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決戦。悪の組織本部基地 後編


 あいつは俺の事を全て知っているのだろう。だが、それは俺の事であって、俺の繋がりにまでは達していないはずだ。

 涼太は隠すようにして付けていたペンダントを懐から取り出す。ペンダント。異世界の小さな魔王にもらったあの。今の自分の思いをありったけ込めて、力強くそれを握る。

 ペンダントから眩い光が溢れたかと思うと、ペンダントは粉々に砕け散り、まるで元より何も無かったかのように消えてしまった。



 ――カッ!!



 直後、目の前に雷が落ちたように轟音と閃光がはしる。

 光が鎮まり、目を開けると、その現状に涼太は思わず口を綻ばせてしまった。



「ふはははははははははは!! 魔王イルミオーレ=ド=ツァイツァブリュステン、友の呼び声により推参っっ!!」

「……と、四天王が一人、ルージュホーク=ブラッドアイ、推参っと」



 年相応の無邪気な笑顔で笑う、小さな異世界の魔王が涼太の前で腕を組んでいる。その隣には赤眼赤髪で顎髭を蓄え、煙草を吸う三十代くらいの外見の男。背には見たことも無いような巨大な剣を背負っている。

「な、何者だ!?」

 何も無い空間より現れた二人に対し、驚愕の声をあげる男。やはり、涼太の手の内は読めても手の外は読めていないのだ。

「ふふん。驚いたか? まさかご本人登場とはモノマネ歌合戦でAKBを真似たらAKB全員来ちゃった!? というくらい読めなかっただろう!」

 液体男を完全スルー。涼太を見てえっへん、と小さい胸を張る魔王。

 異世界の方なのに随分と詳しいですねとは今は言わないことにする。

「ああ。驚きのあまり逆立ちしながらくるくる回って萌え! とか言っちゃいそうだ」

「……ぜひ。今度やるのだぞ!」

 驚きを最大限表現しつつ小笑いを狙ったのだが、小さな魔王は眩しいくらい目を輝かせている。

 しまった。バッドフラグを立ててしまったか。痛恨のミス。

「隣の方は?」

 話題をそらすように初めて見る顔を涼太は眺める。

 横で柔らかな笑みを浮かべつつ、煙草を吹かす赤髪の男。

「初めましてだな、異世界の勇者さん。先日はお嬢が大変お世話になった。礼を言う。俺はルージュホーク。ま、ホークと呼んでくれや」

 ニカッと犬歯の見える気持ちいいくらいの笑顔で、ホークは涼太の手を握る。

「……で」

 ホークは手を離すと辺りをくるりと見回し、煙草を一吹かし。

「巨大な液体モンスター一匹にさらに無数の液体モンスターに四方を囲まれている、と。まさしくピンチだ」

「涼太の敵はあの木偶の坊か?」

 イルミが小さな指を男に指す。

 先ほどまで驚愕という形相だった男は、一転、冷静さを取り戻していた。

「ふふはは。何者かは知らぬがたかだか二人。私もそうだが、ダミー達もそう。ダメージは与えられず、絶対零度でも凍らず、岩石の沸点でも蒸発しない。形成が逆転したとは全くと言っていいほどないな」

 自分の力に絶対の自信があるのだろう。言葉から取れるように、実験に裏付けされた結果がそのまま自信に繋がっているのだ。

「イルミ。あいつは魔神器という無茶苦茶アイテムで不死身の液体生物になっているんだ」

 心配そうな涼太とは裏腹に、イルミはちっちと指を振る。

「リョータよ。我が誰だか知っておろう? 魔王様だぞ?」

 意地悪そうににやりと微笑んでから、イルミはくるりと液体生物の方へと体を向ける。

「はっ! 我を甘く見過ぎだなゲル野郎。ホーク! 五分でいい。時間を稼げ」

「あいよ」

 そのままイルミは涼太と闘った時と同じく、ぶつぶつと呪文を唱え出す。


「氷結の園、永久凍土の大地より、更に凍てつく氷結地獄……」

 

 ホークはがちゃり、と背中の大剣を抜くと液体生物達に構える。

「ふん! 不死超遊戯さえ手に入れば他はいらん。皆殺しだ! 死ぬがいい!!」

 男の掛け声とともに一斉にダミーと呼ばれた液体人形が飛び掛かって来る。

「せやっ!!」

 ホークの怒号とともに、大剣が目にも留らぬ速さでダミー達へと振り下ろされる。

「ふひゃはははは! 無駄だ! 液体に斬撃など効か


 パキィンっ!!


 涼太も、柚葉も、シャルも、液体男でさえ自分の目を信じることができなかった。

 ホークがダミーへと斬撃を浴びせる度、ダミーはまさに氷がハンマーで砕かれるかの如く、粉々に砕け散って行く。

「な、な、なんだとっ!?」

 さすがの男も目を見張ったまま、その光景に息を飲んでいる。

 一匹。また一匹。ダミーは確実に数を減らされていく。

「へん。俺の千破万壊(ザ・ブレイカー)はこの世の全てを切れねぇなまくら刀だ。だが、逆にこの世の全てをぶっ叩けるんだよ!!」

「ば、馬鹿な!? そんな武器聞いたことが……っ!!」

 はっ、と男はそこで思い出す。非常識の更に上をいくアイテムの名を。

「魔神器か!!」

「さぁてね。魔剣なんて呼ばれちゃいるが、そんな呼び方はされねぇがなぁ」

 遅い来る無数のダミーを片手で煙草を吹かしながら迎撃、更には涼太達をも守っているのだから、この男の力量は推して測れない。


「暗黒の淵、次元の狭間の質量域、重力を超える先の果て……」

 

 目を瞑り、両掌を天へと向けたその上に、光が集まっていく。見たことも無い神々しい光景。これが、奇跡とも呼べる、魔法。

「お、おのれぇ!!」

 ホークにもそうだが、更に上をいく異常な光景に恐れを抱いたのか、男はイルミを攻撃しようと進み出す。

「おっと!」

 それをホークは剣先を向けるだけで静止させる。

「てめぇも壊してやろうか?」

「――っ!?」

 当り前だ。あの赤髪の男、あの武器はダミーを氷砂糖のように易々と砕け散らせているのだ。いかに巨大と言えど同じ性質を持つものは容赦なく破壊できるのだろう。

 男は冷や汗を一筋流し、ぎりぎりと唇を噛み締める。

 

(おお! なんという強さ! 俺、いらなくないか?)

「――リョータ」

 ホークの強さに半ば魅入っていた涼太は、小さな呼び声に我に帰る。

「心して聞け。あれはフェイクだ。あの魔剣は使用者の魂を蝕む。一日五分が使用限界なのだ。さすがに五分ではあの巨体は砕けぬ。それに生物は一切破壊できないという弱点もあるのだ。……いいか? 我が奴を固体にしてみせる。全魔力を持って、な」

 闘いの最中だと言うのに、イルミは涼太にだけ見えるように、振り向き、笑って見せた。

「後は、できるな?」

 

 ――涼太は大いに反省した。

 

 そうだ。何を二人に任せようなどと考えていたのだ。

 俺がやるんだ。俺がやらなければいけないんだ。

 だって、俺が、アリスの部下なのだから!

 俺が、アリスの――


 涼太は戒めるように両頬を両手で叩くと、力強く、頷いて見せる。

 それに対し、イルミも笑顔で頷く。そして、また瞳を瞑り、詠唱する。


「雪原の原始、滅びの都……」


「――シャル」

「んー? なんだいハニー?」

 涼太は敵を見据えたまま、振り向かず言う。

「俺の魂はもう一回しかないらしいが、これで最後になっても構わない。契約、できるか?」

 涼太が考えうる一つだけ自分にできること。


 自分の命を、使うこと。

 構わない。それで何かが変わるなら。それで、あいつを倒せるなら。

 

 シャルは大きな瞳をぱちぱちと瞬きした後、ニッコリ微笑んで。

「ふふ☆ その心意気に免じて、貸しにしといたげるよ☆」

 涼太の両肩にぽんと手を置いた。

「すまない。ありがとう」

 嬉しくて、言葉が詰まりそうだった。

「お兄ちゃん! 柚葉も頑張るよ!」

「柚葉ちゃん……ありがとう」

 一人じゃ何もできない涼太を助けてくれる人たちが、これだけできた。

 それが、涼太には何より嬉しい。

「……お嬢。ちょうど五分だ」

 気付けば、あれほどいた液体ダミーが一匹もいない。ホークは大剣を元のように背中に背負い、新しい煙草に火をつける。この男は五分であれを全て倒したのだろうか。四天王の肩書はダテではないらしい。


「……氷河より零下、来たれ氷地獄(コキュートス)! ――アブソリュート・テスラ!!」


 魔王の右手より放たれたるは吹雪。豪風吹き荒れる大寒波。たとえようもないくらいの冷気の烈風である。

「ほほう。これはすごい! 瞬間的に絶対零度まで温度が下がっているじゃないか?」

 その大冷気烈風の直撃を浴びながら、液体男は言葉とは裏腹に余裕たっぷりの表情。

「だが……言ったはずだがね? 絶対零度でも凍らぬとな! ふははははははは!」

 男はあの大寒波の中、まるで世界を手に入れたように両手を広げる。

「ふん。馬鹿も休み休み言え」

 イルミは冷気を放つ右手とは逆、左手も男に向ける。


「……混沌より黄昏、来たれ重次元! ――ギガ・プレッシャー!!」


 っどおおおおおおおおんん!!

 

 まるで巨大なハンマーが壁に叩きつけられたような衝撃音が鳴り響く。

 爆音だけで何が起こったのか全くわからない。見間違いかもしれないが、液体男を中心に空間に波がうったように見えただけ。

「――っぐ!? げ……ふぁ!!」

 しかし、先ほどまでとは比べようもないほど、液体男の表情は苦悶に満ちている。

 様子を見るや否や、はっきりと理解できた。


 絶対零度でも凍らぬ液体が、がちがちに固まっている。


「き、キサマ!? ナニヲオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 男の声は、紳士たる声色から、化け物のそれに変わる。

 小さな魔王は、とびっきり意地悪な笑顔。

「ふん。ヘリウムと一緒だ。絶対零度でも凍らぬ奴にはコレが一番。絶対零度まで温度を下げてから、圧力で無理やり押し固めるのがな!」

 風船などに使われるヘリウムという気体は絶対零度でも固体にならない。しかし、絶対零度という環境プラス圧力を加えることで初めて固体にすることが可能となる。

 高校で成績の悪い涼太にはそのような難しい知識は無かったが、なんとなく、冬に雪を押し固め、石のような雪玉を作ることと近いのだろうと思った。

 イルミは言葉、表情とは逆に、ひどく息切れし、疲労困憊の様子。彼女は言っていた。全魔力を持ってあいつを固める、と。

 ならば、涼太が取るべき行動は一つ。

「リョータ。長くは持たない……いけるか?」

 頷き。涼太は拳を握りしめる。今までの人生にここまで拳を握りしめたことがあるかというくらい、力強く。

 イルミが作ってくれた最初で最後のチャンス、逃すものか!

「シャル!」

「オッケィ! デビルチェエエエエエンンンジイイイイイ!!」

 シャルは己の体を真黒な気体へと変化させる。黒い霧のようなものが涼太を取り囲み、渦巻き、涼太の体へと吸い込まれるように消えていく。

「こ、これは!?」

 見た目は別段特に変化なし。しかし、なんだろう。力が、非常識なくらいみなぎってくるような……。

『トランスフォーム・パワー。あたしは今、ハニーの力そのものに変身したんだよ☆』

 心? もしくは頭の中に響くのはシャルの声。

『難しいことは考えなくていいんだよ。単純明快。徹頭徹尾! ハニーが今したいことは何?』

 そう。そうだ。頭の良くない涼太がいくら考えたって無駄。もっと答えは簡単。

 涼太が今したいこと、それは――


「――あいつをぶん殴ることだっ!!」


 涼太は駆け出す。シャルが力そのものになっているという意味がよくわかる。体が羽根のように軽い。地面を一蹴りするだけでまるで弾丸のような速度で男に向かって直進できる。

「グヌウウウ! コノママオワレルカアアアアアアアアア!!」

 氷の塊ように、固体と化した男は、それでもなお動こうと迫り来る涼太に向かって拳を放つ。液体の時のような速度は無いものの、それでも巨大な拳ゆえ、唯の人間に当たれば致命的な衝撃になるだろう。

「させないよ!! ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン! 南方院流陰陽術『不動』!!」

 念仏のような言葉ともに、柚葉の目前の宙に紫炎の五芒星が浮かび上がる。五芒星は液体男へ向かって猛烈な速度で駆け抜け、直撃。五芒星と同じ色の電流のようなものがばちばちと男の体を駆け巡る。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 それまで涼太に向かっていた拳がびたりと止る。男は無理やり縄で縛られたかのようにびくびくと痙攣するのみだ。

「言ったはずだ! 俺の全てでお前を倒すと!」

 そう。俺だけじゃ何もできない。けど、皆の力が、俺の力となる。

「この繋がり、この最高の仲間達、この最高の生を与えてくれたのは、アリスなんだ!」

 悪魔と契約せし涼太の魔眼には見える。男の構造全てが。

「だから、アリスの邪魔をする奴は、誰であろうと、俺が退ける!!」

 男の弱点。核となる物体。体の中心からやや右の位置。人で言うなら、心の臓が位置する場所。

「それで世界が破滅するなら! 世界の破滅だって退けてやるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 涼太はありったけの力を込めて、男の核をぶん殴る。


 ズガアアアアアアンンン!!


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 一発では足りない。二発。三発。四発五発六発七発八発九発十発……!!

 涼太はありったけの力でぶん殴り続ける。殴るたびに骨の砕ける鈍い音。拳が、粉々に砕ける。しかし、不死超遊戯レプリカの力か、砕けた拳は瞬時に再生する。

 砕ける。再生。砕ける。再生。砕ける。再生。砕ける。再生。砕ける。再生。

「ギィウアアアアアアアアアアアアア!? ナ、ナゼ!? イタミガフッカツシタノデハナイノカアアアアアアアア!?」

 ああ。もちろんだ。都合良く今だけ痛覚が無くなったなんて、あるわけない。痛い。めちゃくちゃ痛い。痛みで死んでしまいそうなくらい痛い。

 けど、お前がアリスにしようとしたことを思えば、こんな痛み……!!

「いっけえええええええええリョータあああああああ!!」

「いけいけやっちゃえお兄ちゃあああああああああん!!」

『ハニー!! ぶっ殺だああああああああああああああ!!』

 皆の声援が重なる。

(俺は……俺はあああああああああああああああああ!!)


「あああああああああああああああああああああああ!!」


 バキィィィィィィィィィィィィィィンンン――!!


 一撃。数十発、いや数百発打ち続けた最後の一撃。

 男の核。液体化現象なる魔神器は、大きくひび割れ、粉々に砕け散る。

「バ、バカナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!? ギ、ギイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 魔神器の如く、男の体もまたひびが入り、がらがらと砕け落ちていく。崖崩れのような残骸と化した男は、やがてサラサラとした砂となり、砂の中から一人の人間の姿が現れる。

「――っ!?」

 涼太はその男に対して咄嗟に身構える。

 悠然と立つ男。男は一瞬微笑を浮かべたかと思うと、次の瞬間には砂となり、風に舞うように、空間へと溶けていった。

 それをまじまじと涼太は見ていたが。

「か、勝った……のか?」

 大きく深呼吸し、そのまま腰が抜けるように床へと座りこんだ。

「お兄ちゃあああああああん!」

 柚葉が首の真後ろに飛びついてきた。

「あだだだだだ!? 痛い! 痛いよ柚葉ちゃん!?」

 ぎうぎう締められる。しまった。ラスボスはここにいたのか!?

「うむ! さすが勇者! あっぱれよ」

 涼太の傍に来たイルミが満足そうに笑う。

「けっこう冷や冷やもんだったがなぁ」

 ホークが煙草を吸い吸い、ニカッと気持ちよく笑いながらわしわしと涼太の頭を撫でる。

「ハニーだもん! 当たり前じゃん☆」

 いつのまに涼太から抜け出たのか、シャルがにっこりと微笑んでいる。


「……涼太」


 アリスが、涼太に歩み寄る。

 柚葉が涼太から離れると、代わりにアリスが後ろから抱きついた。

「ふ、ふあ!? あ、あああああああああ、あり、アリス!?」

 てっきり、「ふん! 余計な御世話だ!」とか、「部下として当然だな」はたまた、「た、助けてくれなんて言った覚えはないんだからねっ!」を予想していた涼太としては世界が破滅するほど驚いたわけで。

 顔を真っ赤にする涼太とは裏腹に涼太の背中に顔を埋めるアリスの表情は見て取れない。しばらく無言で抱きしめた後、ぽつりと一言。

「ありがとう」

 それは嬉しそうな、でもとても悲しそうな。

 言ってから、ゆっくり抱きしめていた手を離す。

「そして……」

 アリスはすっくと立ち上がる。



「ごめんなさい」




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