自分の意思 前編
ジャキン。
その鈍い音は、まぎれもなく涼太の後頭部に銃が押し付けられた音だった。
「え? あ、アリス?」
突然の事に頭が一回転も回らない。これは、一体?
「全員動くな。動けば……涼太を殺す」
アリスは微動だにせず。銃をつきつけたまま今まで聞いたことも無いような鬼気迫る声色。
あはははは。まさか。おいおい。何の冗談……
「お、お姉ちゃん!?」
柚葉がアリスに駆け寄ろうとする。
ダァンッ!!
発砲。放たれた弾丸は涼太の頬をかすり、地面へと着弾する。
「動くな、と言ったはずだ。次は当てるぞ?」
え? 嘘? 撃った? 俺に? そりゃいつも撃ってはいたけど。ああそうか。俺が次は生き返らないということを知らないのか。
プラス思考に頭をブン回す。しかし、頬を流れる血の温かさが、ただならぬ恐怖心と猜疑心とを駆り立てる。
「貴様が何の目的でそのようなことをするのかは知らぬが、リョータは弾丸で撃ち抜かれようと死なぬぞ? 我の魔法でもぴんぴんしておったのだからな。消し炭になりたくなかったらその銃を下ろせ」
イルミはアリスの事を知らない。俺が次は死ぬということも知らない。それゆえ、アリスの行動も本気と捉える。それでいて俺が無事に生還すると思っている。魔王の手の上にゆらゆらと紅蓮の炎が揺らめく。
「待ってくれイルミ! アリス! 何の冗談かは知らないがいますぐやめ
「涼太はもう復活しない。次は確実に死ぬ。不死超遊戯レプリカ、その魂再生数のリミットに達したのだ……試してみるか?」
「――っ!?」
何を馬鹿なと、イルミは涼太を見る。涼太の表情から読み取れる真実。イルミは冷や汗一筋、揺らめく炎を虚空へとかき消す。
涼太は、衝撃的すぎて、事態を未だ飲み込めない。いや、飲み込みたくない。
アリスは俺が死ぬことを知っている。だから銃をつきつける。人質。なぜ? なんで?
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!
「ひぃっひっひっひっひぃぃ!! 君は本当に最高だぁ! 涼太君んん!」
部屋の奥から聞こえる不気味な笑い声。
科学者のような白衣にぼさぼさの髪。ぎらぎら光る眼鏡をつけた男。その顔には三日月を張り付けたように不気味に裂ける笑み。両隣りには若い青年と、アリスに破壊されたはずのメイドの姿。
「私からも礼を言うよぉ。ありがとう。君は本当に私の計算通り、いや! それ以上に働いてくれたよぉ! ひぇっひぇっひぇっ」
「……お前は誰だ? なぜ……メイドも生きている?」
「あら? 心外ね。私をあんなポンコツダミーと一緒にされては困るわ」
くすくすとメイド娘は本当に愉快だと言わんばかりに笑う。
「ひひひひぃ! そうだねぇ。自己紹介がまだだったねぇ! 悪い悪い。私は君のことをよぉく知っているというのにぃ。君は私を何一つ知らないんだもんねぇ。フェアじゃないよねぇ」
ギラギラ光る眼鏡をくいと持ち上げる男。
「初めまして。私は神無吾雅彦。デビルメーカー総帥にして世界最高の科学者でありそこの人形のマスターさぁ」
くっくと喉を鳴らし、アリスや圭と同じ性を名乗る男はアリスを指差した。
「人……形? アリスが?」
アリスは黙ったまま、身じろぎ一つせず。
「そうさぁ! 命令に忠実に従う意思無き人形う! 秘密組織ドールズとは、そのまんまじゃないかぁ! さっきの男も面白かったろう? 自分を総帥だと思い込んでいるだけの男。く、くくく! 傑作だぁ! ひゃは、ひゃははははははははははははははははははは」
吾雅彦は腹を抱えて笑い転げる。
「一体どういうことだ!!」
涼太は恐怖をもみ消すが如く、叫ぶ。
「ひひひひぃ。そうだねぇ。君は実際良く働いてくれたからぁ。ご褒美に一からちゃあんと説明しようかねぇ」
そう言い、ごそごそとポケットから何やらを取り出す。出てきたのは、黒に近い紫色に光を放つ水晶玉。
「魔神器『邪神』」
「そ、それは!? ……そう。そういうことだったんだね」
驚きの声と、悲哀を含んだ納得の声を上げたのはシャル。
「シャル。あれは?」
「その名の通り、魔神器にして邪神。邪神そのもの……!!」
忌み嫌うように、シャルは吾雅彦を睨みつけながら言う。
「そうさぁ! 不死超遊戯と同じく、大魔王大戦時代の魔王遺物。その中でもSSSランクの魔神器! こいつを見つけた時には鳥肌が止まらなかったよぉ! ああ。これで私の夢が叶うんだぁってさぁ!!」
一しきり興奮して話したかと思うと今度は急に大きな溜息。
「……だがねぇ。こいつはなんと役目を果たし、眠りについていたのさぁ。眠りから目覚めさせる方法がまた難解の極り。三つの異なる波動を当ててやらなきゃならなかったのさぁ……」
「――っ!! 三つの……異なる……波動!?」
涼太は気付いていく。今なにが起きようとし、自分がなにをしてきたのかを。
今、ここには誰がいる?
魔王。
霊能力者。
悪魔。
「そう! 君は集めてくれた! 私の計算は完璧だった! 邪神は復活し、私の願いは果たされる!!」
俺が……集めた? 招いた? 俺が邪神を……
ぶんぶんと頭を振り、マイナス思考を遠ざけようとするが、事実が涼太に重くのしかかって来る。
「不死超遊戯レプリカの魂再生回数は百回に設定したのも私。いやぁ。正直ドラゴン戦は冷や冷やものだったぁ。死んでしまったら、こうやってピンチを作り出し、君が持てる力の全てを使ってくれるように仕向ける私の努力がパーだからねぇ」
アリスが何回も涼太を殺していたのも、精神訓練などではなく、その目論見への回数制御だった?
「邪神を使ってまで……何を!?」
わめくように吠える。
「あれぇ? アリスから聞いていないのかい?」
やれやれ、と吾雅彦は肩をすくめる。
そして両手をめいっぱい広げる。この部屋に、いや、世界に向けて。
「世界征服に決まってるじゃないかぁ!!」
「ふん! お前のやろうとしていることは神と悪魔への冒涜だ! 天も冥府も黙ってはいないぞ!!」
初めて見るシャルのイラついた声。冒涜とは元来神や悪魔にとってこの上ない侮辱行為。
「ひぃっひぃっひぃっ!! 天は見てるだけだろぅ? 悪魔も邪神が相手ではちょっと分が悪いんじゃないかなぁ? ひゃは。ひゃはは。ひゃあはははははははははははははは!!」
「――吾雅彦おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
突如、空間が割れんばかりの大声で叫びながら天井を突き破り現れたのは、正義のヒーロー。十文字正宗。
「ジャスティス・ブレードおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
右手に持ちし剣の柄のような物から、ビームサーベルよろしく、赤く輝く光の刀身が現れ、正宗はそのまま吾雅彦へと斬りかかる。
ズバァンンッ!!
斬り落とされた腕が血を撒きながら飛んでいく。
「おやおやぁ? 誰かと思えば、失敗作君じゃないかぁ」
吾雅彦は愉快そうに笑う。
――斬られたのは吾雅彦の隣にいた青年の腕だ。ためらいもせず吾雅彦の変わり身となったのだ。
しかし、涼太と同じように瞬時に腕が再生。西洋の剣を二振り鞘から抜いた青年は正宗へ猛攻。
「ぐっ!? くそぉ!!」
激しい鍔迫り合い。
――二人の闘いを遠い世界の事でも見ているように、涼太は別の思考を巡らせていた。あるのは、十文字への感謝。
これが、最初で最後の機会。
それを与えてくれた。
(ありがとう。十文字)
涼太は覚悟を決める。
いくら、考えたって、悩んだって、馬鹿な俺じゃ何も言い答えは浮かばない。世界征服とか、邪神とか、戦争とか、天使とか悪魔とか魔王とか魔神器とか世界の破滅……
それより、ただ一つだけ。これが最後でもいい。聞いておかなきゃ、死んでも死にきれない。
――なぁ。アリス。聞かせてくれないか?




