正義のヒーロー……なのかこれは? 前編
「……はぁ」
下校中。涼太は盛大な溜息をつく。
異世界ファンタジーに幽霊オカルト……次はどこに行かされるのか。
じぃ、と携帯を見つめる。
一通のメール。
題名、早く来い。
本文、早く来い。
……アリスさーん? メールの使い方わかってますかー? 題名と本文が同じ内容なんて巷のお母さん達でもしませんよー?
あの幽霊事件後、涼太はアリスの機嫌を直すのにかなり苦労した。イチゴ大福にかなりの金を費やした。そう。 今月のお小遣いは一晩の夢の如く……。
(あんの甘党モンスターめえええええ……)
少女の説明。シャルの説明。ビルでの出来事。
アリスさんは全然信じてくれなかった。とくにシャルの話を。自分アンデッドのくせに「そんな話信じられるか!」だと。摩訶不思議とはこのことである。
霊能力少女。名前は柚葉、と言うらしい。
『あたしの霊能力の異次元級の高さによりあんなことになっちゃいましたー。てへ✩』
とかいう可愛らしい説明しか受けていない。まだ小学生らしい。
(俺の何かが目覚め……ごほん)
と、まぁ、諸事情で住む所が無かったらしく、あの幽霊ビルにいたらしい。今はアリスの家に居候中、そこから学校に通っている。
色々理由があるらしいが、アリスは特に興味も無い様子だ。「特異な能力者は大歓迎だ」としか言っていなかった。
「異世界、幽霊ときたら……次はSFモノかな? はは――」
ドン!
「あいたー」
「いたたたたたた」
角を曲がった途端、人とぶつかってしまった。
む? このロマンチック衝突は女子高生……ではなく、男か。つまらん。
ぶつかった衝撃でこけてしまった男を見れば、うちの高校の制服ではないか。というか、たしかクラスの……
「あれ? 十文字?」
「あ、く、神代!?」
涙目でこちらを見てくる男はクラスメイトの十文字正宗で間違いなさそうだ。
名前が衝撃的すぎてよく覚えている。こんな正義の味方みたいな名前の人間はそうはいないだろう。
まさかこちらの名前を知っているとは思わなかったが。
涼太はクラスでも誰ともほとんど会話を交わさない。てか、交わす友人などほぼいない。規千華くらいだろう。
「すまん。大丈夫?」
「だ、だだだだ、大丈夫だっ!! 全然! へっちゃら! ムッキムキ!」
手を伸ばしたらかなり慌てふためいた様子で十文字は立ち上がる。嫌われているという様子ではなさそうだが、 ……ムッキムキ?
「それならよかった。……下校中か?」
「そ、そうなんだ。走って帰ったほうが早いからそうしてたんが……まさか神代にぶつかるなんてな、すまなかった」
子どものような理由だが、十文字ならありえる。
活発なスポーツ男子という印象が一番だろう。体育ではとにかく目立ちまくっている。なのに、部活は一切やっていないというのが不思議だ。助っ人で色々な部活からご指名はあるようだが。顔も性格も良いものだから女子に モテまくる。つまり、涼太とは正反対のリア充一直線。たしか彼女もいたはず……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。
「殺……十文字の家ってこっち方面なのか?」
「ころ? い、いや、家はこっちじゃないんだが……野暮用で、な」
「「「「キーっ!!」」」」
――突然、奇怪な奇声が聞こえた。
涼太の目前には異様な光景が広がっている。
涼太は素早くメールを打ち出す。
題名、アリスさん。事件です。
本文、俺の目の前で全身タイツの悪の戦闘員らしい格好をしたやつらがいます。しかも囲まれてしまいました。
暗くなってきているとは言え、夕方の住宅地の道路の真ん中です。
現実逃避を考えていますがどうしたものでしょうか?
ナイスアイディア求む。
ポチ。送信。
「く! こんな時にっ!」
十文字はいまいましそうに悪の戦闘兵らしきやつらを睨みつける。
――ん? この状況に……驚いていない?
「すまん! 神代!」
ドガァッ!!
ボキ。
「ぐっふー!?」
十文字の見事な延髄蹴りが涼太に決まる。キラキラと走馬灯が流れ、涼太は地に伏した。
「よし。これで大丈夫。……怪人ども! よくもこんな時に現れたな!」
お決まりのように十文字は周りを囲む戦闘兵どもに言い放つ。
(これは気絶させたつもりなのだろうか? ていうか、アンデッドじゃなかったら今の一撃かなりやばかったように感じるのだが。ボキって音鳴ったよ? 首からボキって。うん。死んでたんじゃね?)
「ほんとに……よくも……よくも……こんな時にぃぃぃぃぃぃぃ」
あれ? 十文字くん?
「キラージャスティスチェェェェェェェェェェェェンジィィッッ!!」
こ、これはっ!?
ピカーっという擬音がぴたりとあてはまるように十文字の体が眩く輝きだす。
(まぶし――)
涼太は急激な眩しさに目を瞑る。しかし光は一瞬だった。おそるおそる、ゆっくりと目を開ける。
「キラージャスティスレッド、推参!」
ま、まさか!? これはかの有名な……変身ヒーローというやつなのではないか!?
十文字の姿は高校生の制服からコスプレじみた服装に変化している。
顔は全然隠していないようだが……。
「悪の組織デビルメーカーの戦闘員ども……神に代わって――」
おお! 決め台詞! まさに変身ヒーロ
「天誅下してやんよゴラァァァァァァァァァァァァァっ!!」
いぃぃぃやぁぁぁぁ!?
なんて殺意に満ちた決め台詞!? そしてなんと悪意のある顔つき!?
正義の味方どころかひぐらしが鳴いちゃいそうだぜ!?
てか、十文字! キャラ変わってるぞ!?
「ジャスティス……パンチっ!!」
悪の戦闘員数人がキラージャスティスレッドの技に吹っ飛ぶ。
そしてパンチではなくラリアット。
「ジャスティス……キックっ!!」
悪の戦闘員数人がキラージャスティスレッドの技に吹っ飛ぶ。
そしてキックはキックでも……シャイニングウィザード。一瞬の魔法使い。
「そして喰らえ! ジャスティス……スローっ!!」
悪の戦闘員一人がキラージャスティスレッドに捕まるとそのまま……エメラルドプロージョン。
ふむ。
最近のヒーローはプロレス技を中心に戦うのか。
でもあの顔つきはどっちかっていうとヒーローじゃなくて……ヒールだぞ?