異世界って世界征服に含まれないと思う…… 前編
「おぉ! 勇者様の御光臨だ!」
多くの人が集う中世の城の謁見室のような場所。
地位が高そうな豪華な衣装に身を包んだ老人はそう言った。
「これで世界は救われるのですね! 王様!」
王様と呼ばれた老人の横で喜ぶ女性は大臣のようなものなのだろうか。
これまた高価そうな、ローブと呼べばいいのか、そんな衣装は知的なイメージを連想させている。
「うむ。勇者様は魔王を倒し、この世界ファーブニルを救ってくださるであろう!」
王様万歳! ファーブニル万歳! 人々が声をあげる。
「……はい?」
いったいぜんたいどうなっているのですか。WHY?
「いや、俺は
「我がアルパレス城で装備を整え、魔王退治に旅立つのだ! 異世界の勇者よ!」
王様と呼ばれた老人は高らかに涼太に言う。
うぉぉぉ! という大歓声が場内に響きわたる。
……なんだこれ?
てか、俺の話を聞けよ。くそじじい。
冗談はアリスだけにしてくれ。
まだ自分の状況すら理解できていないというのに。
……とにかく一度、頭を整理してみよう。
整理できるのかもわからないが。
……ことの顛末は本日、土曜日、朝九時に遡る。
◇
「――あのぉ。アリスさん?」
「なんだ?」
「これはいったいどういうことでしょうか?」
「見ればわかるだろう?」
「いや、見てもわかんないんですけど」
「お前にはこれから――」
アリスは思わせぶりに、言葉を飲み。
「――異世界に行ってもらう!」
無理難題を吐き出した。
土曜日の朝九時、律儀にアリスを訪れた涼太は庭にあるわけのわからない乗り物に乗せられ、わけのわからない事を言われていた。
ロケットのような物にいきなりぶちこまれたかと思えばさっそくこんな感じである。
「説明が不足しすぎだ! ちゃんと説明しろ!」
「組織のウルトラコンピューターは我らの世界制服の邪魔になるであろうものをサーチすることができる」
ロケットに繋がれた未来的な装置をピコピコガチャガチャ操作しながらアリスは答えた。
「ウルトラ……コンピューター?」
「そうだ。そのウルトラコンピューターがサーチした次の目標は異世界だ。だから先に偵察としてお前を送り込む」
「いや、異世界偵察って……百億万歩ゆずって異世界があったとしてもだ……世界が違うんだから世界制服には全く関係ないん
「正宗の初仕事だ。頑張れよ」
人の話しなんぞ全く聞かずアリスはポチとひときわ大きなボタンを押した。
ズゴゴゴゴ!! と、大きな音とともに涼太の乗るロケットのようなものが動きだす。
「おい! かなり揺れてるが安全性とか大丈夫なんだろな!? これ!?」
「安全性?」
アリスは首をかしげる。
「お前はアンデッドなんだし、安全性は関係ないだろ?」
「ちょっ――」
ドゴゴゴゴゴ!!
涼太が言い切る前に自称異世界行きロケットは発射した。
「ちょっと待てええええええええええええええええ……!?」
◇
――という具合である。
ものすごい重力と居心地の悪さに外の風景なんぞに目を向けるヒマは無かった。
気がついたら着地音とともにここにいたというわけである。
いや、着地というより衝突。
一回あれで死んだ。いや、死んだ気がするというだけなのだが。いや、絶対死んだ。
そしてロケットから出てすぐ勇者様万歳?
どういうことなのか。
というか本当に異世界なんぞに来てしまったのか?
誰かの大げさなドッキリ?
(てっきり異世界という名の外国とばかり……)
ふと我に返るとさっきまでいた大群衆はいなくなっていた。
勇者万歳の時間はもう終わったのだろう。城の謁見室らしい大広間にはもう大衆はおらず、老人と側近、そして涼太だけがたたずんでいる。
「あのぉ……」
とりあえず王様と呼ばれた老人に声をかける。
「何かな? 勇者殿」
「話しが上手く読み込めないんですけど」
「おぉ。すまんすまん。確かに異世界から来てすぐにこれでは理解できないな」
当たり前だ。目的を持って異世界に来る勇者とやらでもこれでは理解できんだろう。
「フィーナよ。勇者殿に説明を」
側近の女性はフィーナという名前らしい。フィーナはかしこまりました。説明をし始める。
「申し遅れました。私はアルパレス王国宮廷魔術師フィーナ=リンデバーグと申します。現在この世界、ファーブニル、は魔王率いる魔族の恐怖にさらされています。このままでは世界の破滅、人間は滅ぼされてしまうでしょう。」
「それを防ぐため、アルパレスに伝わる伝説通り、異世界の勇者を召喚したのだ」
二人の説明はファンタジーでは王道中の王道、ありきたりな話。
だが、完全に間違っている部分が一つ。
涼太は召喚された覚えはない。
無理矢理アリスに送り込まれただけ。
ふと、涼太が墜落した場所に目をやる。
乗ってきたロケット……
おい、なんか下から血のような赤い液体が滲み出ていませんか?
てか、ロケットの下から手が見え……
……もしかして。
――本物の勇者様……殺っちゃった? ロケットが原因?
(ははは。あはははは。俺のせいでは全くもってないけども。あはははははは)
涼太は冷や汗をだらだらかきながら、これは後戻りできそうにない、と腹をくくることにした。
(異世界だとかファンタジーだとか考えてる場合じゃ、ない)
「……で、魔王とやらはどこにいるんですか?」
「魔王はアルパレス城を出てまっすぐ北に位置する暗黒の森 に居城を構えています。何も無ければ半日で到着できるでしょう」
「わかりました。時間もなさそうなのでさっそく出発したいと思います」
そう。早くこの場から去らなければ。
ロケットの下の勇者様が発見されたら涼太が魔王になってしまうだろう。
「さっそく出発なされるか! さすが勇者殿! 装備や仲間はどういたしますか? 最新の装備や屈強な戦士もアルパレスにはおりますが」
「いや、いらないっす」
「だ、大丈夫なのですか……?」
フィーナも王様も目を丸くしている。
まぁ普通なら装備も整え、屈強な仲間と共に魔王討伐とやらが王道だ。
が、そんなことは涼太には関係ない。
時間もないし俺は勇者でもないし……アンデッド、らしいし。
アリスには偵察を、と言われている。無理に勇者する必要は全くもってないのだ。
とりあえず状況の確認、情報の取得。
というか、一刻も早くこの場を去りたい。
みんな。ロケットの方は見ちゃダメだからねっ!
涼太は二人に踵を返し、颯爽とその場を後にしたのだった。
◇
「――この道をまっすぐ行けばいいんですね?」
城を出てまっすぐ暗黒の森へと続く道を指差し、問う。
「ええ。……勇者様。本当に装備も仲間も無しにお一人で行かれるのですか……?」
フィーナは心配そうに尋ねる。
「ええ。たぶん大丈夫ですよ。では」
涼太は心配そうなフィーナを横目に魔王城とやらに出発する。
――ふりをする。
てってと歩いて、適当な木があったので、木陰に腰を下ろす。
だって。偵察だもん。勇者じゃいないもん。秘密組織の平の構成員だもん。
というか無理に色々とする必要はないのだ。後からアリスも来ると言っていた。
何よりも……
めんどくさいのは、ごめんだ。
(とにかく、何とか帰る方法を……)
「あら。勇者様。こんなところで何をしておいでですか?」
何の気配も無く、急に声がしたものだから、涼太はびくりと肩を震わせる。
いつの間にいたのか、フィーナがそばでくすくすと笑っていた。
「ふ、フィーナさん? あ、いや、その、ちょっ
「私、魔法で勇者様の動向を見るように言われたものですから、急に腰を下ろされましたので……まさか、魔王を倒しに行かない……なんて言いませんよね?」
ギクリ。
フィーナは優しく微笑んでいる。
何だろう。フィーナの笑顔が、とても邪悪に見えるのは気のせいだろうか?
「あはは。そんな。まさか……」
「あは。ですよねー。私の召喚儀式が失敗するはず無いですものねー」
ギクギクリ。
まさか。もしや。否。そんな。馬鹿な。
「本当の勇者様は、異世界からの来訪者によって轢き殺されたなんて……笑い話にもならないわよねぇ?」
あ。
フィーナは素晴らしい笑顔のままである。
だが、目だけは、全くもって、笑っていない。
恐ろしく冷たい、三日月が口に張り付いたような、微笑。
「もし、そんなことがあったとして、轢き殺した者はどうなっちゃうのかしら? 火あぶり? 石打? ギロチン?」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?
「私、儀式が失敗したなんて不名誉、いらないの。だって、失敗なんてしてないもの」
「ああああああああの、そそそそそそその」
ガクガクガクブルブルブル。
「私の言いたいこと、わかるよね? これは、お願いじゃないの。取引であり、契約。乗り物の下のゴミは、私が片付けた。じゃあ君は、どうすればいいか」
フィーナは腰に付けた短刀を引き抜き、涼太の頬にぺたぺたと当てる。
「わかる……よね?」
泣く子も黙るであろう、凍えるような、冷酷な笑み。
(こ、こここここ、怖ぇえええええええええええええええええええええええええ!!)
「イエッサー! 大佐! 自分は、全力をもって、魔王を倒しに向かうでありますぅ!!」
涼太、涙目、涙声。
「ふふ。それでいいのよ。ゆ・う・しゃ・さ・ま。いつでも、見てるから、ね?」
(異世界は俺に理不尽にできているんだあああああああああああああああああ!!)
全力疾走なんていつ以来だろう。
汗が目に入り過ぎて前が見えないぜ、ちっくしょー!!




