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正義のヒーロー……なのかこれは? 後編


「ふふふ。さすがですね。キラージャスティスレッド」

 キーという奇声の中、女の声が聞こえる。

(……? どこかで聞いたような……?)

 戦闘員の集団がが交互に分かれ道ができる。

 その道をこつこつと靴を鳴らして歩く一人の女。

 ジャスティスレッドの前に姿を現したのは――


 ツインテールの髪型のメイド服少女。


「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 あ、あいつだ! あの女! 俺を……俺を殺した!

「あらあら? 不思議なこともあるものですね」

「く、くくく、神代!? き、気絶しててたんじゃ!?」

「いや、あれは気絶のレベルの蹴りじゃ……」


「――って、あ。しまった」


 俺としたことが。俺を殺した張本人ご登場に、死んだふりして正義の味方はいかがなもの大作戦における致命的ミスを。

 十文字は驚きのあまり、あわわわわ、とか言いながら顔を真っ青にして戦闘兵たちを片手間で殴り飛ばしている。

(すげー。無意識であの威力なのかー)

 メイド女は、と言うと。

「死んだはずの人間にまた出会えるなんて。ロマンチックですね。でも、ふふふ。死んだはず、じゃなくて……死んだまま、かしら?」

 特に驚愕もせずひたすらに凍りつくような微笑を浮かべている。

「ふーん。わかるものなのか?」

 身も凍りつくような視線を放つ娘。

 だが、もうあの日の涼太ではないのだ。

「生体反応がね。あると言えばあるし、無いと言えば無い。そんな感じね」

「ふーん。ま、べつにいいんだ。それは。それより、俺としてはあの日の借りを返したい気持ちで心のダムは決壊間近なのだが」

 そう。こいつは涼太の人生を変えた張本人。

 良くも、悪くも。

「ふふふ。ちょっと前まで震えていた子犬が、よく吠えるようになりましたね。でも、残念ながらデートのお誘いは断らさせて頂きます」

「なっ!?」

「キラージャスティスレッドだけならともかく、未知の相手に戦いを挑むほど、私、無謀ではありません。……かわりと言ってはなんですが」


 ぱちん。


「「「「キーっ!!」」」」

 メイド女が指を鳴らしたのと同時に、無事に桃井さんの脅威を逃れた戦闘員達が集まりだし……こ、これは!?

 ――アミノ式……じゃなくて、組み体操?

 戦闘員達数十人の見事な人間山が完成した。なつかしの燃焼系CMの如く。


 ぱちん。


 もう一度メイド娘が指を鳴らす。

「「「「キーっ!!」」」」

 掛け声とともに人間山が眩く輝きだす。

「ま、まぶし――」

 十文字の時とデジャブを感じつつ。光がおさまってから、涼太は目を開く。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


「ま、まままままままままままま――」

 ものすっっっっごく大きい。空へと届けいわんばかりの。

「まじかあああああああああああ!?」

 

 ドラゴンが現れた。


「では、ごきげんよう」

 そう言ってメイドはふわりと姿を消す。

「いや、ちょっと! 反則って言うか……はっ!? まさか十文字は合体ロボを持ってるとか!?」

「んなわけねぇだろ!? こんなチート技、俺も初めて見たわっ!!」

「ぐぬぬ。しかも、こんな住宅地ど真ん中で巨大化しやがって! 世間は大パニックだぞ!?」

「それについてだけは何とかなる」

「え?」


「キラージャスティスジェノサイドフィールド!!」


 十文字がそう叫んだ瞬間。十文字を中心に黒い影のようなものがあたりを包みこんでいく。影が広がって行くような、急に夜中になったような、そんな感覚。

「こ、これは!?」

「マジックフィールドを展開、閉じ込めた。これでフィールドを俺が解かない限りは心配ない。わかりやすく説明するなら別空間に飛んだ、と考えろ」

 なんと便利な。なるほど。これで正義のヒーローの戦いは世間に広まらないということか。

「神代」

 十文字にがっしりと肩を掴まれる涼太。十文字の顔はいつになく真剣だ。

「は、はい!? なんでございましょう?」

「すまない。一般人を巻き込んでしまったのは初めてだ。くっ。一体どうしたら……腹を切るしかないのかあああああああああああああああああああああああああああああ」

 首ねっこ掴まれてぶんぶん振られる。ぐぉぉぉぉぉ!? 死ぬ! 死なないけど死ぬ!

「切らなくていいから! それよりも今は――」


 ズドォォォォォォォォォォォォォンンンンッッ!!


 ドラゴンの足が涼太たちに向かって落ちてきた音。地震ともとれる轟音、地鳴り。

 間一髪、十文字が涼太を抱えて回避する。

「っく! あぶない!」

「は、離せ!! さすがにお姫様だっこは恥ずかしすぎる!!」

「気にするな神代! たとえ俺が命果てたとしても、お前だけは守ってみせる!」

「そういうのではなく! ……はっ」

 涼太は違和感を感じた。空間そのものが震えているような感覚。否、空気が、震えているのだ。

 見ると、ドラゴンが異常なまでの、食べるというより全てを飲み込むといったような大口を開き、息を、空気を 吸いこんでいる。その驚異的な空気の吸い込みに、空間が揺れているのだ。大口の中心部は、赤く、赤く、染まりつつある。これは、まさに――

 口で言うより速く、涼太は十文字を思いっきり蹴り飛ばす。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ――!!


 いわゆる、竜の息吹。ドラゴンブレス。

 ゲームや漫画では当り前であるドラゴンの必殺技。ゲームのダメージと本物の威力が実際どうなのかを知ったのは今なのだが、とてつもない威力だ。火炎放射機などという生易しいレベルではない。異常なまでの熱源、たとえるなら太陽が急に至近距離に出現したような感じ。辺り一面は一瞬で灼熱の地獄と化した。

 涼太に蹴り飛ばされた十文字は、ブレスは直撃にはならず、咄嗟に出したバリアのような、透明な障壁によって なんとかこれを凌ぐことができた。

 涼太は、塵すら残らず、蒸発してしまった。

「く、くそおおおおおおおおおおおおおお!! 神代おおおおおおおおおおおおお!!」

 一般人を巻き込んでしまったあげく、助けられ、犠牲を出してしまった。

 命を投げ出しても、助けると、誓ったばかりだというのに。

「あきらめない! あきらめてたまるか!!」

 十文字正宗の信念。

 絶対にあきらめない。

 誰に何を言われようが、笑われようが、これだけは、曲げない。

 まさに、鏡とも呼ぶべき、正義の味方。


「いや、でもさ。さすがに蒸発したのでは、あきらめるしかないと思うけど」


 ぽん。と、涼太は十文字の肩を叩く。

 例の如く、一瞬で涼太は再生した。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおお!? 神代おおおおおおおおおおおおお!?」

 十文字にがっしりと肩を掴まれる涼太。十文字の顔はいつになく真剣だ。デジャブ。

「は、はい!? なんでございましょう?」

「確かに俺はあきらめなかったが、今のはそういうレベルの事象ではないぞ! 生きていたのは嬉しい、嬉しいが!! なぜ? とか、奇跡? とか、もう……やはり腹を切るしかないのかあああああああああああああああああああああああああああああ」

 首ねっこ掴まれてぶんぶん振られる。デジャ……

「ええい! 二回目はいらん! 腹も切らんでいい! 昼休みにでもまた話してやるから! それよりも今はあれをなんとかすることだろう!?」

 涼太が指差す先、ドラゴンが、再度異常な大口を開けている。

 空間が、震えだす。

「こういうのは二発目には時間がかかるというのがセオリーだ。その間に打開策を」

 涼太はそう言って十文字を落ち着かせる。こういうピンチに最も大切なのは、冷静さだ。

「たしかに、それがセオリーだ。時間があるならジャスティスサーチで弱点を発見し、キラーギャラクシーで倒すことも十分可能だ」

 弱点がわかる技って、便利すぎるだろ。なんでもありか、ヒーローは。そして、キラーギャラクシーとはいった

 ふと、涼太は、そこで違和感に気づく。

(空気の震えが、止まった……?)

 急ぎ、ドラゴンを見る。

 ドラゴンの口内は、その温度で蜃気楼の如く空間が歪んで見え、真っ赤に染まっている。

「「うっそぉ」」

 涼太と十文字は口をそろえて、己の浅はかさを嘆いた。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアンンッッ――!!


 セオリー通りにいかないのは世の常であるらしい。

 さすがの十文字もバリアを張る時間が無く、手で防ぐといった対応しか取れない。さきほどの威力からしてそんなことが全く意味の無いことだとはわかっていたが。

 咄嗟に十文字の前に立ちはだかった涼太ではあるが、それも全く意味をなさない。あの威力の前では、盾にすらなれない。

(くっ……え?)

 しかし、不可思議なことが起こった。

 轟音とともに起きた大爆発は、涼太の目前で、まるでそこに壁があるかの如く、止まっている。

 いや、止まっているわけではない。吸い込まれている。

 空間自体が暗いから、すぐには理解できなかったが、よくよく見れば、涼太の目前の空間に大きな穴が開き、そこにブレスが、爆風、爆発、灼熱を含め全て吸い込まれているのだ。

 そして、全てを吸い込むと、穴は音も無く閉じた。

 ドラゴンのほうも何が起きたのかと、あたりを見回し、様子を見ている。


「お兄ちゃんてさ、疫病神でも憑いてるんじゃない?」


 小さくて気付かなかったが、涼太の前に、ランドセルを背負った、真黒なローブ姿の、おかっぱ少女が立っていた。

「ゆ、柚葉ちゃん!! どうしてここに!?」

「学校の帰り道に不自然な歪曲空間を見つけたから、覗いてみたら、お兄ちゃんと知らない男の人がドラゴンと対面してるんだもん。びっくりして入って来たの」

「今のは?」

「とりあえず、咄嗟だったから、冥府穴に全部吸い込ませてやったよ」

「そうか、ごめんな。小学生に助けられるとは、ほんと、俺自身なにもできないダメ野郎だ」

 異世界ファーブニル、心霊ビル、そして今の場面。

 涼太は心底思った。

 異世界では、口だけ。

 心霊は、悪魔が助けてくれた。

 今は、小さな女の子に助けられた。


 自分は、ただ死なないというだけで、何もできない。

 そんなの、いても、犠牲になってやることしか役に立たない。

 その犠牲ですら意味を成さないなら、ただの、役立たず。

 こんな敵を相手に、死なないというだけの自分が、心底恨めしい。

 ずっと、そう思っていた。

 アリスに出会ってから、ずっと。

(俺は、俺は……)


「そんなことない! 柚葉を助けてくれたもん! お兄ちゃんはこの間まで、一般人だったんだよ。こんな奴相手じゃ、そんなの当たり前なの。人は、手を取り合うからすごい力が発揮できるの! 一人で強いやつなんて、ただの強がりだよ! だから、次は、あたしが助ける番だよ!!」

 真っ直ぐな瞳で柚葉は言う。


 柚葉の言葉は、涼太にとってすごくショッキングな言葉だった。

 

 なんだ。そうじゃん。その通りじゃん。

 俺は、いったい何を勘違いしていたのだろう。

 俺は、漫画の主人公でもなければ、勇者でもない、ましてや救世主や正義のヒーローなんかでもない。死なないという特殊能力はあるにせよ、ただの一般人なのだ。


 それは、当り前のことなのだ。だって、一般家庭に生まれて、普通に生きてきた、ただの人間なのだから。

 そして、その一般人が、ピンチの時に、すごいやつらに頼るのは、悪い事じゃない。当然のことじゃないのか。

 柚葉の言葉は、涼太のマイナス思考を一蹴する、素敵な、すごく素敵な言葉だった。 

(そうか、頼っても、いいのか……!)

「小学生の女の子に人の何たるかを教えられるとは、ははは」

 柚葉の純真な笑顔に、涼太は力強く頷く。

 ドラゴンは、様子見は終わったと言わんばかりに再度、空気を吸い込み始める。

「よし! 柚葉ちゃん。もう一度あれを防いでくれるか?」

「まっかせて!」

 柚葉は頷き、ドラゴンを睨みつける。

「十文字! なんとかサーチってやつ、できるか?」

「もちろんだ。明日の昼休みに諸々話を聞かせろよ! 神代! ……サーチ開始!!」

 十文字の瞳が、薄紫色に変化し、何かを探すように、ドラゴンを隈なく見ている。

「さてと、俺でもなにかできることはないかな?」

「体、支えてくれると嬉しいなぁ」

 頬をほんのりと赤くしながら、もじもじと柚葉は涼太に言う。

「それなら、お安いご用だ」

 後ろからしっかりと柚葉を支えてやる。

 ドラゴンの口内は再び、深紅に染まりあがる。

「くるぞ!!」

「冥府の闇夜、霊の帰路、南方院(なんほういん)柚葉の名において、開け!!」

 竜の息吹。何度放とうが、変わらぬ威力。

 少しでも触れようものなら、先ほどの涼太同様、全てが灰塵と化す。

 その息吹を冥府の穴へと、柚葉は誘う。

 ビッグバンとブラックホールが一緒に存在しているようだと涼太は思った。

「じ、十文字! 弱点はわかったのか!?」

 柚葉の体をしっかりと支えたまま、涼太は叫ぶ。

「……まさか。これは……」

 十文字のその瞳には何が映っているのか、よくよくドラゴンを観察し、一息入れて、一言。


「……弱点無いぞ。あいつ」


 涼太はあんぐりと口を開けたまま、目を丸くした。

「な、なななななな!? 嘘だろ!?」

「いやぁ、こんな無敵生物が存在するとはな。俺のジャスティスサーチは敵の弱点、つまり柔らかい部分が色で認識できるようになる技なのだが、あいつ全身カッチカチだ、よほどの武器じゃない限り、傷もつかんレベルの」

 困った。これは困った。困り果てた。

 十文字の弱点サーチが今回のキーだったのに。見事に打ち砕かれてしまった。

「あたしも、もう次は穴開けないよぅ……」

 いまだに竜の火炎を穴に吸い込ませ続けている柚葉ではあったが、言う通り、かなりの疲労が見て取れる。

 冷や汗が、一筋、涼太の額を流れる。

「……逃げるか」

「ダメだ、この空間から俺が出ると空間が消滅する。ドラゴンが外に飛び出すことになる」

 つまり、その後は、日本の地図が書き換えられることになる、と。

 冷や汗が、大量に、涼太の額を流れる。

「……万事休す、か」

 涼太がごくりと息を飲んだと同時、ドラゴンの咆哮も終わり、冥府に通ずる穴も役目を終え、閉じようと――



「冥府に火炎放射機ぶっ放し続けるアホはどこのどいつだっ!? ごらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 

 足。そう、足だ。冥府の穴から足が出てきたかと思うと、そのまま涼太の顔面に綺麗なドロップキックがめり込む。涼太はそのまま地面を二・三回バウンドして空間の壁にめり込んだ。

「おうおう!! どこの組のカチコミだ!? 冥府に引きずり込んでそのままゲヘナの海にコンクリ詰めで沈めってやっからよぉ!!」

 冥府の穴から出てきた蝙蝠のような羽を生やした女はそう言って、周りを睨みつける。

 壁からずっぽりと頭を引き抜いた涼太はその女を見て驚いた。

「シャル!?」

「ああん? シャルだぁ?」

 女は涼太に近づき、息のかかる程至近距離で睨みつける。そして、不服とばかりに涼太の首根っこを掴む。

「だぁれがシャルだコラぁ!! あんなビッチと一緒にするんじゃねぇよファック!!」

「ひぃぃぃ!? すいません!! 容姿がよく似ていたものですからああああああ」

 ひとしきり涼太をぶんぶんと振り回すと、地面に投げ捨てる。

「シット。似てて当然だ。認めたくないがあのビッチは俺様の妹だからなファック」

 確かに、外見はシャルと瓜二つだが、髪と瞳の色がシャルとは違い、海のように蒼い。

 そしてファックファック言う。外見以外は似ても似つかなかった。

「そんなことよりもだ! 冥府にどんどこどんどこ火炎ぶっ放しやがって、覚悟はできてるんだろうなぁ、ボウズ?」

 まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!

 この悪魔はシャルとは全然違う。悪魔というよりヤクザだ。ドスのきいた声、笑ってない瞳、いかにもゴゴゴゴといったような暗黒闘気を纏っている!!

 正直、ドラゴンよりやばい気がしてならない。海にコンクリ詰めとか言ってたが、冗談ではないだろう。

(さすがのアンデッドも冥府に引きずり込まれたら……死?)

 ここは、ここは! 絶対に間違えられない! 間違えたら即バッドエンド直結の選択肢なのだ。

「シャルのお姉さん、待ってくださ」

 ぱーんと涼太は平手打ちをお見舞いされ、くるくる回って地に伏す。

「だれがお姉さんかっ!! 俺様はガオソツェード=サタ――」

「では、ガオ。聞いてくだ」

 起き上ったところをまたぱーんと平手打ちされ、先ほどよりぐるぐる回って地に伏す。

「ガオ様と呼べ!!」

「ガ、ガオ様……お、お願いじまず、話を聞」

「なんだ? さっさと言え、早く早く早く早く早く早く……!!」

 ぱんぱんぱんぱん、と涼太は首根っこ掴まれ往復ビンタを受け続ける。

 シャルといい、ガオといい、悪魔は人の話をほとんど聞いてくれないのですね。

 そしてこの悪魔は酷すぎますね。お家に帰りたい。

 しかし、チャンスは今、これしかないのだ。

「俺が、火炎を出せるように見えますか?」

 ぴたり、とガオは涼太をぶつ手を止める。

「……確かに。魔力も感じないし」

 涼太を掴んだまま、ガオは首だけ十文字の方へ回す。

「お、俺はまだジャスティスファイヤーは開発途中で……!!」

 だらだらと冷や汗をかきまくる十文字は必死に違う違うと首を振る。

 ぐるりと柚葉を見る。

「ひっ!! あ、あたしも、火は、出せない、です……」

 びくびくと涙目で震える柚葉。涙声で説明する。

「確かに、どっちも熱源を感知できねぇな……つまり」

 ぐるり首を回し、ガオはドラゴンを睨みつける。

「てめぇかぁ!! ファアアアアアアアアアアアック!!」

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 ガオの咆哮と竜の咆哮が重なる。

 今の時間に、ドラゴンはブレスの準備を整えていたらしい。口内が既に深紅に染まっている。

 竜の大口から、灼熱が駆ける。

「なめんな! ガキがああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ぶち切れたガオの体が青い光で包まれる。

 その後の光景は、目を疑うほど凄まじかった。

 竜の口内からでた火炎は、ガオに届く手前で一瞬で氷結し、灼熱の地獄の空間が、どんどん侵食され、あたり一面氷結の園と化していく。最後には、氷結は竜の口まで侵食し、その大口を開いたまま凍結させてしまった。

 足も凍結させられた竜は、身動きを取れない状態となった。

「ふん、ガキが。しばらく口塞いでやがれ、ファック」

 びしい、と中指を立てるガオ。

(す、すごい……。これが、悪魔の力……)

「てなわけでだな、ボウズ。俺様はあいつを処刑しようと思うのだが」

「ははあっ。どうぞ、お気に召すままに!」

「よしよし。良い子だ。今度気が向いたら俺様が弄んでやろう」

 ガオは妖艶な笑みで涼太の頬を撫でる。

 涼太は真っ赤になったままぴくりとも動けない。

(あ、あああああ悪魔には騙されないんだからああああああああ)

「ふふふ。さぁ。下僕ども。俺様の命に従い、この竜の子に裁きを下せ!!」

「「「……え?」」」

 涼太、十文字、柚葉、揃って目を丸くした。

「ガオ様は、裁かないのですか?」

「悪魔のルールでな。殺生は俺様できん。だから殺れ」

「いや、ですが、俺達には方法が」

「それを今から俺様が教えてやると言ってるんだファック!!」

 カッキーン。

 ガオが叫ぶと涼太はそのままドラゴンと同じく、凍結した。

「お、お兄ちゃああああん!?」

 柚葉が慌てながら涼太に走り寄る。

「ふん。心配するな小娘。このくらいではこいつは死なんのだろう。それより、そこの頭ツンツンのボウズも、俺様の言う通りにやるのだぞ」

「何をどうしろってんだよ。あいつは弱点なんてなかったんだぞ? 全身、鋼鉄よりも硬い皮膚が」

「シット。これだから最近の若いガキは……全身しか見てないんだろ?」

「……え?」

「いいから。こっち来い。早くしねぇと……凍らすぞ?」

 十文字は、今までに見せたことの無い俊敏な動きを披露するのだった。


 ◇


「よし! いいな下僕ども! チャンスは一回のみ。死ぬ気でやれよ!」

「まかせて! あたし、頑張る!」

「うおおおおおおおおおおおおお」

「……」

 涼太が凍結から解凍された時にはすでに作戦内容は二人に伝えてあったらしく、気合十分、といった感じである。

 涼太を除いて。

「あの。ガオ様。聞いてもいいでしょうか?」

「あん? なんだぁ?」

「渡されたこれは何でしょうか?」

 涼太がガオから渡されたもの。手のひらに収まるほどの黒い物体。

「通称パイナップル、スニーキングで有名なあの男も愛用する一品だ」

「その伝説の傭兵が使用するようなものを、俺がどうや

「よっし! 作戦開始だ!!」

 涼太の質問も終わらぬまま作戦とやらは開始された。

「ドラゴンの口を解放するぞ! 小娘! 準備はいいな?」

「南方院式陰陽術第三十三――」

 柚葉がそう呟きながら、空中に何か図形を描くように指を走らせる。

 ガオの合図とともに、ドラゴンの口を覆っていた氷結晶が一気に砕け散る。

 ドラゴンもこのチャンスを逃すまいと氷の封印が解けた瞬間、一気に空気を吸い込み始め、口内は一瞬のうちに深紅に染まる。

 あのドラゴン、ずっと機会をうかがっていたらしい。今までの倍の速度でブレスを薄準備が整ったのだ。

(ま、間に合わない!!)

「――結界、亜式!!」

 柚葉がそう叫んだ刹那、ドラゴンの頭全体を包むように、球形の青白い空間が発生する。

 ガッ、とドラゴンが息を詰まらせたような状態になる。

「え? あれは?」

「ボウズ。竜の息吹ってのはなぁ。結局のところ異常高温の吐息なんだよ。そいつで空気中の酸素を燃焼、爆発させているにすぎない。だったら、酸素がなけりゃ、意味がねぇ」

 ガオがニヤリと口の端をつりあげる。

 なるほど、あの空間は真空状態を発生させているらしい。

「うおおおおおおおおお!!」

 十文字が叫びながら、ものすごい速度でドラゴン目掛けて突っ込んでいく。

 ドラゴンは何かを理解し、咄嗟に口を閉じる。しかし、十文字がそれを許さなかった。

「そのでかい口を開いていろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ドラゴンの上唇に強烈な蹴りをいれる。あまりの威力にドラゴンはその大口を歪にも開かせられる。

 そして、涼太は。

「あの。ガオ……様?」

 その大口のまん前に、ガオに抱えられて浮遊していた。

「なぁに。簡単なことだ。外がダメなら中ってな。お前は何も考えず口の中に入ってそのパイナップルの頭を引き抜きゃいいんだよ」

「いやいや、やっぱり、これって、グレネードと言う名のばくだ

「飛べえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 大きく開いた口に亜音速で放り込まれた。

「自爆しろということかああああああああ悪魔めええええええええぇぇぇぇぇぇぇ――」

 悲痛な叫びがドラゴンの口内へと消えていく。

「ばぁか。悪魔に決まってるだろぉが。死なねぇんだから気にすんなよーぃ」

 本当に愉快だと言わんばかりの、屈託のない笑顔だった。

「お兄ちゃん、消化されないでね……」

 心底心配そうな柚葉。

「神代、お前の勇気は、いつまでも俺の心に……!!」

 遠いところを見る十文字。

 

 ――。


「……んあ?」

 ガオがそんな気の抜けた声を出す。

 それもそのはず。

 もう爆発してもおかしくない。まぁ、涼太がびびってなかなか時間がかかっているということも考えられるが。 それはそれにしても、ドラゴンがぴくりとも動かなくなっているのはどういうことだ。

「ドラゴンさん。動かないよ?」

「爆発も起きる気配が無い……いったい……?」

「ははん。なるほど」

 一人、ガオだけが理解した、と首肯する。

「やっぱ、ガキだなぁ。どっちも、な」

 くっくと喉を鳴らして笑うガオ。

 それを見て、柚葉と十文字は不思議そうに顔を見合わせた。


 ◇


 ――暗い。ここが、ドラゴンの腹の中か。思っていたより、なんだ、真っ暗なだけで何も無い所だ。もっとねとねとのネバネバなデロデロで消化ーって感じを想像していた涼太は少し拍子ぬけていた。真っ暗な空間に、自分だけが浮かんでいる。そんな感じだった。


〝少年よ〟

 

 声が、聞こえる。涼太を呼ぶ声。そのまま耳に聞こえているのか、頭の中に響いているのかは定かではない。真闇に、五感はとうに感覚を失っているのだから。

 一つだけ確かなのは、右手にグレネードを持っているという感覚と、左手でそれを引き抜こうとしているという感覚。

 いつでも、爆発できる。

〝少年よ。許しては、くれないか〟

「あなたは、誰ですか?」

〝君が今まさに殺そうとしている者〟

 ああ。なるほど。ドラゴン。

「許す、とは?」

〝このような異界で死すなど、竜族の恥。何の因果も無しに召喚されたものだから、少々むきになってしまったのだ。せめて、死すなら、皆のいる故郷を望みたい〟

「召喚? 戦闘員が合体したのでは?」

〝大がかりな人体召喚陣だ。彼らを生贄に、私を異界より召喚したのだ〟

 生贄とは、穏やかではない。悪の組織も、本物ということか。

〝君を焼いておいてむしがいいとは思う。だが、どうか……〟

 竜の気持ちはわかる。誰も知らない世界で死んでも、誰も悲しまない。そんなの、最後としてはあんまりだ。この竜には、繋がり合う友が多くいるのだろう。

 繋がることが少しでき始めた今の涼太には、よくわかる。

 それに竜も、ただの犠牲者なのだ。好きで召喚されたわけではないのだろう。

「故郷はファーブニルですか?」

〝こことは違う世界を知っているとは……君はいったい?〟

「いえいえ、ただの、生きる屍です」

 一つ大きく息を吸い込んで。

「あなたの気持ちはよくわかります。……わかりました。俺はあなたを許します。俺の仲間が、犠牲になったわけではないので」

〝すまない。ありがとう。まさかこのような、自分の命も問わない強者がいるとは、夢にも思わなかったよ〟

「ははは。強者なんかでは。少々変わった特技がありますもので」

〝……まさか。気づいていないのか?〟

 竜が驚愕といった口調で問いかける。

 その雰囲気に涼太もおのずと真剣に聞く。

「気づいていない?」

〝そうか。君も、犠牲者なのか……。許してくれた礼だ。一つ、教えておこう〟

 俺も、犠牲者?

 え?


〝次は無い。次に死ぬとき、君は、復活しない〟


「なっ……!?」

〝偽りではない。真実だ。次は、死ぬのだ〟

 ……死ぬ? 次は、死ぬ? 復活しない?

 俺は、今まさに、自殺しようとしていた?

 手に持つ爆弾が振動していることに気づき、涼太は理解した。

 爆弾が振動しているわけではない、涼太が震えているのだ。

 今まですっぽりと抜け落ちていたもの。だからこそ、無理難題に対しても向かって行くことができていた。それは常に、誰しもが平等に持っているはずのもの。

 死という、恐怖。

〝……さて、私は帰ろう。少年よ、命を、大切にな〟

「ちょ、ま、待っ」


 言い終わらないうちにドラゴンは音も無く姿を消す。胃の辺りにいたであろう涼太は、急に宙に浮くこととなり、結果、地面に頭から落下した。

 涼太はその痛みに無言で激しく転がりまわる。

 その様子に柚葉が駆けよって来る。

「お兄ちゃん!! 大丈夫!?」

「ああ。なんとか」

 頭をさすりながら、ようやく涼太はそんな言葉を発した。

「神代! 一体何が起きたんだ? ドラゴンが消えてしまったぞ。倒したということなのか?」

 十文字も歩み寄り、不思議そうに問いかける。

「元の世界に帰しちまうとは。ったく。やっぱりガキはガキだったってことだなぁ」

 ガオが盛大に溜息をつく。

「まぁ。面白かったし、文句は言ってやらねぇよ」

 ニカッと犬歯を見せて笑う。ころころと表情が変わる、まさに小悪魔だった。

(ガオはわかってやったのだろうか? だったら、まさに悪魔なのだが)

「あんだよ? そんな睨むこたねぇだろ。ガキも帰ったし、ボウズも爆発しなくてよかったんだしいいじゃねぇか」

 変わらぬ笑顔でそう言った。

 どうやら睨んでいたように見えたらしい。どちらかというと不信な目で見ていたのだが。

「さっきからガキだガキだと言っているが、誰のことなんだ?」

「あん? ドラゴンに決まってんだろが」

「「「へっ?」」」

 三人はその言葉に目を丸くする。

「ガキだからあの程度の大きさだったし、お前の話も通じたんだろが」

 あの空間を半分も埋め尽くす巨大さで子どもとは、ドラゴンという生物の恐ろしさを感じる。

「さ、もう悪者もいないし、帰ろっ! お兄ちゃん!」

 ぐいと柚葉が涼太の手を引っ張る。

「今回は正義のヒーローはお前に譲る。明日の昼休みは楽しみにしておくぞ、神代」

 屈託のない笑みで、十文字は言う。

 最後にガオが涼太に近づき、涼太にだけ聞こえるようにボソリと言った。

「ドラゴンの話だが……嘘かどうかは俺様にもわからん。真実なら俺様としても生死のルールを破らずにすんでよかったぜ、ほんと」

 そういえばそんなルールのことを言っていた。どうやらガオもこのことについては冷や汗ものだったらしい。ルールを破ればどうなるのかはわからないが、ガオの真剣な表情から本当に何も知らなかったのだろうと思う。

「じゃあなファッキンクソガキども!! 次はもう変なもん冥府にぶち込むんじゃねぇぞ」

 そう言ってガオは空間に溶けるように姿を消した。

 真実か嘘か。

 自身の身の変化などわかるはずもない、わかるはずもないのだが。

 

〝――屍に痛みなどあるはずないからな〟


 アリスに最初に言われた言葉。

 

 ドラゴンが消え、地面に落下し、涼太は痛みで転がりまわった。

 

 柚葉に引っ張られながら、必死に噛み殺してはいたが。

 涼太は、怯えるように震えていた。


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