エピローグ 始まった世界
「――でさ。結局どうなったんだ?」
学校の昼休み。
いつもと変わらず神代涼太は学校へ通っている。
十文字正宗が牛乳片手にそんな涼太の前の席に腰を下ろす。
「うん? ああ。邪神は消滅したよ」
「いや、そうじゃなくて」
ずずーっと牛乳を飲みながら。
「死んでしまう技じゃなかったのか?」
「ああ。それ? いや……なんと言うか」
涼太は頭をぽりぽりと掻きながら、苦笑。
「邪神を倒したのは俺じゃないんだ」
「は?」
十文字は理解できないといった表情で。
「誰が倒したっていうんだよ。あんな化物、倒せるやつなんているわけないだろ?」
言われ、涼太は思い出す。
〝我らが力を貸すのは、ただの酔狂だ。君の魂に興味を持っただけのこと。一度きりだし、次はもう無い。この事も他言無用で頼むぞ。少年〟
「それが約束でさ。誰とは教えないでくれって。現に俺も生きてるし、邪神もいなくなったろ? 本部基地見てきた十文字ならわかるだろ?」
そう。あの後、十文字は本部基地に赴いた。
といっても、あれだけ丁寧に作られていた基地が、そこだけ災害にでもあったように瓦礫の塊と化し、基地などと呼べるような代物ではなくなっていたのだが。
確かに、邪神の反応は、基地から消えていた。
いや、この世から消えていたのだ。
「ああ。邪神は正真正銘この世から消えた。それがお前の仕業じゃないってなら……いったい
ぱぁん!
がすん!
「はぶんっ!?」
涼太は脳天をチョップされた衝撃とそれにより机に顔面を打ちつけるというコンボによりしばらく机の上にぴくぴくと伏せた。
涙目で重たい頭を持ち上げる。
「デジャブっ!? 今は寝てなかっただろがっ!! 何の恨みだ!?」
「あれ? 寝てないなんて珍しい。昼休みに涼太を殴るのがクセになってるみたいね」
とくに悪びれた様子も無く、規千華が初めて見るものを見るようにしげしげと涼太を眺める。
なんという悪癖。こいつこそが邪神と呼ぶべきものではなかろうか。
「……で? 殴ってまでなんだよ?」
そう言うと、珍しく規千華が顔を赤らめたかと思うと、おずおずと。
「あ、あのさ……。今日学校終わったら……カラオケ行かない? 皆とが嫌なら……二人でも……さ」
もじもじ、と。
涼太はいつも通り、申し訳なさそうな顔で一言。
「……ごめん」
「あ。あはは。そうだよね。やっぱ……嫌だよね。涼太は……あたしのこと
「今日は用事があるんだ。明日なら空いてるんだが……」
「ふぇっ!?」
しゅんとしたかと思うと、また顔を真っ赤にして、忙しいやつだなぁ。
「う、うん! じゃあ明日! 明日ね! 約束だからね! 絶対だからね! 嘘ついたら死刑だからっ!!」
「嘘で極刑っすか!? 嘘じゃないから。約束だ。明日な」
「うんうん! あ。十文字君も来る?」
「すまん。明日は俺が用事があるんだ。次の機会によろしく頼む」
「そ、そそ、そっか! うん。次の機会にね。じゃ、涼太」
規千華はしゅびっ! と片手を上げると、ロボットのようにぎこぎこ動きながら席に戻る。頭からはロボットよろしく煙が上がっている。
「あいつ熱でもあるのか? あと、十文字。明日暇だって言ってなかったか?」
「お前……まだ気付かんのか?」
「……?」
「いや、いい。俺が言うことではないしな」
十文字がやれやれと言わんばかりに溜息をつくと同時、涼太の携帯が振動する。
十文字に断って、携帯を開く。メール着信一件。
メールを見た涼太の顔から、一切の血の気が失せていく。
突如、ばたばたと帰り支度を始める涼太。
「お、おい神代? まだ昼休みで学校は終わってないぞ?」
全ての荷物を鞄に入れ終わり、ぱちりと鞄を閉じて。冷や汗だらだらの涼太。
「すまん十文字! 先生に神代は超絶な用事ができたので早退しましたと伝えておいてくれぇっ!!」
そう叫んで、やおらダッシュで教室から出て行く涼太。
ずずーっ。牛乳パックが絞りきれる。
「……大変だな。主人公は」
十文字は呆れるように、微笑む。
◇
「――邪神。やられちゃったね」
カタ。カタカタカタ……。
どことも知れぬ研究室。真っ暗な部屋の明かりは部屋中に付けられたモニター画面の明かりだけ。
「……」
少女が話しかけても、男は反応せず、無言でキーボードを打っている。
「プログラム『オワルセカイ』だっけ? あれ自体は全然問題じゃなかったんだけどなぁ」
カタカタカタカタ……。
「『不死皇帝』『斬王』『死霊姫』。大魔王大戦時代、各々が各場所に城を、国を構え、群雄割拠していた魔神器持ちの超魔王。まさか、今も生きていて、彼の味方をするなんてさ。神も閻魔も予想できなかったと思うよ」
カタカタカタ……。
「あなたの計画もボクの計画も、丸つぶれ」
「……デビルメーカーも、ですか?」
キーボードを打つ手が止る。
「ううん。組織はつぶさない。チャンスはまだまだたーっくさんあるから。次は期待してるからね?」
……カタ。カタカタカタ……。
男は無言のまま、またキーボードを打ち始める。
少女はそれを見ると、研究室を後にする。
にやっと口を吊り上げ。
「そう。チャンスはいくらでも。ハニーが生きている限り……ね」
恐ろしく歪んだ笑顔の少女は舌舐めずり一つ。
忽然と、どこへともなく闇へと姿を消す。
――世界は新たな始まりの鐘を鳴らす。
◇
――ずばーんっ!!
涼太は勢いよく、居間の扉を開け放つ。
「……ぜぇぜぇ……」
「うむ。時間通りだな」
この女も悪びれた様子なく、ちょんとちゃぶ台に座りお茶をすすっている。
あれ? もしかして邪神っていっぱいいる?
「あのな。いちいちメールで脅すの止めてくれるか? さすがに今は命に関わるんで」
「うん? あの可愛い文面に脅すなどという……気でも違ったか?」
「今すぐ来い。一秒でも遅れたらデザートイーグルうんぬんかんぬん……お前のメールは冗談じゃないというのは身をもって体験しているのです!!」
まぁ。まぁ。
「……ったく。緊急事態か?」
「そうなのだああああああああああああああああああああああああああっ!!」
涙目でちゃぶ台に突っ伏し叫ぶ、女の子。頭からは二本の角。
「あの不死身勇者がファーブニルに現れて、人間・魔族に並ぶ第三勢力として君臨し、戦争ふっかけてきやがったのだぁ! 今はまだ和平交渉中で争いにまではいっていないが、このままでは時間の問題なのだああああああ!!」
「イルミお姉ちゃん。泣かないでー」
柚葉がよしよし、と頭を撫でる。
「それは緊急事態だな! よし。さっそく作戦を
「涼太おるかぁっ!?」
ずばーんっ! とまたや居間の扉が開け放たれる。
「大変や! 天界がついにあんたに目ぇ付けたんや! 天使長が天軍率いてあんた捕まえに来よるでえっ!!」
「な、なんだってー!? それは緊急事態の更に上をいく緊急事た
どかーんっ!! ともはや居間の扉が開け放たれた衝撃でふっ飛んでいく。
「ボウズはいるかコラァ!! すぐさま出て来いファアアアアック!!」
やおら涼太に掴みかかるとぎうぎう締める。
「シャルのビッチはどこにいやがる!? 閻魔の旦那が探しているんだ! このままじゃ旦那が悲しみのあまり引きこもって仕事しなくなって冥府が機能しなくなったらどうなるか予想できるよなあ!? 今すぐ吐けファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッック!!」
ぎうぎう締められてぶんぶん振り回される涼太。
「お、おおおおおお久しぶりですガオ様ああああああああ! そ、そそそそそれは緊急事態の更に上をいく緊急事態の更に更にいいいいいいいいいいいいいいい……」
「まあ待て。皆の衆よ」
コトリ、と湯呑をちゃぶ台へ置き、こほんと咳払い一つ。
「今日は私が涼太を呼びつけたのだ。今日は、涼太は私のものだ」
アリスはぐいと涼太の首根っこを掴むと、そのままずるずると涼太を引きずって居間を出て行く。
「「「……」」」
魔王と天使と悪魔は、目を点にすることしかできず。
「あのー。魔王様と天使様と悪魔様が揃っているのですから、お互いに相談してみてはいかがでしょう?」
永久子が言いながら、三人分の湯呑をコトリとちゃぶ台へ置く。
言われ、あ、と言わんばかりに、三人は互いに顔を見合わせた。
◇
「――で、今日は私めはあなたのものなわけですが。いかがいたしましょう?」
ずるずると引きずられていた涼太は、言った瞬間首根っこを離され、地面に頭を衝突させる。
「ぐおおおおおおおおおっ!?」
痛みに激しくもんどりうつ涼太。そんな涼太の眼前にアリスは一枚の紙を提示する。
「とりあえずここから世界征服しようと思う」
紙を目の前でひらひら、と。
まだ、目標は世界征服なのかよ、と思いながら涼太はしぶしぶ紙を取り上げ、眺める。
「……。ぷっ」
「な、なななななななな……なんだっ!? 何か文句でもあるのかっ!!」
思わず涼太が吹き出すと、アリスは顔を真っ赤にして抗議する。
「いや。まったくないよ。そうだな。新生『秘密組織リビングデッツ(生きる屍達)』の初任務としては、ぴったりだ」
「だろう?」
アリスは満面の笑みで、えへんと胸を張る。
その笑顔を見て、涼太は表情を緩めながら、すっくと立ち上がる。
ポケットに遊園地の広告を無理やり突っ込む。
――俺の人生はこの前始まった。
死んで。生き返って。
色んな世界を見て。
最高の仲間たちと出会い。
最高の最後を迎えると思ったが。
また最高のスタート。
新しい世界が。
新しい人生が始まった。
いや、格好つけるのはもうやめておこうか。
俺の生は、きっとこのためだけに始まったんだ。
そして今も、そのためだけに在りつつづける。
アリスの笑顔を、見るために――
最後まで読んで頂いた方、深く深く感謝致します。
つたない文章力や矛盾したカオス問題、多々ある作品ですが、私自身としてもお気に入りの作品です。次回作を書く機会があれば、ぜひ、もっともっと涼太君には活躍していってほしいと願うばかりです。




