで、あなたはもう帰ってくださって結構です」
私は首だけ後ろに向けて、やれやれと肩をすぼめる男を睨みつける。私の視線に気づいてるだろうに、動揺も怯みもしない。コイツにとって私はそこら辺の不良と同じなんだろう。
どれだけ睨んでも無駄だと諦めて母親と良太くんの方に向き直る。
「お願いします。ほら良太、行くわよ」
「え、でも」
「いいから」
最後に私を一睨みして、母親が良太くんの手を引いて去って行く。私は、親子が十字路の角に消えるまで何の気なし見送った。この光景も、なんだか見慣れてしまった気がする。
「まったく……お前も懲りないねぇ」
ブルーにな私の心境を知ってか知らずか、気の抜けた声で警官の制服を着た男が言った。
「……言っとくけど、私は何もしてないから」
男に向き直り、俯きながら呟く。男の顔は見えないけど、笑っているような気がする。
「わかってるよ。そこに転がってた男どもがあの男の子に突っかかってるところを、お前が助けてやったんだろ?」
「わかってんならあの母親にそう言えばよかったじゃない」
「んなこと言っても信じたと思うか?」
「……思わない」
「そういうこった」
……それはそうだけど、もう少し庇ってくれたってよかったじゃないの。
俯いたまま黙っている私の頭を、大きな手がポンポンと叩く。慰めているつもりなんだろうけど、子ども扱いされてるようで腹が立つ。
「ま、とりあえず交番に行こう。こんなとこに突っ立ててもどうにもならんだろ?」
「……わかった」
ぶっきらぼうなな返事をして、気づかれないように男の顔を盗み見る。男は苦笑を浮かべて肩をすぼめていた。
「あ、砥部さん。遅かったですね」
交番に入った私達を出迎えたのは、即席ラーメンのスープを啜っている婦警さんだった。パイプ椅子を傾けて足だけでバランスを保っている姿は、厳しい試験を越えて警察官になったとは思えない。私の隣に立っている男も「やれやれ……」と溜め息を吐いていた。
「あんた砥部って言うんだ」
「二週間前も自己紹介しただろうに……」
私の問いに溜め息をこぼしながら砥部が答える。……そうだっけ? 言われてみればそんな気もするけど。
私が首を傾けて思案してしいると、婦警さんが持っているカップを見た砥部が呆然とした顔になる。
「俺が楽しみにとってた期間限定ゴーヤチャンプルー乗せラーメン! お前、なんてことをぉ!」
「残念。もう食べきっちゃいました」
砥部を一瞥した婦警さんは、手に持っていたカップと割り箸をまとめてごみ箱に放る。それはきれいな放物線を描いてごみ箱えと姿を消した。
「う、嘘だろ……」
「とってもおいしかったですよ……あれ? その子、二週間前も来ませんでしたっけ?」
交番の床に崩れ落ちた砥部を楽しそうな笑顔で眺めていた婦警さんは、やっと私の存在に気付いたらしく、少しだけ驚きの混じった顔で言う。そういえば前来た時もこの人居たな。名前は……岩城麻里さんだっけ。
「……ああ。今回も大体おんなじ状況だったぞ」
なんとかダメージから立ち直ったらしい砥部が不機嫌そうに言った。何もカップ麺一つでそこまで怒らなくても……。
「へぇ~、また小さいお子さんを助けてあげたんだ。偉いね~」
岩城さんがパイプ椅子から立って、砥部に同情の目で見ていた私の頭を撫でる。
「……子ども扱いしないでください。不快です」
そう言って軽く睨みつけると、岩城さんは両手を頭の横に持って行って「ごめんごめん」と苦笑した。この前も頭をなでなでされて、私が軽く怒るというやり取りをした気がする。
確かに胸もおっきくて大人っぽい岩城さんからしたら、私の洗濯板は子どもに見えるだろうけど。……なんだろう。今、自分で自分を乏しめた気がする。
「そ、そういえば、君って中学生みたいだけど、今何年生なの?」
私が目の前のバレーボール二つを恨めし気に睨んでいると、岩城さんが慌てた口調で私の学年を聞いてきた。砥部も「そういや聞いてなかったな」と私に答えを促すような視線を向けてきた。あれ、この前言ってなっかかな。
「中三です。受験にも受かりました」
「えぇ!? 来年から高校生なの!? 私てっきり一年生くらいかと……」
この人はまた……。
まあ確かに中一とか小六に間違えられることもあるけどさ。夜に私服で出かけたら警官に「お嬢ちゃん、お母さんかお父さんはどこだい?」って職質されたりするけどさ。
「へぇ、どこの高校なんだ? 北高あたりか?」
感心したような砥部が言った。北高とは、この辺りの高校の中でも偏差値が底辺にある学校で、私みたいな不良が集まる学校でもある。
……この男は私を見くびりすぎではないだろうか?
「違う。私が受かったのは来瀬山」
「え!? 来瀬山って……えぇ!?」
さっきから驚いてばかりの岩城さんが信じられないとばかりの視線を私に向ける。砥部も呆然と私を見ていた。この人達……まあ、私のような不良が来瀬山に受かるなんて思ってもいなかったんだろうけど。
ちなみに来瀬山とは、この辺りでトップクラスの偏差値を誇る公立校だ。この辺りのエリートが集まる進学校のくせして校則が緩く、制服の改造は自由というおかしな学校だ。9個ある教科中、8つの教科を5でキープしてきた私は、余裕を持って受験できた。
「お前、そんなに賢かったのか……」
砥部が顔に驚きを浮かべながら言った。
「うっさい。どうせ私みたいな不良は北高だとか、西高あたりしか行けないって思ってたんでしょ」
私がふてくされたように言うと、砥部は申し訳なさそうな苦笑を浮かべた。どうやら図星だったようだ。こいつも所詮ただの大人か。……大人は今までの経験で作られた色眼鏡越しに他人を見る。だからあの母親も、ここの警官も、私をそこらへんの不良と同一視する。
「これだから大人は嫌いなのよ」
私は、いままで何度も口にした言葉を呟く。その声が聞こえたのだろう、岩城さんと砥部の顔に何とも言えない表情が浮かぶ。
「……もう帰る」
黙って何かを考えている砥部と岩城さんを一瞥し、立ち上がる。
「まあ待て」
交番の扉のノブを掴んだところで呼び止められる。振り向けば、苦笑を浮かべている砥部の顔があった。隣の岩城さんも同じような表情をしている。
砥部はばつが悪そうに頬を人差し指でかいた後、口を開いた。
「俺が悪かった。すまん」
「私も子ども扱いしてごめんね」
二人が示し合わせたかのようにピッタリなタイミングで頭を下げる。
「……いいわよ別に」
私は煮え切らない気分でノブを回して扉を開く。ちょうつがいがキィっと音をたてた。
私の感情が拗ねた子どもの我儘だってことぐらい自覚してる。でも、それでも大人が信じきれない。どうしたら信用できるのかがわからない。
「だから待てって」
扉を開いて一歩出たところで、また砥部に呼び止められる。
「何よ」
今度は振り返らず言葉だけ返す。
「そうだな……確か来瀬山はバイトしても問題なかったよな?」
何を企んでるんだろうか。そう思いながら暗記している来瀬山の校則を思い出す。確かにいかがわしい方面のバイトでなければ問題ないようだ。
「そうだけど」
「ならさ、俺の弟が店長やってるコンビニでバイトしてみないか?」
「コンビニ?」
いったい何を言い出すんだ。私がコンビニのバイトをしてなんになるのだろうか。思わず振り返り首を傾けた私に、砥部はにっと笑顔を見せてから口を開く。
「大人のことが信用できなくてふてくされてるんだろ? なら大人と同じ様に働けば、少しぐらいはマシになると思うぞ」
そう言う砥部の隣では岩城さんが「なるほど」と頷いている。
その提案は私にいい結果をもたらすのか、悪い結果を持ってくるのかわからない。けど、私はそれも悪くないと思っていた。
「……考えとく」
そう答えて、交番の外に出て扉を閉めた。
「コンビニか……悪くないわね」
そんなことを呟きながら口角をあげながら、私は家路に着いた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
受験がもうすぐそこまで迫ってますので更新もまちまちになると思われます。
10/21 ちょい修正