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アンデッドという名の就職!? 前編

 ぱぁん!

 がすん!

「はぶんっ!?」

「おい! もう放課後だっての! いい加減起きろバカ!」

 神代涼太は脳天をチョップされた衝撃とそれにより机に顔面を打ちつけるというコンボによりしばらく机の上にぴくぴくと伏せた。

 涙目で重たい頭を持ち上げる。

「ぐ、くく、何の恨みがあるというのだ……?」

 涼太の夢見心地な眠りを妨げたのは、クラスの同級生、北条(ほうじょう)規千華(のりちか)という女だ。

「バカ涼太が授業も終わったってのにいつまでも寝てるもんだから起こしてやったんじゃない。感謝されることはあっても睨まれるようなことはしてないけど?」

 規千華は当然のことしかしていないけど? という悪びれた様子はこれっぽっちもない顔だ。なんという傲慢。

「ね。それよりさ。これからみんなでカラオケ行くんだけど、涼太も行かない?」

「俺は……いい」

「いっつもそうやって……たまには――」

「おーい! 規千華! 何やってんだよ! 早く行くぞー」

 教室の出入り口の方から規千華を呼ぶ声。

 数人のクラスメイト達。

 規千華を入れて男女比も完璧な数。

(俺は……)

「いいじゃん。そんな空気。ほっとけよ」

「影もいいって言ってるんだろ?」

「さ、根暗はほっといて、いこいこー」

 一人が、ぐい、と規千華の腕を引っ張っていく。

「ちょ、ま、り、涼太っ!」

 ずるずると引きずられていく規千華に見向きもせず、涼太はまた机に伏せる。


 空気。影。根暗。


 全ては涼太を指す言葉。揶揄。簡単に言えばあだ名。悪口。

 だが、涼太はそれでいいと思っている。

 めんどくさいのは、ごめんなのだ。

 涼太はひとつ大あくびをし、また夢の中へ、落ちていく。


 ――いつからだったか。

 

 人と関わることを避けるようになったのは。

 親に一人で暮せと家を出された時か?

 親友と思っていた人間に影で悪口を言われているのを偶然聞いてしまった時か?

 生まれ持ってのコミュニケーション能力の低さを知っているからか?

 いや、そんなことはどうでもいい。誰にだってある、些細なこと。

 何より涼太は自分という者に自信が無かった。

 

 めんどくさい、から。

 

 その一言で全て片付ける。理由になる。

 それで、いい、と。

 

 おやす――

「み! じゃ、なかった!」

 涼太は思い出したように慌て鞄を手に取ると教室から飛び出すように駆けていった。


 季節は夏。暑い日差し……はこの時間になると影をひそめるが、気温が下がる気配は一向に見当たらない。

 これはいったいどういうことだ。温暖化の影響はもうそこまで来ているとでもいうのか。

 環境問題のせいなのか。単に季節のせいなのか。

 とにかく、おかげ様で体は滝のようにあふれる汗でぐっしょりだ。

 

 ――本日、帰宅部であるはずの涼太が、学校が終わってもまっすぐに家路につかず、とある場所に汗だくになりながらもむかっているのにはそれはもう海よりも深―い理由がある。

 もちろん、カラオケに行こうとしているわけでもない。

 涼太はある人物に会いに行こうと学校を飛び出したのだ。

 真偽を確かめに。

 

 つまるところの話。

 昨日、涼太は、


 死んだはずなのだ。


 ◇


 ――昨晩。時間は午後十一時頃。


 はっ、と、腕の痺れに涼太は目を覚ます。

 あくび。頭をぼりぼりと掻きながら窓の方に目をやる。

 外はすっかり暗くなっていた。

(今日はずいぶんと、寝過ごしちまったな……)

 珍しくこんな時間まで起きなかった。

 いつもなら腕の痺れにもっと早く起きているのだが。

 まぁ、いいか、と涼太は鞄を手に、教室を後にする。


 そんな深夜の下校途中のこと。

 涼太は見てはいけないものを見てしまった。

 今となっては夢であったと思いたいくらいの出来事。

 

 下校ルートはほとんどが住宅地だ。

 涼太の住む市は県の中心部、田んぼも無ければ山も無いというようなコンクリートジャングル。市内のほとんどの場所がビルか住宅。

 そんな左右に住宅が立ち並ぶ車二台がギリギリ通れるくらいの道を一人、今日は月がきれいだなぁとか思いながら歩いていた。

 人なんて涼太以外には見当たらない。

 それはそうだ。こんな時間、いくら現代人といえどもほとんどのみんなが家で飯を食ってるか、寝ているかだろう。周りの住宅の明かりもほとんどついてない。


 ――その夜は、それはきれいな満月だった。

 涼太は月を見上げる。

 本当にあそこに兎なんぞいたもんならあいつらは何を食料としているのか? やはり餅なのか? そもそも餅の原料はなんなんだ? ていうかあのクレーター本当に兎に見えるか? 兎というよりも……人の……形? しかも、どんどん大きく……なってないか? あれ?

 月に写っていた影はどんどん大きくなりものすごい速度で近づいていた。

 飛行機? 隕石? とにかくあの速度だ。逃げる時間はありません。

(無念、俺の人生ここまでか……まぁ、それもそれで――)


 スタッ! という距離と着地音があまりにもミスマッチな物体が涼太の目前、一メートルくらいの距離に着地した。

 人間、あまりの出来事に遭遇すると声も出ず体も動かないというのは本当らしい。

 涼太は金縛りにあったかのようにかすり声も出ず、体もピクリとも動かない。

 忍者のように片膝をついて着地したそれはゆっくりと、涼太と正面から向き合うかたちで立ち上がった。

「あ」

 やっと出せた声。それは不覚にも目前のそれに見惚れてしまって出た声。

 長く艶やかな黒髪、大きな瞳、着ている服、全てがこの夜に溶けるような漆黒色。いわゆるゴスロリと呼ばれるタイプのドレスから出るそれらの漆黒とは対照的な白い肌は、月の光に照らされてより神秘的で、まるで人形か絵画の人物を見ているかのような錯覚に陥るほどの可憐な少女。年齢もそう俺と変わらないくらいであろうが、その神秘的なたたずまいがより一層少女を大人っぽく感じさせていた。

 彼女は茫然と立ち尽くす涼太に興味をまったく示さず、くるりと背を向けた。

 が、背を向けたまま彼女もまたそこを動かなかった。動かないと言うよりは目線の先にある何かを睨んでいるようだった。

 こつこつ……と誰かが歩いてくる音が聞こえる。足音は彼女の目線の方から聞こえてくるようだ。

 一寸先は闇。という言葉通り数メートルも離れればこんな時間、住宅地でもそこに誰かがいるとはわかってもそれが誰であるかまではわからない。

 やがて足音はぴたりと止まった。足音の主が彼女から三メートル程の距離で止まったからだ。

 涼太との距離約四メートル。残念ながら人影であることくらいしか涼太にはわからない。

 キンキン、と金属が擦れ合う音がする。その人影は両手に刀のような物を持っているらしい。

(やべぇ。不思議少女の次は変質者かよ)

 ただでさえ目の前に美少女が着地したことで頭が真っ白なのに、今度は刃物を持った変質者だ。心臓は今までの人生の中で一番速く動いていた。

「今日こそ死んでいただきますよ」

 人影は少女に向かってそんな言葉を投げる。声色からしてどうやら変質者は女であるらしい。

「ふん。できるものなら」

 少女の言葉に抑揚はなかった。なぜ刃物を持った奴にたいして強気なのだろう。よほど自分の腕に自信があるのだろうか?

 ――そう思った瞬間だった。

 少女は両手を自分の前に突き出した。と、同時にまるで手品のように少女の両手に銃が現れたのだ。

 

 ダダン!


 少女は両手に持った銃の引き金を変質者に向けてひいた。

 ……あれ? 銃なんて持ってなかっただろ? ていうかいきなり発砲?

 はっ。とそこで涼太は我に返った。

(銃に……刀?)

「け、けけけ、警察に電話を!」

 慌てて右ポケットに手をつっこみ携帯電話を取り出そうとする。

 が、その時にはもう遅かった。

 銃弾が命中したはずの人影がものすごい速度で動いた。

 ドスドス! と二本の刃物が少女の腹と胸に突き刺さる。

 ぐはっ。という曇った声とともに少女の口から、体から、鮮血が流れる。

「そんな玩具で私が倒せるとでも? お命、確かに頂戴しましたよ」

 少女の返り血を浴びて不気味に微笑む女。それはツインテールの髪型のメイド服少女。しかし、可愛らしい髪型、服装とは裏腹に三日月のようにつり上がったその笑顔はとても恐ろしいものだった。 

(ていうか……あれ?)

携帯電話を取り出そうとした右手がなぜかピクリとも動かない。

 口からなんか生温かい液体が――

「あら? 後ろの一般人まで私の刀が届いたみたいね。うふふふふ」

 メイド服の少女は薄気味悪い笑い声をあげる。

 刀の長さは二メートルに達する程の長刀。少女の体を突き刺した刀はそのまま後ろの涼太の体をも突き刺していた。


「ふむ。さっきの距離では銃は効かなかったみたいだが……近距離では、どうだ?」


 刀を刺され絶命してもいいはずの少女はまるで何事も無いかのように両手に持つ銃をメイド服の少女の両こめかみに押し付ける。

「なっ!?」

 

 ダダン! 


 銃声が鳴り響く。

 近距離で銃弾が着弾したメイド服の少女は驚きの声を上げ、バックステップで後退した。

「くっ……なぜ死なない!? 貴様は何者だ!?」

 驚くことに、銃弾が近距離で着弾したメイド少女の被弾場所からは煙が上がっている。まるで壊れた機械が煙を上げているかのように。

「なぜ死なない、だと? 当り前だろう」

 刺された少女は苦しむ様子もなく答える。


「私はアンデッドだからな」

 

 当り前だといわんばかりの抑揚のない言葉だった。

 あははは。なんだよ、これ?

 もう精神も限界だった。笑うしかなかった。

 両手に刀を持つ……いや、両手が刀になっている少女。

 その刀に刺されてもまったく動じない……いや、死なない少女。

「なん……だ……よ――」

 目の前が真っ暗になる。

 なんだ。死ぬ前に走馬灯とやらが見えるというのは嘘らしい。

 何も無い。

 ただ……

 真っ暗…………。

 

 ――、神代涼太。近江台高校一年。享年十六歳。

 下校途中に両手が刀になっている少女と自分をアンデッドだと言う少女との争いに巻き込まれ、死亡。

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