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いや、まじでホラーだけは堪忍してください!!  中編

「――で、なんで俺のことハニーって呼ぶんだ?」

 薄暗い廃ビルの中を涼太は少女について歩く。

「ハニーは特別だからねぇ。すっごい良い魂持ってるもん」

「良いとか悪いとか何でわかるんだよ?」

「んー……味?」

 ぴたりと涼太は歩みを止める。

「どしたの? ハニー?」

「……たのか」

「え?」


「俺の魂食べたのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」


(なんてことだ! すでに俺の魂が無きものに!? 神よ! 俺にいったいどれだけの試練を与えれば気が済むのですか!?)

「んー……まぁ。食べたね。えへ☆」

 こつんと自分の頭を叩く少女。

 うわぁ。可愛いー。癒されるー。

「……で許されるか! 普通ここは食ってないってのが筋でしょ!? フラグでしょ!? セオリーでしょ!?」

「いいじゃん。減るもんじゃないんだし」

「余裕で減ります!!」

「え? あれぇ? もしかしてハニーわかってないの?」

「……何をだよ?」

 じーっと少女は涼太の顔をまじまじと見つめる。

「な、なんだよぅ」

 て、照れる。女の子にそんな凝視されたことなどないのだから。

「んー……あれ? ちょっと違うなあ? 偽物?」

「失礼な!? 俺の顔見て偽物とはなんだ!?」

「え? あ。あはははは。気にしないで。こっちの話だから。とにかく。ハニーの魂は減らないんだよ。何があっても、ね」

 まったく話が見えない。

 魂が減らない?

 ゲームじゃないんだし。

「どうゆうことだよ?」

「えっと……魂ってどーゆーものかわかるぅ?」

「……」

(そんな宗教的なこと聞かれても……)

 きょろきょろとあたりを見回した少女はそばにあった花瓶を手に取る。

「これ。なーんだ?」

「なめてるんですか? 水の入った花瓶だろ?」

「そう! 偉い! 百点! 花丸あげちゃう!」

 頭を撫でられた。

「だから! それが! なんなのさ!?」

「つまり、この瓶が魂で中身の水がハニーってこと」

 瓶が魂で中身が俺?

 ん?

 普通……

「逆じゃないのか?」

 中身が魂で器が体という解釈が普通ではないだろうか。

「ブブー! 馬鹿! 0点! ボッシュート!」

 中指立てられた。

「ひどい言われようですな!?」

「魂ってのは永遠に輪廻転生するもんなんだよ。中身が毎回変わるだけなの」

「りんね……てん……せい?」

「コップのリサイクルって言ったらわかる? 洗って何回も使うでしょ? 飲み物はその時々によって違うけどさ。だから死ぬっていうのは……こういうこと」

 少女は花瓶を逆さにする。

 中の水は勢いよく地面に流れ。

 ついには、瓶は空になる。

「これが死、だよ。んで、魂であるこの瓶は冥府に帰り、浄化されて、また違う中身、生を与えられるのさ。これがこの世の成り立ち。ルール」

「ん。なんとか理解できた。それじゃ君のやっていることは冥府に帰る途中の魂をいただきますすることか?」

 

 ゴン!!


 思いっきり頭殴られた!

「痛い!? 何すんだよ!?」

 涼太を殴った少女はさっきと一転、とても悲しそうな顔をしていた。

 今にも泣き出しそうな。

「悪魔の仕事、なんだと思ってるの! ボクたちの仕事は冥府に帰りそこなってる魂をちゃんと冥府に帰すことなんだよぅ!」

「だって食べてたじゃん……」

「ボクたちのお腹の中は冥府に繋がってんの。それに食べてるのは魂じゃないよ。こっちだよ」

 少女はひょいと空の瓶の中を指差す。

「……何も入ってないぞ?」

「よく見て。……水滴、ついてるでしょ?」

 確かに。水の無くなった瓶にはわずかながら水滴が付着している。

「これがいわゆる『霊』ってやつ。生きていた頃の残骸、残りかす。もう本人は死んで無くなってるの。思い。執念。恨み。そういった残骸だけが魂にすがりついて、うろうろとこの世を彷徨ったり、生きているものに迷惑かけたり……」

「中身が少しでもあると冥府には帰れないんだよ。レストランでもそうでしょ? お皿の上に少しでも何か残ってると引いてくれないでしょ?」

 なるほど。

「……皿をきれいに洗って冥府に送るのが君の仕事、というわけだな。……悪く言ってごめん」

 少女は涼太の言葉を聞いてにっこりと微笑む。

「いいよ。素直なハニーは特別に許す☆」

 やっぱり。すげー可愛いな。この子。

 笑った顔が特に。

「それで、だ。俺の魂が減らないってのは?」

「悪魔が人に何か教えるのはダメなんだけどなぁ」

「もうかなり教えられてますけど?」

「ま、ハニーはもう人じゃないし、いっか☆」

「改めて言われるとこう、なにか切ないものがこみ上げてきますな……」


「――ふし……ゆう……」


「へ?」

 少女が不釣り合いにもぼそりとしゃべったので涼太は聞きとることができなかった。

「まぁ。誰の行いかは知らないけど、ハニーの場合は中身の水がね、例え飛び出しちゃっても即元通りになっちゃうんだよ。ビデオの巻き戻しみたいにさ☆」

「アンデッドとは……違うのか?」

「違う違う! ぜーんぜん違うよ!」

 よけいにこんがらがってきた。

(俺って、いったい? 何なのだ)

「んぁ! 頭こんがらがってきた。やめだやめっ! 俺みたいな頭悪い奴がいくら考えても仕方ない」

「あはは。それでいいと思うよぅ。ちょっとばかし難しい話だかんねぇ」

「が、最後に一つ聞いておきたい」

「ん~? 何かなぁ?」

「名前、聞いてなかったよな?」

「……ふふふ」

 少女は涼太の言葉を聞いて笑みをこぼす。

「何がおかしいんだよ?」

「やっぱ、ハニーは面白いねぇ。悪魔に名前を尋ねる人間なんて、まぁいないよ?」

「そう……なのか?」

 涼太は少し恥ずかしくなってぽりぽりと頭を掻く。

「ボクの名前はシャルプフェル=イリリアンティゴリア=グラーチェ=ビュッヘンバッハ……」

「しゃる……すまん。もう一度言って

「サラリブェル=コリアンターニャ=モーノスグスキエラータ……」

「まだ名前続いてたの!?」

「ん? まだ半分も言ってないよぉ?」

 今ので半分も言ってないのか。

 何かの呪文ではなかったのか。

「……シャル、でいいか? 呼び名」

「うん☆ いいよぅ! さぁさぁ自己紹介も終わったし! 張り切って行こうね!」

 ふんふんと鼻歌まじりにシャルは涼太の前をずんずんと歩く。

 暗くてじめじめして嫌ーな空気が半端ない場所だが。

 シャルの笑顔と明るさはそれにも勝って心強かった。

 そして可愛い。かなり可愛い。ものすご――――く可愛い。

 涼太を安心させてくれるのだ。


 ――悪魔なのだが。


 ◇


「んでさ、さっそく交渉に入りたいんだけどぉ」

 前を歩いていた少女はくるりと振り返り、にっこり笑ってそう言った。

「交渉?」

(はて? なんの交渉だ? 交渉と言うからには双方にとって利益ある事案が……)

「魂のけ・い・や・く☆」

 シャルはウインクしながらそう言った。

 かーわーいーいー。

「――はっ! いやいや!! 魂の契約!? いきなりリスク高すぎないか!? ハイリスクノーリターンじゃない!?」

「いいじゃん☆ ハニーの魂は無くならないんだしぃ」

「そうかもしれんが……俺にはなんのメリットがあるんだよ?」

「んー……目的地にすぐ着いたり~、物件が安くなったり~、相手が一マスしか進めなくなったり~……」

「桃鉄!? 有利なの桃鉄だけなの!?」

「まぁいろいろだよ。い・ろ・い・ろ! コンビニくらい便利なんだけどなぁ」

 うーむ。

 便利かぁ。便利、べんり、べ……

「――はっ!? いやいや! 魂の契約だろ!? 通販じゃあるまいし! 双方の利益ではない! 不平等条約さ!」

 涼太はぶんぶんと頭を振った。

「ちっ。まぁ別に時間制限も無いことだしゆっくり考えてみてよ✩」

 え、今、舌打ちされた? 詐欺られるとこだったのですか?

「……うむ。考えとく――っと?」

 

 話しながら歩いていたから恐怖も無く、気づけば涼太達は大きな扉の前に着いていた。

「ここは?」

 扉の上部、プレートがついている。かなり埃まみれで読みづらいが……

「社長室。ここが最上部か」

「だねぇ。ラスボスだねぇ。心の準備はいいかにゃ?」

 シャルはいたって変わらずにこにことしたままだ。

「ちょ、ちょいまち! ここは大きく深呼吸してから――」


 ガッターン!!


 勢いよく扉が開く。

 勝手に開いたわけではない。

「ラスボスさーん? いますかぁ?」

「シャルさーん!? 心の準備の暇も与えてくれないんですね!?」

 扉は開いたが、中は真っ暗で何も見えない。

「真っ暗で何も見えんな」

「まかせて! ひっさつぅ! デビルライトぉ!」

 シャルがそう叫んだ瞬間部屋がパァっと明るくなる。

「おお! すげぇ!」

 涼太は驚きと興奮をもってシャルの方を見る。


 シャルは入口付近にある電灯のスイッチを押していた。


「……」

「……」

(こいつ。引っ叩いてやろうか)

 じとりとした目で涼太が見ているとシャルはあわてて説明する。

「い、いやさ。電気がこの部屋だけ生きてるってのもおかしな話だよねぇ!」

「とってつけたような説明ありがとう。まぁ、たしかに」




『……て』




 声が、聞こえた。どこかで聞いた声。そう。そうだ。この建物の、入り口で聞こえてきた声色だ。

 声の方向、部屋の最奥に誰かが立っている。

 こんなクソ暑い季節に全身黒いフード付きの服なんか着ているから、どんな容姿かはまったくわからない。

 ただ身長はそれほどない、異世界の魔王様といい勝負、といったところ。

『……て。……うぅ!』

 何かを言おうとしているのだろうが、かすれ声でよくわからない。

 そいつはその言葉を発した後、突然苦しみ始めた。

「お、おい! 大丈夫――」


『あああああああぁぁぁぁあああぁぁあぁあぁあぁ!!』


 そいつが苦しむ声を上げた瞬間、黒い風のようなものがそいつの周りを取り囲みながら渦を巻く。ちょうど竜巻のような感じだ。

「な、なんだ!?」

「ほぅ。これはこれは……」

 シャルが目を大きく開けてふんふんと頷く。

 黒い竜巻はどんどん大きさと勢いを上げる。

 もう、中心部にいた何者かは、まったく見えない。

「これはいったいなんなんだ!?」

 風の勢いに耐えながらシャルに質問する。

「これはかなりレアだねぇ」


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』


 獣の咆哮に近い。

 黒い竜巻は巨大な黒い人型の何かに姿を変えたのだ。

「これがここのラスボスだねぇ。頑張ってねハニー☆」

 こんな状況なのに笑顔でシャルは俺の肩を叩く。

「頑張れとな!? あれはなんなんだよ!?」

「霊の集合体ってやつ? 普通、霊が合体するなんてありえないんだけども。さっきの子が核になってるのかな? しかもあの大きさと密度、何十なんて数くらいの霊じゃない……下手したら数千かも」

「す、数千!?」

 数千の霊?

 そんな馬鹿な。

『グォォォォォォォオオオオオオオ……!!』

 黒い巨人が咆哮をあげて俺達の方に獰猛な速度で近づいてくる。まるで猛獣だ。

 

 うわぁ。すんげぇ怖い。

 アニメで見たことあるぞぅ。

 もののけ姫のたたり神っぽいなぁ。

「とか冷静に分析してる場合じゃねぇ! ……逃げちゃ、ダメかな?」

 シャルにこそっと聞いてみる。

「あれをなんとかしないとこの建物から出れないみたいだよ? あんなやつぶっ飛ばしちゃいなよハニー。 ボクは見物しとくから☆」

 ぱたぱたと小さな翼を羽ばたかせ、シャルは安全な天井付近に移動する。

「うっわ! それずるくないっすか!? 霊の集合体なんだろ? シャルさんの仕事ですよ!!」

「あんなの食べたらお腹壊しちゃうよー。ファイト☆」

 ばちこーんとウインクするシャル。

 仕事放棄か! いや、そもそも俺の魂が美味しいとか言ってた様子、仕事の話も嘘か真か!?

 くっ! この悪魔めっ! ……あ、本物か。

『グゥアアアオアオアオオオオアオアオアオオア……!!』

 もぞもぞと体中が蠢く黒い物体はもう、涼太の目前まで迫っている。

「くっそ! やるしかねぇのかよぅ!」

 

 ――あ。


 やるしかない、か。


 万年やる気無しの涼太から、普通に出た言葉。あまりに普通に出たものだから、くすりと涼太は笑ってしまった。やる気が無いのにやるしかない、とは。矛盾もいいところ。つまり、もうやる気の無い涼太では、ないということ。ちょっと前までの涼太なら、ありえない言葉だ。

(誰がこんな俺にしてしまったのだろうか?)


 まぁ、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 こうなったら、今こそ見せる時!

 思い出せ!

 辛く苦しい修行の日々を!

 鉛に貫かれる感触を!

 これが今の俺の、俺の全ての――


「力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ!!」

 涼太は黒い獣に、思いっきり叫びながら、懐にあったものを取り出した。



「私こういう者です! 以後、お見知り置きをっ!!」


 ビシぃっ!

 

 決まった!

 完璧なまでの名刺の渡し方だ!

 

「……アホだ」

 天井のシャルがこけそうになりながら言った。

 もちろん黒い獣は突進してくるままだ。そのまま涼太と接触する。

「ぐむ!?」

 コンクリートに衝突するようなイメージだったのだが。

 イメージとは全く違った。衝突するどころか黒い獣の中に入ってしまった。

 霧、と言えばわかるだろうか。 真黒な霧の中に入ったような感触。霧のくせに質量があるかのように涼太の体中を不快な感触が這いずり回る。

「な、なんだこれ!? あ、やば――」

 獣の内部に入った瞬間から体の自由がきかない。

 というか、どんどんきかなくなっているのだ。

「う、動けな――」

 俺のビジネススキルが役に立たないとは……

 

 これ、まで、か……


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