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決戦。悪の組織本部基地 前編


 ギャインキンキンギャインギャイン――!!


 刀と銃弾が秒間何十回と衝突し合う音は、この世のものとは思えない高周波音の連続だ。

 両手が刀へと変化したメイドの連続剣技は人間技の遥か上をいく。縦、横、斜め、上、下、右、左、前、後ろ、 全方向から相手を斬りつけんとする斬撃は、あまりの速さに全てが分身したように実体の持つ一撃となり、アリスを襲う。アリスもまた、人間技の遥か彼方の速度でそれを知覚し、斬撃の全てを斬りつけられる一歩手前で、銃撃にて弾き返している。

 

 ――涼太と柚葉が悪の組織デビルメーカーの本部基地に着いた時には、戦闘は既に始まっていた。

 両者が闘っているのは本部基地の最奥に位置する、東京ドーム程の広さを有する広大な空間だ。全くと言って備品の一つも置かれていない、無機質な壁と床だけの空間。

 もちろん、涼太達はアリスの家から程近い山中にある本部基地への入り口からここまでやってきたのだが。

 本部基地というものだ。何千人という戦闘員、何万というトラップ等、一筋縄ではいかないことを、重々承知の上、覚悟の上で涼太はやってきた。

 しかし、予想は涼太の遥か異次元へと飛んで行った。

 戦闘員どころか、人っ子一人、罠、警報の一つさえ鳴らなかった。奥まで進んだ空間にて初めて、二人の戦闘に出くわしたのだ。

「化け物娘めぇ! 一体その体にどれだけの武器が隠されているのよ!?」

 メイド娘が攻撃一方ならアリスは防戦一方、優勢なのはメイドであるはずなのだが、メイドの顔は言う通り化物を見たかのように青ざめている。

 そう。やっとアリスの武器がどこから出現していたのかを涼太は理解することができた。

 何も無い所から武器が現れていたのではなく、あまりの速さにどこから取り出しているのかが見えなかっただけなのだ。

 アリスは銃の弾が空になると、弾の補充は一切せず銃を床に投げ捨て、代わりに新たな銃が両手に出現する。

 ゾンビという特性を活かした方法と言うべきなのか。

 ここ一カ月くらいの修羅場を切り抜けてきた涼太の目にはしっかりと見て取れる。

 

 アリスは、自分の体に武器を保管しているのだ。


 ……常軌を逸している。

 体の内部にありとあらゆる武器を保管。痛覚が無いということと体の瞬間再生というアンデッドの特性をフルに活かした闘い方と言えよう。

 だが、例えそのような特性であったとしても体に武器を仕込むなどという芸当を誰が行うというのか。体中に異物があると思うだけでおぞましい。

 まさに、非常識な手法。

 その華奢な体のどこにそれだけの武器を内包しているのか。次々と新たな武器がアリスの両手に現れる。

 銃。ナイフ。刀。そのありとあらゆる種類。床はアリスが投げ捨てたであろう武器で埋め尽くされんばかりばかりだ。

「この……化け物があああああああああああああああああああああ!!」

 メイド娘は叫び、アリスに斬りかかる。しかし、ここに今まで無かった僅かな隙が生まれる。驚愕、恐怖、そして焦り。メイド娘のこの闘い最初にして最後の隙。

 アリスは見逃さなかった。

 僅かに大振りになった斬撃を弾くのではなく回避し、アリスはメイドの懐に侵入する。手に現れたのは今までの 武器が可愛らしいとさえ思えるような、鈍く光る、ごつごつとした、対戦車用兵器。

「ひっ!?」

 それを見たメイド娘は、悲鳴ような声を漏らす。

「終わりだ」

 アリスは躊躇わず、引き金をひく。


 ドゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンン――!!


 RPG。ロケットランチャーを密着して撃つ人間などいない。撃つ方も撃たれる方も、無事にすまないのだから。

 轟音と爆風。涼太は閃光に目を瞑り、柚葉を抱きしめるように盾になる。

 酷い耳鳴りが無くなるのと同時、涼太は目を開く。

 部屋の真ん中には何事も無かったように佇むアリスと下半身が吹き飛び、上半身だけとなったメイド。

 バチバチバチバヂリ。

 メイドの体のありとあらゆる場所から火花と煙が上がっている。

「ふん。硬い奴だ、とは思ったが。自動(オート)人形(マータ)か」

 半身が吹き飛んだというのに血の一滴すら流れ落ちない。メイド娘はターミーネーターだったらしい。

「ピ……ガガ……マ、マス……タ……」

 機械音声のような呟きとともに、電源が落ちたようにメイドはそれ以上ぴくりとも動かなかった。

「……お前は悪くない、お前のマスターが悪かったのだ」

 誰にも聞こえないよう、とても小さく呟く。


「ふははははははははははは!! さすがだね。アンデッドの少女よ」


 青年とも壮年とも取れるような男の声。さっきまで誰もいなかったはずの部屋の奥に、オペラ座の怪人のような仮面で顔を隠し、黒尽くめの衣装に全身を包んだ男が立っている。

「ようこそ。デビルメーカー本部基地へ」

 男は両手を広げ、くっくと喉を鳴らす。

「貴様は?」

 両手に出現させた銃を男に向け、アリスは男を睨みつける。

「私かい? 私が、所謂、ボス。総帥と言ったほうがいいかね」

 銃を向けられているというのに、男は犬歯が見えるほど口の端を吊り上げる。

「そうか。有難いな。お前を倒せば、悪の組織デビルメーカーは一気に崩壊、というわけだな」


「アリス!!」

 

 思うより先に声が出ていた。

「……ふん。休暇をくれてやると言ったはずだが」

 アリスは涼太の方に振り向きもせず、敵を見据えたまま答える。

「待て、待つんだ!!」

「ふん。腑抜けの力など借りずとも、私一人で十分だ!」

 アリスはそう吐き捨て、男に猛スピードで突っ込んでいく。

 待て! 待ってくれ! そうじゃない、そうじゃないんだ!

 腑に落ちない事が山ほどあるんだ!

 

 アリスは男に急接近しつつ、銃撃の嵐を叩きこむ。

 全ての弾丸が寸分の狂いなく男に命中するが、男は何事も無いかのようにその場に佇んでいる。口元は依然として笑みを張り付けたまま。

「――っ!? ……これなら!」

 アリスの両手には二振りの刀。そのままの勢いで男に斬撃を――

「一人目」

 男は一言。刹那、男の体が急激に膨らむ。まるで風船がどんどん膨らんでいくかの如く。勢いは凄まじく、膨らんだ体がアリスに触れるかと思った瞬間。

「うっ!?」

 アリスは男の体に吸い込まれた。ぶつかった、とか、触れたとかではなく、まるで波にさらわれたように、男の体に沈んだのだ。

「アリス!!」

 叫んだ時には男の肉体は既に数十メートルに膨れ上がり、半透明色となった体の中心でアリスがもがき苦しんでいた。

「アリス君はこのままだと一生溺れ続けるのだね。死ぬことができないというのは時に死より地獄なのだよ」

 いつかのドラゴンと同等にまで巨大化した巨人は、空間に響き渡るような声量で言う。

「さて、このようなできそこないの不死よりも、欲しいものが私にはある。勘の鋭い涼太君には、もうわかっているね?」

 ああ。その言葉で全て理解した。

 まず、こんなに簡単にここまで来れた事自体がおかしい、おかしすぎる。無人の基地。警報すら鳴らない。悪の組織、その本部。そんな事態が普通起こりえるか? 答えは簡単。

 罠。迷う必要すらなく。

「ふふふふ。死なない女。どのような実験をしてやろうか。ありとあらゆる苦痛。恥辱。恐怖。犯し、きざみ、潰し、それでも死なない。こんな都合の良い雌奴隷がこの世界にいようとはな」

(――っ!! 糞野郎が……!!)

 涼太は爪が食い込むほど拳を握り、男を今にも殺しそうな形相で睨みつける。

「おっと。彼女の命は私が握っているということをお忘れなく。ただのゾンビだ。頭をふっ飛ばせばそれだけの魔物さ。不死と呼ぶにはあまりに程遠い……」

 男は肩をすくめるような仕草をとる。

「お前が魔物だろう……!!」

 目の奥が熱い。喉はからから。全身の毛が逆立つような感覚がある。ここまで誰かに対して怒りを覚えるのは、初めてだ。

「いやいや。私はただの人間さ。君と同じく、魔神器を持っているだけの、ね」

「――っ!?」

 魔神器。ついさきほど圭から初めて聞いた言葉を男は当り前のように語った。同じ、ということは、こちらの手の内も筒抜けと言っていいだろう。

液状化現象(リキッド・ファクション)。その名の通り、肉体を液状化するだけの魔神器さ。君の持つ魔神器とは比べようもない」

 言葉は謙虚なものだが、顔の笑みはさらに歪み凶悪になっていく。

「そうさ。比べようもない。だから! 欲しいんだよ! 君の不死超遊戯がああああああああああああああああああああああああああああ!! あひゃ、あひゃひゃ、あひゃひゃははははははははははははははははははは」

 壊れた笑い声が空間を埋める。

 こいつは……もう人間ではない。人間を止めた、狂った、魔物(モンスター)

「ひゃひゃ。さぁ。黙ってこちらへ来るのだ。彼女の死ぬ姿など見たくないだろう? 大丈夫。二人まとめて可愛がってあげるよ」

「お、お兄ちゃん……」

 体を震わせた柚葉が涼太にしがみつく。

 涼太は恐怖に震える柚葉を見る。目にはあきらかな意思が見て取れる。


 ……わかってる。こいつの言う通りにしてはいけない。このままでは誰も、幸せにはなれない。世界の最悪な展開は間違いなく始まりを告げるだろう。

(だが、どうすれば……)

 涼太は自分の死など一切恐れてはいない。それ以上に、アリスを苦しめんとするあの男を殺してやりたい気分でいっぱいだった。しかし、アリスの命を握られている以上、自分のできる考えうる全ての事が一切不可能なのだ。

 しかし、逆を言えば――



『――一つ、貸しだかんねー』


 

 そんな声が、直接聞こえたのか、頭に響いたのかは定かではない。しかし、涼太にははっきりと聞き取れた。

 久しく聞いた、明るい、気の抜けるような、安心させてくれるような、それでいて簡単に裏切っちゃうような、でも憎めない、悪魔の声。


「デビルウイイイイイイイイイイインンングウウウウウウウウウウウ――!!」


「なっ――!?」

 笑っていただけの男が初めて驚いたような声を出した。

 入口の方から音速で飛来する人影。そのまま男をぶち抜く。液体に何かが音速で当たれば、それこそ液体は弾け飛ぶだろう。まさしく、男の体は風船が割れるように弾け飛んだ。

 そのまま、人影は奥の壁へと激突。ドカーンというような爆発に似た轟音が轟く。

「な、何が……!?」

 あまりの速度に何が起きたのかわからない。男が弾け飛んで、同時に壁が爆発したようにしか思えない。

「あいたたたたたたた。ちぃっとばかし、勢いつけすぎたねこりゃ☆」

 ずぼっと壁にめり込んだ頭を引き抜く女の子。

「やっほー☆ ハニー!」

 噴煙で姿はよく確認できないが。間違いなく、あの小悪魔だ。

「シャル!」

 涼太が笑顔で叫んだ刹那。


「ふひゃひゃははははははははははははは。こんなことで私を倒したとでも!?」


 飛び散り弾け飛んだ液体が、元の男の居た場所に猛烈な速度で集まっていく。

 あ、という一言さえ言う間もなく元の巨人が完成する。

「液体は集まれば元通りの質量に戻るのさ。言っておくがね。私は闘いに関しては不死身にして無敵だよ? 何をされても元に戻るし液体だからダメージを受けない、凍らすこともできないぞ。絶対零度でも凍らなかったからな! ひゃはははははははははははははは」

 再生能力に、攻撃無効果、凍結も不可能なスライムなんて聞いたことが無い。魔神器とはやはり非常識の更に上をいく代物だ。

 しかし、狂った笑いに対し、シャルは余裕の表情でちっちと指を振る。

「わかってないなー。液状化現象を使ったら脳ミソまで液体になっちゃうのかなー?」

「……なに?」

 男は苛ついたように笑うことをぴたりと止め、シャルを睨みつける。

「攻撃だと思ってくれてたならそれは嬉しいなー。どうりで簡単だったはずだよ。ボクはこれがしたかっただけなんだよね☆」

 ひょいと片腕にシャルが担いでいるのは……

「――っく!?」

 それを見て男が焦るような苦悶を漏らす。

「ごほっ! ごほごほっ!」

 液体を吐き出し苦しそうにはしているが、ちゃんと、生きている。

 あの特攻は、それだけのためのものだったのだ。

 忌々しげに舌打ちをした後、また狂ったような笑みを男は顔に張り付ける。

「ふん。だから何だと言うのだ? 人質を救出したくらいで君達の勝率は一パーセントも上がらないというのに?」

「あはは☆ やっぱり脳ミソも水になっちゃったんだねー☆」

 アリスを担いだシャルはひゅんと軽やかに空中を舞い、涼太の近くに着地する。

「一パーセントだってさ、ハニー☆」

 にっこりと、屈託の無い笑みで涼太に笑いかける。

「ああ。本当に脳ミソゆるゆるみたいだな」

 涼太も、その笑顔に力強く頷く。

「なんだね! なんだね!? さっきから聞いていれば苛立つ! 君も、もう次は生き返らないんだろう!?」

 苛立ちのあまり、男はその巨腕で床を殴りつける。床には隕石が墜落したようなクレーターができる。さらには、先ほど床に、壁に、天井に弾け飛んだ男の液体、集合しなかった滴一つ一つが質量を変え、無数の人型へと変化する。

 敵は質量さえ操る巨大な液体生物と無数の液体人形。

「私は君の魔神器が欲しいだけでね。君はいらないんだ。それにこの状況が絶対絶命と言わず何と言う? もう死ぬだけのただの人間に何ができ


「できるね!!」


 男は本当に涼太の事を全て知っているらしい。しかし、それでも、自信を持って涼太は言い切る。

 涼太は今、自分の死など一切恐れてはいない。それ以上に、アリスを苦しめんとするあの男を殺してやりたい気分でいっぱいだった。しかし、アリスの命を握られている以上、自分のできる考えうる全ての事が一切不可能なのだ。

 しかし、逆を言えば――

 

 ――逆を言えば、アリスの命が握られていない以上、自分のできる考えうる全ての事が一切可能となるのだ!!


「俺の、繋がりも全て含めた俺の全力で、お前を倒す!!」


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