常連・4
カウンターに座る聡さん
その姿を目で追いながら、さっきの光景を思い出していた。
いつ見ても仕立ての良いスーツ、黒ぶちの眼鏡
きっと彼女が選んでいるのかな?
ふとそんなことを考えている自分に驚いた。
でも・・きっとそれが当たり前かな?
聡さんは結婚していてもおかしくない年齢なんだし・・・
私は所詮、友達だから遠くで見つめているのがお似合いだよね。
自分にそう言い聞かせた。
私はきっと恋愛は不向きなタイプなんだと思う。
それに結婚に憧れの気持ちはなかった。
パパみたいになりたくない。
愛に永遠なんてない。
いつかは風化してしまう。そんなものなら私はいらない。
それをパパは教えてくれた。
だから一生独身でも良いと思っていた。
彼に出会う前までは・・・・
どうして、そんな気持ちの変化がおきたのかは解らなかったが、
聡さんを見ていると幸せな気持ちになれた。
寝る前、目を閉じると・・いつの頃からか?
彼の顔が浮かぶようになっていた。
この気持ちをきっと恋なんだと気付いてはいるが・・・
でももう一歩踏み込めなかった。
気持ちにブレーキを掛ける自分がいた。
だから自分の心の中だけで、もしも?そんな事を想像してしまう。
「橘さんてもしかして双子のお兄さんとかいる?」
カウンターの中から、聞こえた叔母さんの声で我に返った。
そんなこと、聞いても大丈夫なの?
でも意外な答えが返ってきた。
「兄は俺で、弟がいます」
聡さんの穏やかな声が響いた。
「すいません。今日私図書館で見ちゃって、聡さんが二人に見えたから見間違いかな?
なんて思っちゃって声を掛け損ないました」
夕菜の言葉に聡は盛大な溜息を吐くと、
「俺の方こそすいません。先に話すのが礼儀だったんですが、言いづらくて・・
でも見かけたのなら声を掛けてくれれば、良かったのに・・・」
穏やかな声なんだけど、少し落ち込んでいるように聞こえたような気がした。
「でも良いですよね。兄弟がいるなんて私も姉妹がいたらもっと楽だったかも・・」
「私が夕菜ちゃんの姉でしょう。忘れたの?」
声を被せる様に話しかけてきた里奈の明るい声に聡は夕菜の悲しみに気付いた。
狭い店の中を歩き回りお客さんへの接待をする彼女の様子を目で追ってしまう。
さっきはあんな風に言ったが、きっとあの場で声を掛けられたら俺はいったいどうしたんだろう?
健吾の手前、彼女をなんと紹介したのか自信がなかった。
未だに告白できない俺は彼女の恋人ではない。
だったら友達?
その響きは俺には寂しいものだった。
早く自分の気持ちを伝えたいと思うのに、いつまで経っても成長しない俺がいた。
彼女の悲しみは全部俺が引き受けてあげたい。
「聡さん、焦らないほうがあの子のためなのよ」
優しい声が聞こえてきた。
振り返ると里奈さんが俺を見ていた。
俺の気持ちはきっとこの人にはばれている、そんな気がした。
「夕菜ちゃんは辛い思いをしたから、自分には、恋愛は無理だと思っている部分があるの。
だからあの子のことを本当に好きなら、あの子が自分の気持ちを私に相談するまで待って欲しいの」
穏やかな声なのに、絶対に引かないという口調で言われ俺は、
「解りました。その代わりその話しを詳しく教えてもらって良いですか?」
そう応えていた。
結局明日の定休日の午前中、里奈さんとは会う約束をして俺はこの日店を後にした。