アンデッドという名の就職!? 後編
――と、いうわけだった。
いや、というわけですらわからない。
(やっと着いたぜ……)
額からあふれ出る汗をシャツの裾で拭う。
学校を出てから一時間三十分。やっと目的地に着いた。
涼太は死んだ。
そう。涼太は死んだのだ。
でも、実は生きていた、とか。
実際、今、こうして息もしているし、意識もあるし、学校にも通っているわけで。
つまり、そういった意味不明な事態の答えを知るため、涼太はここに来たのだ。
◇
――昨晩、気を失った涼太は、はっと気がついた。
目の前がぼやけてあまりよく見えない。
「ここは……天国か?」
意識がはっきりしないままつぶやく。
「いや、日本だな」
涼太の問いに対する返答は即、目の前から聞こえた。
「う、うわぁ!?」
視界がはっきりしてすぐにすっとんきょうな声をあげた。
だって。目前、視界画面いっぱいにひろがっていたのはあの少女の顔だったのだから。
例の、死なない少女。
どうやら涼太は少女に膝枕をしてもらっていたらしく、顔を覗きこまれていたのだ。
「ふむ。気がついたな」
そう言うやいなや、少女はすっくと立ち上がる。
もちろん膝枕をしてもらっていた涼太は豪快に、地面に頭を強打した。
「痛っ……あれ?」
コンクリートに頭を強打したのだ。
強打……したのに、だ。
「痛く……ない?」
もしやこの少女は通りすがりの天才無免許医で神の手とも呼べる医療を俺に施し、俺はその手術時に使用された麻酔がいまだに効いていて痛くないのか、実はコンクリートの上には犬の糞があってウンだけに運よくそれに頭がぶつかったから痛みは無かったとかなんとか考えるが……せめて前者であってほしい!!
「痛いはずがあるか。死者に痛みなどない」
考えは少女の感情無い言葉にばっさり切り捨てられてしまった。
「は? 死者って……俺は今、生きてるじゃないか?」
意識もある。話だってできる。呼吸もしてる。これが生きてるってことだろう?
「いや。お前はもう、死んでいる」
次の瞬間あべしとか言って内部から爆発しそうなセリフとともにびっしりと額に指をさされました。
「ぜんぜん意味がわからん! いったいどうい
「明日ここに来い」
言葉が最後まで終わりきっていないというのに少女はそう言うと一枚の紙切れを涼太に渡す。
「……なにこれ?」
紙には小学生が描いたような絵があった。いや、幼稚園かな? いやいや、今時幼稚園生だって……
「明日その場所に来い、色々、教えてやろう」
少女はそれだけ言ってくるりと背を向け、歩き出す。
「ま、待ってくれ!」
言った時にはもう少女の姿はそこには無かった。
いやいや。待てよ。聞きたいことがあるんだよ。
俺はどうなったのか、とか、刀の少女はいったいどこにいったのか、とか、刺されたはずの傷が俺にもお前にも無いのはなぜか、とか、そもそもお前は何者なのか、とか。
そんなことよりも!
この紙……『その場所に来い』ってことは地図なんだよな? 地図なんですよね?
こんなミミズがはったような、暗号だらけの、地図だと認識できない絵で、どうやって行けばいいんだよおおおおおおおおおおっっっ!?
涼太の心の叫びを満月だけが見ていた。
◇
――ああそうだ。
学校を出てから一時間三十分? 着いてみればどうということはない。学校から十五分くらいの場所だった。ていうか、下校ルートだ。
……とにかく、だ。
全ての謎はこのぼろい一軒家で解けるはずなのだ……たぶん。
いつもの下校時には気にもしなかった一軒の家。目的地だとわかってからよくよく見ればこのコンクリートジャングルでは珍しいものだ。
木造、瓦屋根の二階建て、古風な家である。
表札には「神無」と書いてある。
「かんな」と読むのか「かみなし」と読むのかは不明だ。
古い家だが表札の脇にはインターホンがある。
(よし。これが謎の究明への第一歩だ)
ピンポン
複雑な心境とは裏腹に間抜けに思えるほど聞き慣れた音が鳴る。
「……誰だ?」
インターホンから聞こえるのは昨日の女の声だ。
「神代涼太……って言ってもわからないか。お互い自己紹介したわけじゃないしな。えっと……昨日、お前に地図を渡されて、いや地図がまずだな……」
「ああ。来るのが遅いぞ。鍵は開いている。入って来い」
涼太がしどろもどろとしているうちに女の声が遮ってくる。
「わかった」
「あと……」
「なんだ?」
「『お前』じゃない。『アリス』だ。わかったな? 涼太」
それだけ言うとインターホンは切れた。
昨晩と相変わらず無愛想で感情の無いセリフだった。
まぁ、いい。
とにかく今は家の中に入り、そこにいるアリスとやらに色々と問いただすまでだ。
がらがら、と今時珍しいスライドドアには言われた通り鍵はかかっていなかった。とりあえず玄関で靴を脱ぐか、と玄関に腰をおろすと背後から声が聞こえた。
「靴を脱いだら私についてこい」
気配も感じず急に声がしたものだからビクッと肩を震わせてしまった。
振り向くと昨晩のゴスロリ少女……アリスとやらが立っていた。
(純和風の家にこいつの姿は違和感がありすぎるなぁ)
そう思いながら素早く靴を脱ぎ、沈黙を決め込むアリスについて行く。
途中、白骨標本らしい人骨を見つける。
なぜだか、シルクハットにタキシードという紳士的な服を着せられているが。
「うぇ。趣味悪―」
「誰の趣味が悪いのだね? 紳士にたいして失礼だぞ、少年」
(……)
は?
「しゃ、しゃべ、しゃべべ、しゃややややや!?」
「うるさい!」
すぱーんとアリスに脳天をチョップで打たれる。
「彼らの紹介も、後でしよう」
シルクハットをとって、ぺこりとお辞儀する人骨。
(今、彼らって言った? 『ら』って? まだ他にもいるの?)
ガクガクブルブル。
色々な意味で震える涼太はそそくさとアリスについて行くことにする。
さらに途中、大きな饅頭がぺったんぺったんと跳ねているのにも出会ったが、見なかったことに。いや、幻覚だと言い聞かせる。
案内された部屋はリビング……いや、居間か。
インテリアは、ちゃぶ台しか無い。十畳ほどの質素すぎる居間だ。
と、居間には割烹着を着た、可憐な女性がいた。守ってあげたくなるような、清楚そうな……顔色は少し悪い気がするが。
「あらー? お客様ですか?」
「いや、客ではないが……お茶を出してやってくれるか?」
はいはいー。と、女性は奥の方へぱたぱた走って行く。
ころん。
女性が何か落とした。
「あ、あの何か落とし――」
それを拾おうとして涼太は絶句する。
め、めめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ……!!
「あららー。すいません。ありがとうございますー」
ぱたぱたと女性が走って来る。
女性の片目が、ぽっかりと空洞になっていた。
「目って……よく落としますよねー」
涼太は、一つ、大きく深呼吸して。
「落とすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!?」
「やかましいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
すぱーん!
どがん!
またもや脳天からの一撃に沈む涼太。さっきと違ったのはちゃぶ台に額を打ち付け、さらに起き上ったところに肘打ち。三ヒットコンボ。ちゃぶ台に沈む。
「ここで待て」
言われるまでもなくちゃぶ台に突っ伏しているわけだが、頭と額をさすりながら座布団に腰をおろして待っていると、奥から湯呑みを二つお盆にのせて、さっきの女性が持ってきてくれた。
ちゃぶ台に、緑茶の入った湯呑みをことりと置いてくれる。
「さて、何から聞きたい?」
と、アリスは涼太と対面する形で座り、言う。
(そうだな……聞きたいことは山ほどあるが……)
「まずはこれだ」
涼太はポケットから紙を一枚出した。
例のアリスに渡された紙だ。
「うん? それがどうかしたのか?」
そんなことを聞かれるとは万一にも思わなかったのだろう。
大きな瞳をぱちくりさせて不思議そうにそう答えた。
「こいつのおかげで俺は一時間近くもこの付近をさ迷うハメになったんだ」
「なぜだ? 的確に書かれた地図を見て一時間も……まさか、馬鹿なのか?」
「賢くはないがこの地図では天才でも迷宮入りレベルだ! 例えばこの赤い四角形はなんだ!?」
「郵便局に決まっているだろう」
「……じゃあこの赤い四角形は!?」
「佐々木ビルだ。外壁は赤だったろう」
……一緒じゃねぇか!
ダメだ。馬鹿はこいつだ。
「……わかった。もういい」
「そんなことが聞きたかったのか? もっとこう……俺は昨日死んだはず、とか……」
「了解。じゃあそっちを聞かせてくれ」
ため息混じりに言うとアリスは「承知。何でも聞いてこい」とだけ言う。
「まず、俺は昨日刀で刺されたはず……だよな? 奇跡的に助かったのか?」
「いや、確かにお前は昨日、刀に刺され……死んだ」
「だが、今こうして生きているぞ?」
「いや、お前は今も死んでいる」
「……?」
話がうまく読み込めない。
「証拠を見せよう」
と言って昨日のようにどこからともなく右手に銃を持ち出した。
「おいおい。いきなり物騒なもんを出
パン!
渇いた銃声が鳴り響き。
涼太の額には一つ、丸い穴が空いた。
あはは。いきなり撃たれたよ。
昨日殺されて今日もかい。
真っ赤な鮮血が額と貫通した後頭部から流れでる。
(なん……でや――)
「ねぇぇん!? いきなりなにしやがる!?」
「ほら、死んでいるだろう」
「何を言っ――」
(――、何だ?)
確かに額に穴が空いたはずなのに、傷口が無い。
しかし、床に飛び散った血痕からして撃たれたのは、間違いない。
(どういう……ことだ?)
いつの間にか銃をしまったアリスは当り前だと言わんばかりに。
「お前は昨日死んだ、そして私によって生きる屍、アンデッドとなったのだ」
と、答えた。
「生きる屍? アンデッド?」
「ゾンビ、不死者、まぁ呼び方はいろいろあるが。痛みという感覚は、無いだろう?」
ずずっとアリスはお茶を飲む。
……言われるまで涼太は気付かなかった。
脳天を殴られても、ちゃぶ台に額を打ち付けても、あまつさえ銃で撃たれたというのに、痛いという感覚は、無かった。
「屍に痛みなどあるはずないからな」
さも当然と、アリスは言う。
(こんなことが……あっていいのか?)
「アリスが……俺をアンデッドに……?」
「そうだ」
「どうやって?」
「それは……企業秘密だ」
ここは企業なのか、おい。
「光栄に思え。お前は今日から我が組織の一員になったのだからな」
無表情だが、アリスは強い眼差しで涼太を見据える。
「は? 何を言って」
「私がアンデッドであることも、涼太は知っているだろう? 秘密を知ってしまった以上……ただでは帰せぬな」
なんという勝手な。傲慢さんめっ!
自分がアンデッドだと言ったのも勝手だが、俺をアンデッドにしたのもお前の勝手だろう。
「……断ったら?」
「この世の地獄を体験することになるな。もちろん二度と日の光も浴びることは叶わぬだろう」
「……選択の余地無し、か」
涼太はあきらめたようにがっくりと肩を落とす。
「うむ。決まったな。組織は、涼太の入隊を快く歓迎するぞ。さて、まずは、構成員の紹介からかな」
「構成員?」
なるほど。組織と言うくらいだ。構成員とやらがいるのはごもっともな話。
しかも、アンデッドのアリスが所属するくらいだ。それはそれは多種多様な多くの人材がいるのだろう。
「まずは、さっき廊下でスケルトンと会ったな? あれがツヴェルスキーだ」
あのお洒落な骸骨。あれも構成員だったのか。まぁ、アリスがアンデッドだし、まぁ。
「お茶を持ってきたのが、永久子だ。彼女はゾンビだ」
ゾンビ。バイオなハザードで有名な、あの。
目とか落とすくらいだし、まぁ、アリスがアンデッドだし、まぁ。
「後は、スライムが一匹。名前は……ああああ、だ」
「おお! 勇者よ! そんな適当な名前をつけるなんて……じゃ、ねぇ!? 嘘つけ!!」
「略称というやつだ。アーノルド=アーヴァンシュタイン=アイザック=アレクサンダー、という名だ」
は? え?
だから、略して、ああああ? いや、あの。アーノルドとかでいいんじゃ……
――スライム、か……大きな饅頭が跳ねていたが、あれか。あれなのか。
「以上だ」
なるほど。
以上か。
「……」
「……」
「……」
「……は?」
「ん? どうした?」
「え? 三人? いや、人なのかはわからんが……これだけ?」
「そうだ。まぁ、涼太以外の三人は家に居ついているだけだから、これといって戦力外なのだがな」
え? は? はい? 廃?
聞き間違いでしょうか? 俺の耳には、構成員は俺一人、と聞こえたのですが?
「よし。さっそく明日から活動に参加してもらうぞ。明日は、土曜日だな……朝九時にまたここに来い」
「おい。まて、いや、まってくださ
「よし! 世界制服に向け、秘密組織ドールズ、始動開始だな!!」
無表情だが冗談では無いらしく自信満々にえへんと胸を張り、アリスは言い放つ。
(ま、まじかよ……)
涼太の平凡な日常はとっくに軌道修正不可らしい。
あぁ。
誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!